Yahoo!ニュース

集団的自衛権 安倍会見の読み解き方

木村正人在英国際ジャーナリスト

安倍晋三首相が15日、安全保障の法的基盤の再構築に関する有識者会議の報告書提出を受け、首相官邸で記者会見した。国民の安全を守る覚悟を落ち着いた口調で示してみせた。

首相はわかりやすい言葉で複雑な集団的自衛権を説明するのに成功しており、国民に好印象を与えたのではないかと筆者には感じられた。次の世論調査で、その答えが出る。

国益について、「いかなる事態においても、国民の命と暮らしは断固として守り抜く」とシンプルに定義したことが記者会見に安定感をもたらした。

次に、「日本国憲法が掲げる平和主義は、これからも守り抜いていきます」と明言、「自衛隊が、武力行使を目的として、湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してありません」と説明した。

憲法解釈の変更による事実上の憲法改正、いわゆる「解釈改憲」はしないと宣言したものだ。連立を組む公明党はホッと胸をなでおろしただろう。これで政権は安定感を増す。

「海外の邦人保護」と国連平和維持活動(PKO)の「駆け付け警護」を事例として示したのもわかりやすかった。

英紙フィナンシャル・タイムズも「安倍首相の記者会見は防衛計画への懸念を膨らませている日本国民を安心させることも意図していた」と突っ込むのがやっとだった。

南シナ海では中国とベトナム、フィリピンの緊張が高まっている。米国と同盟を結ぶ日本と違って、パートナーシップにとどまるベトナムは中国の格好のターゲットになっている。

安倍首相の言動に「歴史修正主義」のレッテルを貼ってきた欧米メディアも、南シナ海の現実を目の当たりにして日本の安全保障政策の正しさを認めざるを得なくなっている。

安倍首相は有識者会議が示した2つの考え方のうち、「個別的か集団的かを問わず自衛のための武力の行使は禁じられていない」との考え方を退けた。

そして、「わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方」について、政府は研究を進めていくと明言した。

有識者会議と政治の間に一線を引いたことも、政権の透明性を増したと思う。

しかし、記者会見の肝は「集団的自衛権」をめぐる憲法解釈より、「グレーゾーン事態」への対処である。

「武力攻撃に至らない侵害。漁民を装った武装集団がわが国の離島に上陸してくるかもしれない」グレーゾーン事態への対処を「これまでの憲法解釈でも可能な立法措置」で一層強化するという。

「グレーゾーン」はどうして生まれるのか。大国外交の産物であることは歴史を見れば明らかである。

独ソ不可侵条約によって、ポーランド、バルト三国、フィンランドは血の涙を流した。米ソを中心としたヤルタ会談によってポーランド、ドイツは苦難を強いられた。日本は北方領土を不法占拠された。

大国同士が宥和政策をとる時、その間に挟まれた国家が悲哀を味わう歴史はウクライナ危機でも繰り返された。では、沖縄・尖閣諸島をめぐる「グレーゾーン」はどうして生まれたのか。

沖縄返還協定は1971年6月。ニクソン米大統領の電撃訪中は翌72年2月。尖閣諸島は米軍が占領し射爆撃場まであったのに、米国はいつの間にか日本の「領有権」について立場を取らなくなった。

日米関係に詳しい外交筋は、米中接近をきっかけに米国の口ぶりは明らかに変化していると分析する。70年代の米中接近が「尖閣問題」というグレーゾーンをもたらしたと筆者には思えてならない。

オーストラリアのラッド前首相の解説では、中国の習近平国家主席は「新型の大国関係」を提唱し、首脳会談でオバマ米大統領に中国が「核心的利益」と位置づける台湾、チベット、南シナ海、東シナ海問題に口出しするな、と迫ったという。

これに対して、安倍首相は「グレーゾーン」を解消すべく、オバマ大統領に日米安保条約に基づく「尖閣防衛義務」を明言させた。

環太平洋連携協定(TPP)交渉を加速させるのも、米中の大国外交の狭間に落ち込むのを回避するためである。尖閣をめぐる「グレーゾーン」解消は一刻の猶予も許さない焦眉の課題である。

ロンドンでは毎日のようにウクライナ危機をめぐる会合が開かれている。ウクライナ系移民がいくら悲痛な声をあげても、欧州は動かない。

これがロシアの天然ガスから自立できず、欧州か、ロシアかの方向性を明確に示せなかった国家の末路である。

ナチス・ドイツとソ連に蹂躙された歴史を持つポーランドやバルト三国を筆者は何度か訪れたことがある。涙なくしては聞くことができない歴史が語り継がれていた。

ワルシャワ在住のマリアさんは12歳の時、ソ連軍の接近に合わせてポーランド抵抗組織がドイツ軍への反乱を起こしたワルシャワ蜂起に参加した。「連絡係として手紙を運んだり抵抗組織の食事を用意したりしていた」という。

最新作『ワレサ 連帯の男』が日本でも公開されたアンジェイ・ワイダ監督は『地下水道』(1956年)で、下水道に逃げ込んだポーランド抵抗組織の敗北を描いている。

『灰とダイヤモンド』の暗殺者マーチェクがサングラスをかけているのは、地下水道に潜んだ抵抗組織に属していたことを物語るメタファー(隠喩)である。

『地下水道』では、やっと抵抗組織のメンバーが下水道の出口にたどり着いたと思ったら鉄格子が設置されていた。ドイツ軍への反乱は「絶望」の二文字で終わった。

マリアさんは「近くまで迫ったソ連軍にはポーランド軍も合流していた。しかし、ワルシャワ蜂起を助けに行こうとしたポーランド人兵士はソ連軍に虐殺された」と語った。

ポーランド人の祖国愛や反骨精神は、将来のソ連支配の妨げになるとスターリンが判断したためだ。これが大国外交の狭間に落ち込んだ国家の悲劇である。

その意味で、安倍首相の外交・安全保障政策は間違っていない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事