「運用は正しく行われている」、そして今回の無罪判決である
性犯罪の無罪判決が3月中に4件続いたことが大きな話題となっている。4件は以下の通り。
(1)3月12日、準強姦事件の無罪判決(福岡地裁久留米支部)
→同日に毎日新聞が報道。2017年2月(刑法改正前)の事件。3月26日に検察側が控訴。
(2)3月19日、強制性交致傷の無罪判決(静岡地裁浜松支部)
→3月20日に各社が報道。2018年9月(刑法改正後)の事件。検察は控訴せず無罪確定。
(3)3月26日、19歳実子への準強制性交等罪の無罪判決(名古屋地裁岡崎支部)
→4月4日に共同通信が報じ、5日から各社が続く。2017年8月、9月(刑法改正後)の事件。4月8日に検察側が控訴。
(4)3月28日、12歳実子への強姦罪の無罪判決(静岡地裁)
→同日に各社が報道。2017年6月(刑法改正前)の事件。4月10日までに検察側が控訴。
特に大きな議論となっているのは、(3)の事件。長女が中学2年生の頃から性虐待を繰り返していた父親が無罪となった。
判決では、長年にわたって頻繁に性虐待が行われていたことだけではなく、事件当日(2017年8月と9月の2回)に性交が行われたこと、その行為が被害者の意に反していたこと、さらには被害者が抵抗できない心理状況にあったことを、精神鑑定を行った精神科医の証言を肯定するかたちで認めている。
しかし無罪。無罪の理由については判決文にこう書かれている。
弁護士の伊藤和子氏が「19歳の娘に対する父親の性行為はなぜ無罪放免になったのか。判決文から見える刑法・性犯罪規定の問題」(4月11日/ヤフーニュース個人)の中で、すでに詳しく論じているが、判決文を読むと改めて、準強制性交等罪の「抗拒不能」のハードルが非常に高いと感じる。
■支援関係者「今回だけのことではない」
新聞各紙の報道や世論を見る限り、この判決について疑問を感じている人は多い。一方で、これまで性暴力の被害者支援を行ってきた人からは、「またか」という声が上がっている。
性暴力をゼロにするための活動を2009年から続けている特定非営利活動法人しあわせなみだの代表・中野宏美氏は、無罪判決について「今回だけのことではない。以前からあったこと」と感想を漏らす。
昨年秋にも性暴力被害者支援の現場では話題となった無罪判決があったが、広く知られてはいない。2017年の刑法改正や、#metoo、性犯罪事件の「不起訴」報道が何件か続いたことなど、いくつかの要素が重なり合い、今回の大きな報道につながっていると感じる。
(3)の事件は、判決から最初の報道まで1週間以上かかっている。3月に無罪判決が立て続けに話題になっていなかったら、大きく報じられることはなかったかもしれない。
■「かなり広く暴行・脅迫を認めているのが現状」は事実と言えるのか
中野氏のような感想は、他の支援者からも耳にする。大きな話題とならない無罪判決もあるし、それ以上に、「抗拒不能(準強制性交等罪)」や「暴行脅迫(強制性交等罪)」の壁に阻まれて起訴されない事件もある。捜査が始まらない事件もある。
被害者にとって、これらの要件のハードルが高いことは、これまで繰り返し被害者団体や被害者支援団体らが訴えてきたことだ。
2017年の刑法改正に関わる議論の際にも、強制性交等罪の「暴行脅迫」について、緩和や撤廃が検討されていた。被害者団体らは、これを緩和もしくは撤廃することを強く求めていた。結果は見送り。
検討会では、暴行脅迫要件の緩和・撤廃に反対の立場から、こんな声が上がっていた。
(3)の判決を見てもなお、「周囲の状況や従前から人間関係……など様々な要素を考慮」して判断していると言えるのだろうか。また、「強姦罪(現・強制性交等罪)については、かなり広く暴行・脅迫を認めているのが現状」とあるが、(3)については、この要件を満たすと判断できれば準強制性交等罪ではなく、強制性交等罪で起訴したはずだ。
■なぜ被害当事者たちの切実な訴えに耳を傾けなかったのか
納得することはできないし、それ以上に悔しく感じるのは、被害者団体らの「現在の刑法では処罰されていない事件が多くある」という指摘が、これまでほとんど無視されてきたことだ。
2017年の刑法改正の前に、たとえば「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」は、警察に相談した際に「被害届を出しても激しく抵抗していなければ起訴されない」と言われた事例(学生時代に登録制派遣会社の社長から強制わいせつを受けました)などを挙げながら、被害者が恐怖で硬直してしまうことや、暴行脅迫要件のハードルの高さを訴えていた。(参考:現行刑法は「男尊女卑の発想」 性犯罪刑法改正、残る論点は)
暴行脅迫要件に阻まれた当事者たちの声がありながら、結局は「運用は正しく行われている」といった体の説明で押し切られた。そして今回の無罪判決である。
■司法に救われない被害者への支援の必要性
「疑わしきは被告人の利益に」の原則があり、すべての犯罪を“正しく”処罰するのは不可能であるという法曹関係者の意見は理解する。西日本新聞の記事によれば、ある準強姦事件で裁判長が「刑法では有罪にできないということで、行為にお墨付きを与えたわけではない」と語ったこともあるそうだ。
そうであるならば、性犯罪について加害者が必ずしも法の裁きを受けないという現状を私たちは強く理解し、司法に救われない被害者たちへの支援の必要性を周知していかなければならないと考える(※)。司法に救われない被害者とは、被害届が受理されなかったり、被害届を出すことも困難な状況におかれている被害者たちだ。
(※ たとえば名古屋市では全国に先駆け、強制性交等罪の被害者に支援金を給付する条例があるが、「犯罪被害者と限定されるのであれば、使える人はごく一部」という指摘がある。犯罪被害者とは、警察で被害届を受理された被害者)
被害者や支援者らは「性犯罪」と「性暴力」の言葉を使い分ける。その理由は、「性犯罪」になり得ない性暴力の多さを知っているからだ。【参考】「性犯罪ではなく性暴力をなくす」 ワンツー議連総会で語られたこと
【被害者支援について詳細は別稿】 →法が裁けなくても、性犯罪の被害者はこの世にいます。無罪判決とともに知ってほしい、支援のこと
■世の中の関心は高まっている
(1)の事件についても言っておきたい。この事件は、飲み会の場でテキーラなどを一気飲みさせられ眠り込んだ20代の女性に対して、40代の男性が性交に及んだ事件。判決は女性が抵抗できない状態だったことを認めたものの、「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」として無罪となった。
被害者にとってレイプであったとしても、加害者が通常の性交だと思いこんでいれば無罪。それはおかしいのではないか。これについても、被害者団体らは訴えてきていた。これまでにも、被害者の拒絶に気づかない「無神経」な男性だったから無罪が言い渡された、というケースなどがある。参考:【性犯罪刑法改正】一番大事な「同意」の話
昨年10月に、英国の性犯罪刑法や被害者支援を学ぶ視察の報告イベントが行われた。このイベントの中で私は、性犯罪に詳しい村田智子弁護士らとともに、「不同意性交罪」の新設を提案した。暴行脅迫要件のある現在の「強制性交等罪」とは別に、「不同意性交罪」があっても良いのではないかという提案だった。
無罪判決による被害者のショックを考えると言葉にならない。そうであるからこそ、この無罪判決を機に、性暴力被害者のおかれる過酷な状況が広く理解され、しっかりと議論が進むことを望む。
4月11日、無罪判決をきっかけに行われたフラワーデモでは、「暴行脅迫要件」についてのプラカードを持つ人も多かった。2017年の刑法改正後、少しずつ性犯罪刑法についての関心は高まっていると感じる。性犯罪刑法は、2020年を目処にさらなる見直しの検討が予定されている。見直しが行われるかが決定するまでのプロセス、見直し決定後にどのように検討されるかのプロセスを注視していかなければならない。
(記事内の画像はすべて筆者撮影)
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