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エイドリアン・ブローナーは“ネクスト・メイウェザー”か

杉浦大介スポーツライター

新スター候補、ブローナー

ボクシングの世界では、節目には必ずと言って良いほど“時代の継承者”と言えるスーパースター候補が現れるものである。

近年では2009年春にオスカー・デラホーヤ(アメリカ)が引退し、“冬の時代が訪れるのではないか”と懸念されたのも束の間。バトンを受け渡されるかのようにマニー・パッキャオ(フィリピン)が1試合で2000万ドル以上を稼ぐ超人気ボクサーに成長し、フロイド・メイウェザー(アメリカ)とともに業界を引っ張っていってくれた。

そしてそのメイウェザー、パッキャオも30代半ばを迎え、黄昏期を迎えたと囁かれる昨今。後を次ぐ新たなリーディングボクサーの候補として、破竹の勢いで上昇するエイドリアン・ブローナーの名前が挙げられるようになっている。

現在23歳のブローナーはこれまで25戦全勝21KO。昨年11月26日にヴィンセンテ・ロドリゲス(アルゼンチン)に3ラウンドKO勝ちでWBO世界スーパーフェザー級王座に就き、晴れて表舞台に躍り出た。

勢いに乗ったブローナーは、その後の2戦でも圧倒的な形でKO勝ち。そして11月17日にはアトランティックシティでWBC世界ライト級王者アントニオ・デマルコ(メキシコ)に挑戦し、2階級制覇を狙った。

「単なるボクシングではなく、僕の試合はエンターテイメント。“エイドリアン・ブローナーのショウ”だ。楽しくなるよ。笑うものもいれば、中には泣くものもいるかもしれない。だけど最後にはみんなが笑顔で、土曜の夜に良い時間を過ごして行ってくれるはずさ」

そんな不敵なコメントを残して臨んだこの試合でも、ブローナーの強さは際立った。日本でもお馴染みのホルヘ・リナレス(ベネズエラ)にストップ勝ちして王座を獲得したデマルコを滅多打ちにし、8回1分49秒でTKO勝ち。接近戦でもロングレンジでも過去32戦(28勝(21KO)3敗1分)を戦って来たベテラン王者を寄せ付けず、リングサイドからもため息が漏れ続けた。

“ネクスト・メイウェザー”と呼べる素材

「彼は“ネクスト・メイウェザー”になれると思う。スピードがあって、動きも良くて、ディフェンスも素晴らしい。パンチ力も間違いなくある。すべてを兼ね備えた選手だよ。あれほどの相手と8ラウンドに渡って戦える選手はそんなにはいない。ブローナーは特別なボクサーだ」

デマルコ側のゲイリー・ショウ・プロモーターのそんなコメントは、敗れたデマルコの商品価値を保ちたいという理由だけでななかったはず。1970年代からボクシングビジネスに関わってきた辛口のプロモーターを驚嘆させるほど、ブローナーのパフォーマンスは余りにも見事だった。

この試合の以前から、ブローナー本人が「兄貴のような存在」と呼ぶほど仲の良いメイウェザーとブローナーの比較を語る米メディアは多かった。類い稀な身体能力、ショルダーブロックを多用するディフェンス、恐れを知らないビッグマウスまで含め、実際にメイウェザーとブローナーの相似点は数多い。

「試合のフィルムを見て貰えば分かる通り、違っている部分もたくさんある。ディフェンスは似ていても、ファイトスタイルはまったく別物と思うけどね」

現役最強王者の名前が引き合いに出されることにまんざらではなさそうなブローナーだが、一方で自分の方がより攻撃的であることを強調する。

パンチをもらわないことを基調としてファイトを組み立てるメイウェザーに比べ、ブローナーは守備へのケアも忘れないものの、より攻撃面への意識が強いのは確かだろう。自らの試合を“ショウ”と語るだけあって、客を喜ばせたいという想いは本物のよう。いわゆる“分かり易い勝ち方”が出来るのも魅力の1つだけに、このまま勝ち続ければスーパースターダムへの到達は遠くはないのかもしれない。

疑問点も残るが

もっとも、そんなブローナーにもまだ疑問点は少なからず残っている。

所属するゴールデンボーイ・プロモーションズとアドバイザーであるアル・ヘイモン氏の方針か、ここまでは危険の少ない対戦相手をあてがわれることが多かった。自他共に認める“これまでのキャリアで最強の相手”だったデマルコにしても、世界的に評価の高いエリートボクサーではない。そしてここに辿り着く前にも、昨年3月に行なわれた元スーパーバンタム級王者のダニエル・ポンセ・デレオン(メキシコ)戦でのブローナーは距離感が掴めず、敗北寸前の大苦戦(3−0の判定勝ち)を味わっている。

「ブローナーにはまだプロ意識と規律が欠けている。その部分が決定的に違うだけに、私は彼を“ネクスト・メイウェザー”とは考えていない」

ニューヨークに拠点を置くあるベテラン・ボクシング記者はそう語る。

“規律不足”とみなされるようになってしまった原因は、今年7月21日のビンセント・エスコベド(アメリカ)戦でスーパーフェザー級リミットを作れず、試合前に王座を剥奪された一件にあるのだろう。計量に失敗しただけでなく、体重を落とす努力の素振りも見せなかった。すでに「自分は何をやっても許されると考えてしまっているのではないか」と危惧され、業界内から大きな批判にさらされることになったのである。

メイウェザーも放言と型破りな行動を好む選手だが、一方でプロ意識の高さでも有名(*メイウェザーも2009年のファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)戦で計量失敗し、違約金を払った経験はある)。まだ23歳のブローナーにそれを望むのは難しくとも、ウェイト絡みの失敗を繰り返せば業界からのリスペクトを失いかねない。その面では、今後に周囲からのケアも必要になってくるのだろう。

ウォード、カネロ、そしてブローナー

しかし、そんな様々な疑問符、マイナス面を考慮した上でも、ブローナーが魅力的な素材であることに疑いの余地はない。

米最大のプレミアケーブル局であるHBOがすでに7度も試合を生中継している事実も、スター性の高さの証明。最近はゴールデンボーイ・プロモーションズとHBOのライバルであるショウタイム(SHO)の癒着が進んでいるが、ブローナーだけはHBOが決して離していない。

初のタイトルを獲得した階級がオスカー・デラホーヤ、メイウェザーと同じスーパーフェザー級だったというのもどこか運命的。同じく爆発的な身体能力を誇るノニト・ドネア(フィリピン)、ユーリオルキス・ガンボア(キューバ)は骨格的にライト級あたりまでが限界だろうが、ブローナーが順調に育てば、長く中量級戦線の主役になることも可能に違いない。

もちろん現時点では、ブローナーが“時代の継承者”なのかどうかを判断するのはまだ早過ぎる。ただ、前記した通り、メイウェザー、パッキャオに次ぐ存在として、アンドレ・ウォード(アメリカ)、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)と並び、ブローナーの名前を候補の1人に挙げることに異論のある関係者は少ないはずである。

今後、下の階級から上げてくるであろうガンボア、スーパーライト級で待ち受けるダニー・ガルシア(アメリカ)、ルーカス・マティセ(アルゼンチン)、アミア・カーン(イギリス)らとの激突への夢も膨らむ。

「今後数試合の内容次第で、僕はボクシング界の頂点に君臨することも可能だ。同じようにタレントがあっても、成功に直面してしまうと恐れてしまう選手もいる。その点で、僕は間違いなく準備ができている。これまでにグローブに腕を通した他の誰よりも優れたボクサーになりたい。それが何より大事で、頭にあるのはそれだけだよ」

そう語るブローナーは、注目度が上がる中でも向上への熱意を保ち、さらにレベルアップして行くことができるかどうか。この23歳こそが、本当にボクシング界の“ネクスト・ビッグ・シング”なのか。

2013年は彼にとって極めて重要な年となることが確実。幾つかのテストマッチが組まれそうなこの1年間で、その真のポテンシャルがどの程度なのか測られることになりそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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