「グランクラスって何ですか?」 統一感のないブランディングの不思議
10連休のゴールデンウィークが終わり今日からお仕事が始まりました。
お休み期間中はいろいろなところへお出かけになられた方も多いと思いますが、筆者もその一人。
いつもは飛行機ばかりなのですが、新幹線のグランクラスがリニューアルされたと聞いて「どれどれ」と乗車してきました。
というのも、ふだんはそんな高い車室にはなかなか乗れないのですが、ゴールデンウィーク中に急遽仕事上の打ち合わせの出張が入り、旅行2日前では指定席など取れるはずもなく、「えきねっと」でやっと見つけた空席がグランクラスだったので、ある意味仕方なしに利用したのですが、せっかくだからたっぷりサービスを味わってみようということで、つまり簡単に言うと、グランクラスのサービスを飛行機と比べてみようと思ったのです。
筆者が利用したのは北陸新幹線の「はくたか」。
最新型のE7系のスマートなボディーは数ある新幹線電車の中でも個人的に一番お気に入りの車両です。
車両に入るとグランクラスの入口にはこんな素敵なエンブレム。
座席はもちろんゆったりした人間工学に基づいた作り。
発車するとすぐに温かいおしぼりが配られて、グリーン車との違いを感じます。
座席の横のポケットにはサービスの案内が書かれたメニューが置かれていて、気分が盛り上がります。
本日は「グランクラス」をご利用くださいまして、誠にありがとうございます。
「グランクラス」では、これまでの鉄道にない
上質かつゆとりある移動空間とサービスを提供いたします。
寛ぎとやすらぎを感じられる車内空間で、
お客さま一人ひとりのこだわりの時間をお過ごしいただき、
沿線の特徴を活かしたサービスをぜひお楽しみください。
「お客さま一人ひとりのこだわりの時間」って何だ?
まあ、いいか。
ということでビールをオーダー。
お弁当が出てきました。
実はこのお弁当が筆者が楽しみにしていたサービスで、この春からリニューアルされたグランクラスでは、日本料理界のプリンス、橋本幹造さんが監修している軽食が出されているのです。
ボリュームが少ないとかは別として、このお弁当は駅弁とは違う作り込みで、なかなかおいしくいただきました。
ビールの次は石川県のお酒、そして食後に入れたてのコーヒーのサービスがあると、あっという間に目的地に到着してしまいました。
グランクラスは職業がらサービスの研究上、予算の都合がつくときは今までも時々利用させていただいておりましたが、食堂車も寝台車もやめてしまって久しい会社のサービスとしては、なかなかどうして合格点だと思います。
最上級のサービスと言うのであれば、例えば、おしぼりは袋から出してトレイに載せて出すべきだとは思いますが、お客様の方も、出されたおしぼりで顔を拭いて、首も拭いて、耳の裏まで拭くようなタイプの人たちが乗車しているわけですから、まあ、これで良いとは思います。
サービスする女性スタッフも、たぶんこの会社の正社員ではなくて、子会社の社員かパートさんなど非正規従業員でしょうから、その点を考慮すればよくやってると感じますので筆者的には満足ですし、例えば上の写真の日本酒のボトルとグラスの下に敷いてあるコースター。
これは単なる紙のコースターではなくて、滑り止めが付いたなかなかの優れもの。
そういうところまできちんと考えられてあるのは立派だと感じました。
グランクラスのブランドイメージは何か?
ということで、こんな乗車体験レポートではYahooニュース「個人」のオーサーとしては読者の皆様方にご満足いただけませんので、筆者なりの切り口でグランクラスを斬る!
とこんな感じです。
まず、内装について。
この車内写真を見て何かお気づきになられませんか?
機芸出版社が発行する伝統の雑誌「鉄道模型趣味」の編集長で長年鉄道雑誌の編集に携わってこられた名取紀之氏の言葉を借りると、
「JRは完全に航空会社のマネですよ。あんなハットラック(座席の上の物入れ)なんてデザイン性ばかりで使いづらくてしょうがない。」
とのこと。
確かに飛行機のファーストクラスにそっくりなデザインですね。
お酒やおいしいお料理が無料で出されるところも飛行機のファーストクラスと全く同じです。
そう、鉄道会社はそのサービスのお手本として、航空会社のファーストクラスを見習っていることは明らかなようです。
では、航空会社のファーストクラスとは何かというと、これはひと言で言って「ブランド」。
その会社の顔であり、イメージであり、揺るぎのないステータスを示すものであります。
では、グランクラスは鉄道会社のブランドであるかというと、筆者はその点を疑問に感じます。
ブランドを構成する要素というのは、名前やロゴ、サービスイメージ、デザインなどです。
では、グランクラスのサービスイメージって何でしょうか?
実は、筆者はこの時車内で出されたお菓子類を食べている時間がなくて自宅に持ち帰りました。
そのお菓子類を見て筆者の妻が、
「このお菓子どうしたの?」
「新幹線のグランクラスでもらったんだよ。」
筆者がそう答えると妻は、
「グランクラスって、あのゆったりとした豪華な車内でおいしいお料理が食べられる座席でしょ。」
と言いました。
「豪華でゆったりとした車内。おいしいお料理がサービスされる。」
これが一般人から見たグランクラスのサービスイメージで、ブランドを構成する重要な要素です。
ところが、このブランドがJRでは統一されていないのです。
サービスがあるグランクラスとサービスのないグランクラス
実は、グランクラスにはアテンダントが乗務して各種サービスを行うグランクラスと、アテンダントが乗務せず、何のサービスもないグランクラスの2種類が存在します。
時刻表の下部に注釈として書かれている2種類のグランクラスのご案内。
サービスがあるグランクラスとサービスがないグランクラスが存在していることを示しています。
こちらは料金表です。
グランクラスA:サービスがあるグランクラス。
グランクラスB:サービスのないグランクラス。
このように2種類のグランクラス料金を設定しているのがわかります。
価格の差は2050円。
つまりどういうことかというと、アテンダントが乗ってお酒などの飲み物と軽食などを出すコストが2050円ですと、会社が自分で言っちゃってるんですね。
これではブランドも何もあったものではありません。
グリーン車もそうですが、「上等な座席」だけを提供して、何のソフト面でのサービスやホスピタリティーを提供しないということを長年やってきた鉄道会社の考え方は、グランクラス料金というものを「上等な座席+サービス」という組み立て式で考えているということがわかります。
でも、そういうものはブランドとは言わないのです。
航空会社のブランドとは
これに対して航空会社はブランドというものをどのように考えているかというと、例えばファーストクラスの場合、座席はもちろんですが、ブランドというのはサービスをトータルで提供することで成り立っていると考えていますから、たとえファーストクラスの座席でも、ファーストクラスのサービスが提供できなければファーストクラスと呼ぶことはしていませんし、もちろんファーストクラスとして航空券を販売することはしません。
座席だけファーストクラス用だからと言って、「ここはファーストクラス席ですからファーストクラスの料金を頂戴します。」などと言うことはしないのです。
なぜなら、それがファーストクラスというブランドだからです。
その一例がこちらです。
筆者が予約した羽田ー鹿児島線の座席指定図です。
筆者が予約したのはクラスJ。でも事前座席指定した席は本来ファーストクラスである1Kです。
この機材はB767ですが、ときどきファーストクラスが設置されている機材が運用で回されてきます。
この日の鹿児島行の便も最前列5席がファーストクラスの座席です。
ところが、日本航空の国内線では東京を起点とすると、札幌、大阪、福岡、沖縄路線だけがファーストクラスの設定区間であり、その他の路線ではファーストクラスの設定がありません。
その他の路線ではファーストクラスとしてのお料理などのサービスは一切行われず、座席だけがファーストクラスの機体が運用されているのです。
このように時としてファーストクラスが付いた機材が、ファーストクラスの設定がない路線に運用の都合で回されますが、そういう時は、日本航空ではクラスJとしてこの座席を販売するのです。
だから筆者はクラスJとして予約しましたが、ファーストクラスゾーンの1Kに事前座席指定できたのです。
こういう便は航空ファンの間では狙い目の便として人気があるのですが、どういうことかというと、「上等な座席+サービス」がファーストクラスというブランドですから、片方が欠ければいくら座席がファーストクラスだからと言っても、ファーストクラスの料金は取れないと航空会社的には当然のように考えているということです。
まして、「お客さん、今日は座席だけファースト用ですからいつもより2000円安くしておきますよ」といった行為は絶対にやりません。
なぜならば、そんなことをしたら、自分たちで自分たちのブランドを否定してしまうからです。
ところが、鉄道会社では「お客さん、この列車はサービスがなくて座席だけグランクラスですから、2000円お安くしておきますよ。」ってことをやっちゃってるわけですから、ブランドというものを全く理解していないと自分たちで宣言しちゃってるんですね。
鉄道会社が最高のサービスを目指して航空会社をお手本にするのであれば、座席やハットラックといった見た目だけでなく、もっともっとソフトの面を研究しましょうね。
こういう部分が、おそらく今の旧国鉄系鉄道会社に欠けている部分だと筆者は考えます。
スーパードメスティックカンパニーの悲しい思考回路が見える部分です。
仏作って魂入れず。
見た目だけは立派で同じように見えますが、鉄道会社はまだまだなんです。
もっとも、お客様の側も、ビール何本飲めば元が取れるかってことで頭の中が一杯の人たちだとしたら、どっちもどっちといえなくはないと思いますが。
新幹線の場合は編成上グランクラスを取り外すことができませんから、車両運用上、今後さらにサービスがない座席だけのグランクラスが増えていくと思います。
そういう列車では「グランクラスB」などとけち臭いセカンドブランド化するのではなくて、思い切ってグリーン車扱いにすればよいと筆者は考えます。
そうすればグランクラスとしてのブランドが守られるだけでなく、同じグリーン車であればそういう列車は狙い目の列車ということになりますから、今よりももっと乗車効率が上がるはずですから。
「グランクラスって、あのゆったりとした車内でおいしいお料理が食べられる座席でしょ。」
鉄道に詳しくない筆者の妻が、そう思っているのがグランクラスのブランドイメージであるならば、それが一般に浸透しているグランクラスブランドのはずです。
だとしたらそのブランドはきちんと守らないといけません。
それが顧客に対するブランドのコミットメントなのですから。
「グランクラス、今度は私も乗せてね。」
「はい、わかりました。」
ということで、筆者も妻との約束を守らなければならなくなったのであります。
※文中に使用した写真はすべて筆者の撮影したものです。