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性犯罪被害者への給付金が必要な理由 残る課題も

小川たまかライター
平成26年度犯罪被害類型別調査より引用

■性犯罪被害の深刻な精神的影響 給付金で救済狙う

「うれしいし、前進だと思います。でも一方で、犯罪被害者と限定されるのだとしたら、使える人はごく一部かもしれない」

 そう話すのは、名古屋市在住の涌井佳奈さん。性暴力・DV・虐待などのトラウマを抱える人の支援グループThrive(スライブ)の代表を務め、自らも性暴力被害のサバイバーだ。

 名古屋市が、来年度から強制性交等罪(旧・強姦罪)の被害者らに支援金を給付する方針であることが報道された。これまでにも犯罪被害者や遺族へ対して支払う給付金制度はあったが、明確に、性犯罪の被害者も対象と記した条例は政令市では初となるという。参考:被害者支援金、性犯罪にも 名古屋市が新条例で検討(中日新聞/9月13日)

 性犯罪被害に遭い、仕事を続けられなくなった。これまで住んでいた街で暮らせなくなった――。被害者を取材すると、たびたびこういったケースを見聞きする。心身ともに傷ついた被害者が、経済的にも困窮することは少なくない。精神的な傷つきと向き合うためのカウンセリングや精神科への受診も経済的な負担となる。給付金はこういった被害者の救済を狙ったものと考えられる。

 性犯罪被害と支援に詳しい、目白大学専任講師で臨床心理士の齋藤梓さんは言う。

「性犯罪被害は他の犯罪と比べて年齢が若い被害者が多く、必然的に収入や預貯金が少ない被害者が多いです。また、被害の特性として被害にあったことを人に話しにくいと感じる人が多く、家族にも経済的援助を求められなかったり、労災や傷病手当などの既存の社会保障制度を申請することに躊躇するといったこともあります。

 安心な生活ができて初めて、精神的な回復が始まります。安心して生活を送るためにも、給付金などの経済的な保証は大切であると考えています」

 性犯罪被害は、被害後のPTSDの発症率が他のトラウマ体験と比べると高く、精神的な影響が深刻と言われる。警察庁が2015年に発表した「平成26年度犯罪被害類型別調査」によれば、「重症精神障害」相当とされた回答者の割合は性犯罪が最も高く29.7%だった。

(※平成26年度犯罪被害類型別調査より引用/13点以上が「重症精神障害」相当)
(※平成26年度犯罪被害類型別調査より引用/13点以上が「重症精神障害」相当)

■理解されづらい精神的被害

 一方で、性暴力は見過ごされやすい被害でもある。内閣府の2014年調査によれば、異性から無理矢理性交された経験のある女性のうち、警察に相談や通報を行った人はわずか4.3%だ。

 また、これまで明確に性犯罪被害者を対象とした給付金がなかった背景には、「殺人未遂などと異なり、身体に一目で分かるような外傷を負っていない場合があること」「精神的な傷つきに警察や周囲が気付きにくいこと」が考えられると齋藤さんは言う。

 被害直後、「いつも通りの日常を送らなければ」と気負ったり、「忘れたい」「なかったことにしたい」と記憶や感情を「凍結」し、押し込める。数年後、数十年後になってから被害によるPTSD症状が出たり、長年感じてきた違和感が被害によるものだと気付くケースがある。こうなると被害との因果関係を人に理解してもらうことが難しい。

 名古屋市の今回の支援条例に関する検討懇談会でも、「精神的な被害については、犯罪との因果関係をどう証明するかという課題がある」と指摘されている。

 被害後の心理の特異性や複雑さや、被害者自身が傷つきを訴える力さえ削がれてしまうことから、ケアの必要性が軽視され、見過ごされてきた感は否めない。私自身、性暴力の取材を始めてから、思ったほど被害者ケアが進んでいないことに驚いた。被害者をケアする現場に予算や人、知識が足りていない現実は残念ながらある。

 冒頭で紹介した涌井さんも、被害と向き合うまでに時間がかかった一人だ。高校時代、教師から定期的に呼び出され、モノのように扱われた。拒めなかったのが悪いと自分を責め続けた。うつの症状が出てカウンセリングや精神科に通ったが、「性被害によるPTSD」と診断されたのは30代中盤になってから。刑事事件に問うためには時効が過ぎていた。

 涌井さんは「性犯罪被害に光を当ててくれたことはうれしい」と名古屋市の方針を喜ぶ一方で、複雑な心境を口にする。

「給付金の支給が、警察に被害届を出せた“犯罪被害者”に限定されるのであれば、それは被害を受けた人のごく一握りです。私たちの団体のメンバーにいる被害経験のある23人のうち、警察に行くことができたのは1人だけ。また、13人が家族、8人が知り合いからの被害です。家族からの被害は特に、長い間、誰にも言えずに抱え込む人が多い」

 齋藤さんも言う。

「警察に届け出ができない被害者への支援は、今後も検討される必要があるかと思います。公費使用の場合難しいことも理解できますが、さまざまな被害者に柔軟に対応できる制度が必要だと考えられます」

■制度とともに「知ること」によるフォローを

 名古屋市の積極的な取り組みをきっかけとして、より良い制度が検討されていくことを願いたい。ただ、性暴力被害の複雑な態様のすべてを制度でカバーするのは難しいことだろう。

 制度で漏れる部分は、どうフォローしていけばいいのか。涌井さんは、性暴力被害者に特化した支援機関であるワンストップセンターに行くことを怖がる被害者もいることを例に挙げ、こう話す。

「ワンストップセンターや警察へ行く際に、付き添ってくれる人がいると心強いです。ワンストップのような情報を適切に提示したり、相談、通報時の二次被害を防いだりできる人。混乱した状態で被害をうまく話せないこともあります。性被害に遭った人から相談を受けたときに、きちんと対応できる大人を増やすということ。被害と対応を熟知している人がもっと必要です」

 二次被害とは、性被害に遭った人がそれを打ち明けた際に、被害を否定されるなどしてさらに精神的なショックを受けること。「あなたにも隙があったんでしょう?」「犬にかまれたと思って忘れなさい」などがそれにあたる。最初に被害を相談した人の対応が、被害者のその後の回復に大きな影響を与えると指摘する専門家もいる。

 性被害はある日突然、誰にでも起こり得ることで、決してレアケースではない。しかし交通事故に遭ったときにどうすればいいか知っていても、性被害に遭ったときにどうすればいいかを教えられた経験のない人も多いだろう。

 警察庁では今年8月3日から性犯罪被害相談の全国共通電話番号「#8103」を開設した。また、相談窓口としては各地の犯罪被害者支援センターや、ワンストップセンターがある。ワンストップセンターは2020年までに各都道府県に最低1カ所設置されることが目指されている(※日本弁護士連合会は、2011年に、女性の人口20万人につき1カ所のワンストップセンター設置を求める意見書を出しているが、現状では1カ所も設置されていない県もある)。

 性被害に遭った人から相談を受けた際に、「被害を否定したり被害者を責めるような言葉は言ってはいけないこと」と、「相談や通報、ケアを受けられる場所があると伝えること」の2点は、最低でも覚えておきたいことだ。身近な人から性被害の相談を受けた驚きで、咄嗟に被害を否定するようなことを言ってしまう心理状態になることもある。もし言ってしまった場合は、訂正するための丁寧な対話が必要だ。

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 涌井さんが言ったように、「性犯罪被害に光を当てた」今回の名古屋市の取り組みは間違いなく前進だ。一般の認識が高まれば、さらに被害を受けた人のための環境整備は進むだろう。被害者が安心して被害を相談できる環境をさらに整えていくことが望まれる。

■自宅で被害に遭った場合の宿泊制度も 覚えておきたい犯罪被害者支援

 犯罪被害者のための支援制度について、齋藤さんに聞いた。

――犯罪被害者が利用できる支援で、主なものを教えてください。

齋藤:現在、各都道府県警察で、カウンセリングの公費負担制度が設けられています。運用は各都道府県警察によって異なりますが、性犯罪に限らず、犯罪被害から1年以内の精神科受診料やカウンセリング費用を公費負担する制度です。回数の制限や額の上限がある場合もあり、親族間の犯罪には適用されない場合があるなど、さまざまな制限はありますが、少なくとも、犯罪被害者に対する精神的なケアの必要性が認められたことは良かったと思います。

 また、警視庁では、自宅で被害にあった場合などに、3泊4日が上限ではありますが、宿泊施設を提供する制度があります。類似した制度を東京都も設けています。ハウスクリーニング制度を設置している都道府県警察もあり、例えば警視庁では、性犯罪の被害者に対しても、場合によっては、自宅で被害にあった際にハウスクリーニング制度を紹介する、女性の業者の紹介をするなど、決め細やかな運用が行われていると思います。

 性犯罪の場合では、診断書の費用、診察料、緊急避妊薬費用、性感染症検査費用、人工妊娠中絶費用なども警察や行政で公費支出制度の対象となる場合もあり、こうした制度も重要なものだと思います。

 犯罪被害者等給付金も、性犯罪の場合も被害による精神的影響が該当する場合もありますし、親族間の犯罪であっても場合によっては支給対象となるよう見直しが行われるなど、徐々に制度が整っていると感じています。

 ただし、これらはほとんどが、警察に届出をしていないと使用することができない制度ですので、警察に届出ができない、あるいはしていない被害者への支援は、今後も検討される必要があるかと思います。さらに、性犯罪被害は身内からの被害もある一方で、さまざまな支援が、親族間の被害に関してはスムーズに適用されない場合があります。多様なケースの被害者に柔軟に対応できる制度が必要だと考えられます。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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