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『本屋大賞2022』 ノミネート10作品を読み切る書店員の過酷な作業 「全3710ページ」読破の壁

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

エンタメ界の注目が集まる「本屋大賞」

4月6日に本屋大賞が発表される。

書店員が選ぶ「もっとも書店員が売りたい本」である。

つまり、もっとも読んで欲しい本と言い換えることもできる。

この賞への信頼はなかなか厚い。大賞を取った本は売れる。おもしろい。

そして、だいたい映像化される。

2004年の第一回の『博士の愛した数式』から、2005年『夜のピクニック』、2006年『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』とどれも映画化された。

その後も映画化、ドラマ化されている小説がほとんどである(すべてではない)。

大賞を取った作品だけではなく、2位以下の作品も多く映像化される。

エンタメ界にとって、「多くの人に受け入れられる作品」を見つけ出すいい機会なのだ。

エンタメ業界と直結した文学賞であり、強く関心を持って眺めている賞である。

10作品を読んで投票しなければいけない

大賞は全国の書店員の投票によって選ばれる。

まず一次投票があって、全国の書店員が「この3冊!」と選んだ本が集計される。

その上位10作品が「本屋大賞ノミネート作品」として選ばれる。

こんどは、この10作品をすべて読んだ書店員によって一番、二番、三番の三冊が投票される。

この「10作品をすべて読む」というのがなかなか大変な作業なのだ。

二次投票の参加者は200人ほど減る

ノミネート10作品が発表されるのが1月20日。

投票締め切りが2月28日。

そのあいだに全部読んで、3冊を選び、また10冊すべての書評(感想)を書かなければいけない。この評が雑な場合は、投票が無効になる。この人、読んでないんじゃないかなと疑われたら、投票からはずされるのだ。

だいたい一次投票に参加する書店員が500人から600人いるのだが、10冊読んできちんと二次投票するのはそれから200人ほど減る。

8冊や9冊読んだ時点で時間切れになってしまった人たちが、そこそこいるのだろう。

全10冊合計3710ページを読む過酷さ

今年のノミネート10作品のうち、薄い本で本文239ページ、ぶ厚いのだと492ページもある。

10冊で小説部分だけで3710ページにもなる。

ひと月ほどで読み終わるには、なかなか過酷な分量である。大変だ。

たしかに、どれも「巻を措くこと能わず」というような、スリリングな展開の物語が多いのだけれど、ただ大人になると本を読むだけで生きていくというわけにはいかない。

人がましい生活の合間を縫って本を読みつづけなければいけない。

10冊読み切るのに27日かかった

今年は10冊を読むことに挑戦してみた。

おもいついたのが遅かったので、読み始めは3月2日の朝。

そこから夜を日に継いで読み続け、10冊読み切ったのは3月29日の夜だった。

27日かかった。

ふつうに仕事しながら本を読むなら、やはりこれぐらいかかってしまうだろう。

一冊読むのに早くて二日、長いと五日、それぐらいかかる。

これでも若いころに比べれば、私はずいぶん本を読むのが早くなっている。

仕事や作業でいろんな本を読まなければいけないので、分厚い本や長いシリーズを読むのが苦ではない。でもそれもわりと近年になってからである。

審査をされている書店員さんたちも、「読んでいて楽しい。そして責任をもってやり遂げたい」と強くおもっているだろうが、やはり時間との闘いはけっこう苦しいはずだ。

楽しいばかりではなく、かなりヘビーな内容の作品も多く「読書自体が楽しいのだ」という態度が堅持できないと、10冊完読はなかなかつらいところである。

早く読めるからいい小説であるとはかぎらない

とりあえず私が「読むのに時間がかかった順」で並べてみる。

基本、分厚さと比例するが、プラス、物語のわかりやすさ、進みやすさとも関連する。

ただ、小説のおもしろいところは「早く読めるからいい小説であるとはかぎらない」ところにある。

頭の芯の部分を使わないと読み進めない本は、読みやすくはないが、そのぶん深く心に刺さってくることがあるからだ。

そのことを踏まえて順番を見てほしい。

10作品読むのにかかった時間ランキング

『2022年本屋大賞ノミネート10作品』わたしが読むのに時間がかかった順。

〈かかったのべ時間合計・書名・(著者)・実質小説ページ数〉

1:7時間59分『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)475p

2:6時間57分『硝子の塔の殺人』(知念実希人)492p

3:6時間18分『残月記』(小田雅久仁)377p

4:5時間54分『黒牢城』(米澤穂信)438p

5:5時間34分『夜が明ける』(西加奈子)403p

6:4時間34分『正欲』(朝井リョウ)377p

7:4時間28分『星を掬う』(町田そのこ)323p

8:3時間19分『六人の嘘つきな大学生』(浅倉秋成)295p

9:2時間56分『スモールワールズ』(一穂ミチ)293p

10:2時間18分『赤と青とエスキース』(青山美智子)237p

(実質小説ページ数は、小説の始まったページから終わったページまでのページ数。最初のトビラは入れないが、章立てごとに入っている途中のトビラはページ数に含まれる。あとがきは含まない)

18回に分けて読んでいる

読書時間は小まめに記録していくしかない。

細い付箋とペンをいつも持って、読み始める時刻と、読むのを止めた時刻を書いていく。その付箋は読み終わったところに貼って「しおり」がわりにする。山手線で池袋から乗って2駅ぶん5分だけ読んだときも「12:15〜12:20」と記して貼る。

こうやって記録すると、実に細かく読んでいることがわかる。

そうしないとたぶん一か月で3710ページも読めない。

もっとも時間がかかった『同志少女よ、敵を撃て』で18回に分けて読んでおり、『残月記』も18回。早く読めた『青と赤のエスキース』でもやはり18回に分けて読んでいた。

どうやらそういう読書習慣になっている。自分でも初めて知ったのだが。

ノミネート10冊から選ぶ3冊

10冊を読んで選ぶ3冊。これはすんなり決まった。

あくまでも個人的に「これ読むとおもしろいよ」と薦めたくなる3冊という視点で選ぶとこの3つである。

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

『六人の嘘つきな大学生』浅倉秋成

『赤と青とエスキース』青山美智子

この3冊である。

順をつけるのなら、この順どおり、『同志少女よ、敵を撃て』に3点、『六人の嘘つきな大学生』に2点、『赤と青とエスキース』に1.5点とする。

「エンタメ小説」として評価するとこの3作品になる。

多くの人に勧めたい本という基準

本屋大賞は、そういう意味で考えやすかった。

「多くの人に薦めたい本」という観点で選べばよかったからだ。

(べつだん、本屋大賞はエンタメ小説を選んでいるわけではないが、不特定多数に薦める本として私はその基準で選んだばかりである)

別の文学賞だと違う選考をするだろう。

実際のところ、リアルで友人に勧めたのは朝井リョウの『正欲』である。

いつも文学の話で盛り上がる友人に(それも古典文学の話が多いのだけれど)、この10冊を読んでいるときに勧めた。

エンタメ系をあまり読まない友人なので、最近読んでる小説、という話になって、この『正欲』を強く勧めたのだ。

いまの時代に読んでおくなら、ちょっとヘビーかもしれないけど絶対に『正欲』だろうなと言った。これは、相手がどういう人物だかわかっているからでもある。

そのへんが上記3冊との違いがある。

また実際には勧めてないが、強く心に残った作品は『残月記』である。

『残月記』3つめの話の、その風景が強く強く心に残る。

この話で見せられた世界が、一か月経っても私の内側でその力は失われていないのだ。すごい作品だとおもう。人に強く勧めるかというと、ちょっと微妙なのだけれど。

『同志少女よ、敵を撃て』『六人の嘘つきな大学生』

それぞれの短評を加えておく。

『同志少女よ、敵を撃て』

この作品は1940年代のナチスドイツとソビエト連邦の戦いを描いている。歴史事実に基づきながら「主人公たちはどうなるんだっ」というおもいを抱きつづけ、最後まで読み通すことになる。

その「手に汗握る展開」がすばらしい。もっとも映像で見たい作品である。(おもいきって日本人俳優ばかりでやるとおもしろいかも、と勝手に想像している)

『六人の嘘つきな大学生』

これは就職活動を舞台にしたスリリングな小説である。ミステリー小説は、私は有名作をひととおり読んでいるくらいの知識しかないのだが、「これはひょっとしてアガサ・クリスティのあの手法では……」と何度かおもわせるような上質のミステリー部分を持ち合わせている。

その二転三転の展開にただ唸るばかりである。

『赤と青とエスキース』『正欲』

『赤と青とエスキース』

後半を読んでいるときに「あっ」と実際に声をあげてしまった小説である。

『六人の嘘つきな大学生』でも同様の声が出たのだが、こちらのほうがより楽しい気分になった。

ひとつの絵によってつながる短編小説が並んでいるが、その構成と筆致に、ひたすら感心した。

『正欲』

読み終わったときにこのタイトルの意味がしみじみわかる。人間とは何かを考えさせられる深い小説である。

まさに「文学」という作品。

エンタメ系とは言えない。

でも多くの人に読んでもらいたいと強くおもわせる作品でもある。

その視点から見れば、この本もとても重要な作品だろう。

でもすべての人がすんなり読み切れるだろうかという懸念も同時に抱くので、この賞でなくてもいいんじゃないか、とふっと心をよぎってしまう。

2022年本屋大賞ノミネート10作品を一気に読んだところ、私は、この4作品をとても人に勧めたくおもっている。

そして大賞はこの4作のなかから選ばれるとはかぎっていない。

(申し訳ないのだけれど『黒牢城』は歴史好きとして私はあまり楽しめず、いろんな私の力不足で申し訳なく残念である)

本屋大賞の発表はあす4月6日の15時30分予定である。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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