幻の特撮映画『大仏廻国』が84年ぶりに復活!大仏ゆかりの地で聞く監督らの思い
“特撮の神様”の師匠が手がけた幻の怪作
『大仏廻国』(だいぶつかいこく)という映画をご存知でしょうか? 昭和9(1934)年に製作・公開されたこの作品は、大仏が突如立ち上がって名古屋の街を徘徊するという奇想天外なストーリー。監督を務めた枝正義郎は、ゴジラシリーズやウルトラマンの生みの親である円谷英二の師匠にあたり、作品は“日本の特撮映画の原点”にあたるとも言われます。
残念ながらフィルムは戦中戦後の混乱で失われ、詳細は謎に包まれたまま。しかし、数年前にネット上に公開当時の写真がアップされ、超ニッチではありますがSNSなどでじわじわと注目が集まりつつありました。
そんな折、何とこの幻の怪作がリメイクされることに! 一昨年、クラウドファンディングで資金を集めて製作するという情報が発信されると、特撮ファンや仏像マニアの間で関心と期待が高まりました。支援は広く集まって目標金額の100万円を達成。これを元手に製作された作品は昨年12月に完成し、今春から海外を皮切りに完成披露される運びとなりました。そして、日本最初の上映会が、愛知県東海市にて去る6月1日に開催されたのです。
“歩く大仏”のモデルのおひざ元で日本初上映
なぜ本邦初公開の場が愛知県東海市だったのか? それはここが作品にとって最も重要なゆかりの地だから。昭和2年に建立され今も街のシンボルとして鎮座する聚楽園(しゅうらくえん)大仏こそ、映画に登場する“歩き廻る大仏”のモデルなのです。
聚楽園大仏は高さ18・79m。東大寺大仏を約4m上回る堂々たるスケールで、お顔立ちも非常におごそかな見事な仏像です。鉄筋コンクリート製で、“日本最古のコンクリート巨大仏”とも称されます。施主は名古屋の実業家、山田才吉。才吉は名古屋名物・守口漬を考案して財を成し、鉄道や巨大旅館、水族館などを次々と建設した開発王でした。聚楽園大仏は才吉最後の巨大事業で、完成当時は参拝者が後を絶たなかったと伝えられます。『大仏廻国』も聚楽園大仏のPRの一環として才吉が出資していたのでは・・・?との説もあります。
大仏建立者の末裔との出会いが映画に及ぼした影響
そして東海市で上映会が開催された理由は、単にゆかりの地というだけではありませんでした。山田才吉の末裔が映画製作をバックアップし、それが作品の内容にも大きく影響を及ぼしたという背景があったのです。
山田才吉のひ孫にあたる守隨亨延(しゅずい・ゆきのぶ)さんはフランスと日本を行き来するジャーナリスト。ネットで『大仏廻国』リメイク構想を知り、発起人に自らコンタクトを取ったのだといいます。
「曾祖父が建てた聚楽園大仏は今年で92歳。最近は劣化が目立つようになり、何とか末永く守れないかという思いを強くし、昨年、親族を中心に『聚楽園大仏を次の世代に伝える会』を発足しました。修復に向けた動きを進めていく中で、映画のリメイクの構想を知り、聚楽園大仏に縁がある同作をせっかくならサポートできないかと考えたのです」
思いもよらなかった出会いは、映画製作の現場を動かすことにもなりました。
「聚楽園大仏の所有・管理者や地元の賛同・協力を得られるかも分からなかったため、当初は関東だけを舞台にする予定でした。しかし、守隨さんの地元への働きかけによってそれらの不安がすべてクリアになった。おかげで東海市でのロケシーンを加えられ、大仏の造形も途中から聚楽園大仏の要素を一部取り入れることができました」と横川寛人監督。
リメイク版の出来栄えは…?
東海市での上映会会場は、聚楽園しあわせ村多目的ホール。ここは聚楽園大仏を含む公園内の施設で、まさしくおひざ元での本邦初公開ということもあって話題を呼びました。当初は1回の予定が3回に拡大され、集まった参加者は合わせて約650人。地元の年配者の姿も目立ち、「幼い頃からたくさん思い出のある大仏様。こんなふうに映画にしてもらえてうれしい」との感想も聞かれました。
作品の中身はというと、ゴジラ映画が銀幕デビューだった宝田明、ガメラシリーズ常連の蛍雪次朗らのキャスティングがまず特撮ファンの心をくすぐります。ローカル番組での聚楽園大仏が歩き出すという噂の検証に端を発し、やがて関東に歩く大仏が出現。超高層ビルに比肩する巨大仏が東京スカイツリーと対峙するシーンはスペクタクル度満点です。一方でストーリーは集団自殺などの暗い死生観が終始漂い、難解で万人が楽しめるものとは言い難いのが正直なところ。しかし、オリジナル版も公開時は賛否両論あったようで、そんなツッコミどころ満載の完成度も再現したと思えばなかなか興味深いカルト映画だと言えそうです。
昭和の文化に光を当てるきっかけに
「この映画がきっかけとなってオリジナルフィルムが見つかることが一番の望み」という横川監督。そして、「聚楽園大仏に関心を持ってもらうことで、今後の修復や保全の気運を高めていければ」と守隨さん。こうした関係者の思いや背景を踏まえて、映画単体ではなく、昭和の時代に盛り上がった文化=信仰、観光、特撮映画などを現代、そして未来へつなぐ活動の一環としてとらえると、意義あるものだと感じられそうです。
今後の国内での上映については未定とのことですが、日本全国に数々ある巨大仏のある街を巡回すると、面白いムーブメントになるんじゃないでしょうか。
(写真撮影は筆者。『大仏廻国』の関連画像は横川寛人監督提供)