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「職場」のクラスターが急増中! 労災保険から受けられる「給付」について解説

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:Paylessimages/イメージマート)

 新型コロナウイルスの「第4波」が猛威を振るい、重症者数は過去最多の水準になっています。

 こうしたなかでも、1年前の緊急事態宣言の時ほどには在宅勤務が浸透しておらず、その結果として職場での感染リスクが高まっています。NHKの報道によれば、4月に発生した職場でのクラスターは全国で96件であり、増加傾向がみられます。

参考:「在宅勤務 前より減った?職場クラスターが増加」(2021年4月30日 NHK NEWS WEB)

 職場での感染が疑われる場合には労災保険給付の対象となる可能性があります。労災が認定されると、自己負担なく無料で治療を受けることができ、また、仕事ができなかった期間についても給与の約8割の給付を受けることができます。

 職場で働いていると、同僚や顧客と接したり会話したりする機会がどうしても増えてしまいます。誰もが感染リスクを抱えており、感染した場合に備えて労災保険の給付の仕組みを知っておくことが重要です。

 一方で、労働相談の窓口には、「仕事で感染した可能性が高いのに労災を申請させてもらえなかった」、「陽性と判定されたスタッフがいるにもかかわらず、勤め先のお店がそのことを隠して営業を続けている」といった相談が寄せられています。損をしないためにも、このような場合の対処法を知っておくべきです。

労災保険の給付が受けられるのはどのような場合?

 労働者が仕事中に事故にあって怪我をした場合や、仕事が原因で病気になった場合には、労災保険法に基づく保険給付が支給されることになります。

 労災保険の支給の要件は、業務上生じた災害であることです。たとえ被災した労働者の過失によって労災事故が発生したとしても給付を受けることができます。また、勤務先の会社に過失がなくても給付を受けることができます。

 業務上生じた災害であると認定されるためには、業務遂行性(労働者が使用者の支配下にあること)と業務起因性(業務と傷病等との間に一定の因果関係があること)という2つの条件を満たす必要があります。

 コロナに感染した場合も、他の疾病と同様、個別の事案ごとに業務の実情を調査の上、業務遂行性と業務起因性が認められる場合には、労災保険給付の対象となります。

5月11日付の東京新聞によれば、仕事中に新型コロナウイルスに感染したことによる労災補償の認定は、4月23日時点で計5340件に上っています。そのうち医療や福祉関連の従事者が約8割を占めており、今年に入って急増しているということです。

 厚労省が昨年4月、医療、介護従事者について「感染経路が特定されなくても原則対象となる」との通達も出しており、「医療業」や「社会保険・社会福祉・介護事業」などは全体の79%を占め死亡者も5人認定されています。

 ただし、他業種を見ても、「運輸業・郵便業」が127件、「建設業」が82件、「卸売業、小売業」が81件、「宿泊業、飲食サービス業」が66件など、幅広く認定されているので、該当する方は積極的に申請してほしいと思います。

感染経路が判明しない場合であっても、労働基準監督署の調査の結果、給付が認められる可能性があります。特に、「複数の感染者が確認された労働環境下での業務」や「顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務」については業務起因性が認められやすくなっています。

受け取ることができる給付の内容は?

 労災保険から受けられる給付にはどのようなものがあるのでしょうか?

 まず、労災が認定された場合には、無料で治療を受けることができます。これを療養補償給付といいます。

 次に、療養のために仕事を休んだことで賃金がもらえなかった場合、休業4日目から、1日につき給与の約80%(保険給付60%+特別支給金20%)の休業補償給付を受け取ることができます。

 このほか、後遺障害が残った場合に支給される障害補償給付、不幸にも労働者本人が亡くなった場合に遺族に支給される遺族補償給付などがあります。

申請方法は?

 労災保険の申請手続きは労働者本人が行うのが原則です(本人が亡くなっている場合には遺族が申請)。

 ただし、本人が手続きをするのは大変なので、勤務先の担当者が代わりに手続きを進めてくれることがあります。仕事中に怪我をしたり、仕事が原因で病気になったと考えられる場合には、まずは勤務先に労災を申請したい旨を申し出てください。

 療養補償給付については、労災指定医療機関で治療を受けた場合、後日、所定の請求書に事業主の証明を受けた上で医療機関に提出すれば無料で治療を受けることができます。

 休業補償給付を受けるためには、労働者本人が、勤務先を管轄する労働基準監督署に請求書を提出しなければなりません。申請に当たっては、勤め先で事業主の証明欄に記入してもらい、また、療養のために休業が必要であることについて主治医に証明してもらう必要があります。

会社が協力してくれない場合

 会社が申請手続きに協力してくれない場合はどうしたらいいでしょうか?

 会社が協力してくれないからといって申請ができないわけではありません。あくまでも申請するのは労働者本人であり、申請に当たって会社の承認は必要ありません。

 一方で、会社は、労働者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、速やかに証明を行う義務を負っています(労働者災害補償保険法施行規則第23条2項)。

 会社から手続きへの協力を拒まれた場合には、まずはこうした規定を根拠に、会社に対して協力を求めましょう。個人で交渉することが困難な場合は、弁護士や労働組合を通じて交渉することで話が進展する可能性があります。

 それでも会社が応じない場合には、事業主の証明欄が空欄のままでも申請をすることができます。労働基準監督署に事情を説明した上で請求書を提出しましょう。

 この場合には、労働基準監督署が会社に資料の提出を求めたりヒアリングを行ったりして、支給・不支給の決定を行います。もしも労働基準監督署に申請を受理してもらえない場合には支援団体等に相談してください。

 労災が発生した事実を隠そうとする会社は少なくありません。こうした「労災隠し」は犯罪行為ですが、手続きへの協力を拒み、労災保険制度を労働者に利用させない悪質な会社が現実に存在します。

 会社が労災であると認めてしまうと、労働基準監督署の調査が入って行政指導が行われたり、労災保険の保険料が上がってしまいます。さらに、労働者から損害賠償を請求されるリスクが高まるため、「労災隠し」をして責任から逃れようとするわけです。

 このような犯罪行為をする会社に遠慮をする必要はありません。「労災隠し」にあった場合には、迷わず労働基準監督署や支援団体に相談すべきです。

労災保険の給付とは別に賠償を求めることができる?

 実は、事故が発生したことや労働者が病気を発症したことについて、会社が民事上の損害賠償責任を負うべき事情があると考えられる場合には、労災保険の給付請求とは別に、会社に対して損害賠償請求を行うことができます。

労災保険の給付では、被災した労働者が被った損害の全てが填補されるわけではありません。例えば、休業補償給付については給与の約8割の金額になりますから、病気にならずに働いた場合に受け取れることができるはずだった給与よりも低い額しか受け取ることができません。

 このため、会社に責任が認められる場合、被災した労働者は、労災保険で補償されなかった損害の賠償を会社に対して請求することができます。休業による損害だけでなく、後遺障害による逸失利益の補償や精神的苦痛に対する損害についての慰謝料を請求することができます。

 会社が法律で定められている安全対策を実施していなかったり、十分な安全衛生教育をしていなかった場合には、会社の責任は認められやすくなります。後遺障害が残った場合などは、損害賠償の金額が1000万円を超えることもあります。

職場においてコロナに感染した場合についても、会社が最低限の感染対策すらしていなかったような場合には、会社に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求を行うことができるものと考えられます

 損害賠償や慰謝料を請求するためには、客観的な証拠資料を用意できるかどうかが決定的に重要になります。証拠を集めたり請求の法的根拠を整理するためには専門的な知識が必要ですから、弁護士や支援団体に相談してください。

最後に

 今回は、職場でのコロナ感染をテーマに記事を書きましたが、ここで説明した内容は他の労災にも共通する内容です。長時間労働やパワハラ、セクハラによる精神疾患も労災と認められ、給付や賠償を受けられる可能性があります。

 事故や病気の発症から時間が経っていたとしても、時効が成立していなければ、労災保険の給付や損害賠償の支払いを受けることができます。疑問に感じることがある場合、まずは専門家に相談することをお勧めします。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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