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先輩を超えるということ~前篇~

藤村幸代フリーライター
(C)株式会社サステイン

 5月12日、総合格闘技の老舗団体、修斗で秒殺KO勝利をおさめた川名雄生(26/Y&K MMA ACADEMY)は、マイクで言い放った。

「誰でもかかってこい、受けて立ってやる。でも、その前にやらないといけない奴がいる。小谷直之、まずはお前からだ」

 二人の関係を知らぬ者には唐突な、二人の関係を知る者でさえ「そんな言い方があるか」といぶかる、喧嘩腰そのものの対戦要求。だが、一番驚いたのは、突きつけられた本人、小谷直之(35/ロデオスタイル)だった。

 予感めいたものはあった。その1ヵ月前、久しぶりに練習で手合わせしたときのことだ。川名からこれまでにない熱を感じ、冗談交じりで聞いた。「俺のこと、まさかやろうとしてるのか」。川名は笑って「そんなことないですよ」と答えていた。

 だから「やっぱりな」という思いもある。にしても、あの口調の激しさは、身に覚えのないものだ。なぜ、怒りが自分に向けられたのか。小谷は慌てて記憶をたどった。

〈小谷直之 紹介映像(C)株式会社サステイン〉

 川名との出会いは10年近く前になる。

 同じ横須賀の縁もあり、小谷は近隣のジムでインストラクターを引き受けていた。そこに入門してきたのが、高校3年生の川名だった。柔道部だけに素地はある。だが、同学年ですでにプロとして活躍している選手もいるなか、川名は目立つ存在ではなく、また格闘技への興味もさして感じられなかった。

 それだけに、卒業後の進路をたずねたときの「プロになります。格闘技で頑張ります」という答えには驚かされた。後進ができた嬉しさより「大丈夫かな」という心配ばかりが先に立った。

 セミプロで煮え切らない試合をしていた川名が、「層の厚い修斗でアマチュアから出直す」と聞いたときは、20歳なりの覚悟を感じ、練習相手やセコンド役を買って出た。修斗で地道に実績を積み上げ、昨年4月、ついに修斗世界王座に挑戦したときも、セコンドとして入場の高揚から敗戦の落胆まで、思いを共にした。格闘技だけではない。川名の高校卒業後の一時期は、介護の職場で同僚だったこともある。

 

 そんなあいつが、なぜ――。

川名vs小谷の一戦はタイトル戦4試合に先立ち行なわれた(C)株式会社サステイン
川名vs小谷の一戦はタイトル戦4試合に先立ち行なわれた(C)株式会社サステイン

「もしかして、同じ職場だったときに俺が当日欠勤ばかりしたのをうらみに思っていたのか? それとも、全然興味のないプロレスの話を俺から延々と聞かされて、嫌気がさしていたのか? だとしたら、そういう積もりに積もったものが世界戦で、あの俺がセコンドについた去年の世界戦で負けたことによって、一気に爆発したに違いない。『お前のせいで負けたんだ。復讐のときが来た』と」

 そんなストーリーをひねり出すくらいしか、思い当たる節がなかった。

 

 激しい口調の理由は、俺を本気にさせるためか、あるいは俺のことが本気で嫌いになったのか、そのどちらかだろう。だとしたら、前者だと信じたい。

 気にかけてきた後輩との対戦は世界戦でもない限り、正直、気が進まなかったが、要求を無視すれば逃げたと思われる。先輩という立場からも、国内外を問わず強豪と渡り合ってきた矜持からも、それを受け入れることはできない。何より、自分自身の限られた現役ロードを考えれば、おのずと答えは決まった。

「やるなら今しかない」

先輩を超えるということ~後篇~

◆10.15プロフェッショナル修斗舞浜大会 公式結果

フリーライター

神奈川ニュース映画協会、サムライTV、映像制作会社でディレクターを務め、2002年よりフリーライターに。格闘技、スポーツ、フィットネス、生き方などを取材・執筆。【著書】『ママダス!闘う娘と語る母』(情報センター出版局)、【構成】『私は居場所を見つけたい~ファイティングウーマン ライカの挑戦~』(新潮社)『負けないで!』(創出版)『走れ!助産師ボクサー』(NTT出版)『Smile!田中理恵自伝』『光と影 誰も知らない本当の武尊』『下剋上トレーナー』(以上、ベースボール・マガジン社)『へやトレ』(主婦の友社)他。横須賀市出身、三浦市在住。

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