U-17日本代表の強さを支える2つの“ローテーション・ポリシー”
24日に行われたU-17ワールドカップ(W杯)のグループリーグ(GL)第3戦でのU-17日本代表は、前半終了間際に先制されながらも試合終了間際の2得点で見事逆転勝利をおさめた。25日にもグループE、Fの最終戦が行われるが、その2グループには2連勝のチームがないため、3連勝で決勝トーナメント進出を決めたのはブラジルと日本の2チームのみとなる。
■フィールドプレーヤーに「DF」不在
前日の練習で試した通り、吉武博文監督はセンターバックにFWの中野雅臣とMFで身長166センチの鈴木徳真を起用したが、この日サイドバックでプレーした会津雄生(右SB)、三好康児(左SB先発)、坂井大将(左SB交代)を含めて日本のフィールドプレーヤーには「DFの選手」が一人もいなかった。「大会最低身長CB」としてチュニジアの181センチのFWと対峙した鈴木は、「さすがに世界大会でセンターバック起用されるとは思っていなかったのでは?」という質問に対して「そうですね」と苦笑いしながら、「でも、数々の遠征の中でセンターバックをやらせてもらっていたので、『本番の時もやるな』というのは自分の中でも意識していたので。心の準備はできていたのでスムーズに入っていけました」と話した。
2連勝で決勝T進出を決めている試合ということもあって敢えてDF不在のより攻撃的な布陣でチュニジア戦に挑んだ吉武監督は試合後、選手起用とゲームプランについてこのように説明した。「守備を取るのか、攻撃を取るのか、どちらかなので。無理だけれど、選手と一緒にやろうとしたのはポゼッション80%。(ボールを)相手に渡さない。そうすれば守備力もそんなに目立たないんじゃないかと。おわかりの通り、全員攻撃の選手なので各チームでは(攻撃の)中心選手です。そして、練習1回だけで実行しました。その点では、すごく満足しているというか、ディフェンスもできるなという感じがあります(苦笑)。真剣勝負になった時にどっちを取るかのチョイスの仕方としてのパイが増えて良かったと思います」
しかし、前半はマンツーマンで日本の最終ラインからのボールの出どころに対して厳しくチェックに来たチュニジアの守備に苦戦し、思うようなテンポでボールを運べなかった。これに対して、前半の段階でフリーマンで先発した杉森考起を杉本太郎に変えるなど策を打った吉武監督は「マークを外せないというのは日本全体の課題」とした上で、「本当はポゼッションチェンジをしたり、(味方に)渡してもう一回受けたり、3人目が入っていったり、出して動くということを繰り返せばいくらでも中盤で前向きでフリーな形はできたのですが、そこで止まっちゃうのが現状」と分析した。
■「3試合見た後にわかる」発言の答え
とはいえ、悪いながらも相手の足が止まった試合終盤に得点を奪い勝ち切るところがこの“96ジャパン”の強さだろう。その強さを支えているのは、吉武監督が用いる2つの『ローテーション・ポリシー』だ。一つは試合毎に先発メンバーを入れ替えるローテーション・ポリシーで第2戦のベネズエラ戦では先発8名、第3戦のチュニジア戦では先発7名を入れ替えた。「グループリーグ3試合、トータルで考える」方針を持って大会に臨んだ吉武監督は、初戦のロシア戦後の会見で「答えはもしかしたら3試合見た後にみなさんがわかるのかもしれない」と述べていた。蓋を開ければ、3名のGKを含めて登録21名全員が先発出場し、選手一人あたりの平均出場時間にも大きな格差がない。
決勝T以降のローテーション・ポリシーについて吉武監督は「疲れ次第」とした上で、「ずっと言っているように、ローテーションのためのローテーションではなくて、われわれのサッカーをやるために選手を選んでいます。この21人は自信を持って、そういうサッカーができる選手だと思っています」と述べた。おそらく、決勝T以降の戦いでもGK(白岡)、CB(宮原、茂木)、右SB(石田)、フリーマン(杉本)あたりが固定されるだけで、対戦相手やコンディション、モチベーションに応じて各ポジションの選手を入れ替えてくるだろう。見方によっては「突出した個」がないということになるのかもしれないが、世界大会でメンバー登録全選手をローテーションしながら短期決戦を総力戦で勝ち抜いていくスタイルはある意味で“日本らしい”戦い方であり、彼らの将来を見据えて連れてきた21名全員に国際経験を積ませる吉武流の育成哲学だ。
■「違う景色を見せる」ための“ニュー”・ローテーション・ポリシーとは?
また、もう一つのローテーション・ポリシーはチーム内で「ニュー・ローテーション・ポリシー」と呼ばれるもので、試合途中で選手のポジションを入れ替えるいわゆる“ポジションチェンジ”だ。吉武監督はこの基本コンセプトについて「2、3分でも、5、6分でも違うポジションをすることによってちょっとリフレッシュしてもらってまた元の位置に戻す」と説明する。さらに、「今はスタートメンバー、(ピッチに)入っている選手が時間内、45分、90分の中でポジションを変わっています。それをゆくゆくは、10年後に彼らが流動的に、勝手に変わって欲しいと。その前段階として『停滞しているな』というような時には、指示によって(ポジションを)入れ替わりながらぐるぐる回したいと考えています」とも続ける。
ロシア戦での三竿(アンカー)と宮原(CB)の入れ替えやベネズエラ戦での鈴木(アンカー)と斎藤(フロントボランチ)の入れ替えのみならず、実はGL3試合の各局面で96ジャパンの選手たちは状況やスコアに応じてポジションを入れ替えている。ベンチからの指示とはいえ、それがあまりにスムーズなので特にTV観戦している人間には気づかないケースも多い。一見、これは単なるポジションチェンジに映るかもしれないが、吉武監督の狙いはもう少し深いところにある。例えば、大会前の親善試合ではワイドトップの選手をサイドバックに下げ、相手のDFラインや日本にとっての前線のスペースがどこにあるのかを把握させた上で、再び前線に戻したという。チュニジア戦でCBとして起用された中野も今後の試合で再びワイドトップとして出場した時には間違いなく「違った景色」が見えるはず。
■日本人監督が日本サッカーの日本化をはかって結果を出す
相手を見て、相談してプレーした結果、ミスが起こったとしても「そこに良い、悪いはないから」とミスを容認する吉武監督がこの大会で強調しているのは「意思を持て」ということ。連日、ここで96ジャパン、吉武監督の動向を伝えるのも、彼らが明確な意思、狙いを持って日々バージョンアップしているから。まだプロサッカーリーグが発足して20年の日本が100年のサッカー文化を持つ南米や欧州のサッカー大国に追いつき、追い越すためには「何となく」では不可能なわけで、他国が実践していない一見「常識破り」のロジック、つまりは日本独自のスタイルが必要になる。この96ジャパンが試合を重ねる毎に注目を集める背景には、すでに多くの人間に「日本人監督が日本サッカーの日本化をはかって結果を出しつつある」ファクト(事実)を突きつけていることにあるのではないか。
2006年のW杯を制したイタリアが退場者を出した後もベンチからの指示待ちではなくピッチ上の選手自身で10人の戦い方を選択した話しは有名なエピソードだが、吉武監督が描く「10年後」とはこのU-17W杯を経験した選手たちがA代表でプレーする姿と、パスワークのみならずシステムやポジションの流動性も増す近未来のサッカーだろう。3連勝という結果ではなく、GL3試合で見せた2つのローテーション・ポリシーからして、『ベスト8以上』を狙うU-17日本代表の本当の戦いはここから。ウォーミングアップ終了とまでは言わないが、対戦相手や試合状況、スコアに応じたU-17日本代表の“真のローテーション・ポリシー”は決勝トーナメント以降でついにそのベールを脱ぐことになる。