外国人が行政書士事務所を提訴 「パスポートを返さない」「人権侵害大国」日本の実情
先週木曜日(1月16日)、自身のパスポートの返還を求めて、横浜市在住の30歳代フィリピン人女性(以下Aさん)が元勤務先である「アドバンスコンサル行政書士事務所」(代表:小峰隆広)を横浜地方裁判所に訴えた。
昨年7月に退職し何度も会社にパスポートを返すよう求めてきたが、会社は「(預かるのは)会社のルールだ」と一貫して返還を拒否し続けている。外国人にとってパスポートの取り上げが重大な人権侵害に当たることは、明らかであり、国際的にもこのような状況の放置は異様だといえる。
最近、カルロス・ゴーン氏の事件などから、日本が「人権後進国」であることは世界で広く知られるようになってきたが、今回の事件も海外メディアで盛んに報じられている。実は、日本社会ではパスポートを奪う行為が日常的に横行しているのである。
なぜ、今回のような事件が起こったのか、詳しく見ていきたい。
パスポートを取り上げられたフィリピン人労働者が会社を提訴 史上2回目
横浜にある行政書士事務所「アドバンスコンサル」(代表:小峰隆広)にパスポートを奪われた30歳代のフィリピン人女性Aさんが、今月16日、横浜地方裁判所に提訴した。
Aさんが求めているのは、1)パスポート、卒業証明書、成績証明書、優良証明書の返還、2)未払い賃金の支払い、3)精神的慰謝料、4)パスポートなどを奪われたことで働けない期間に対する補償、5)パスポート再発行にかかった費用である。
参考:「早くパスポートを返してほしい」 実質的「強制労働」が可能になるシステムとは
Aさんは日本語学校を卒業した2019年3月に在留資格更新の相談をするために「アドバンスコンサル行政書士事務所」を訪れたところ、その会社で働くことを勧められ、2019年5月から通訳者・翻訳者として働き始めた。
Aさんは「在留資格の更新に必要」だということで自身のパスポート、大学の卒業証明書、大学の成績証明書などを会社に預けた。また併せて「パスポートの管理に関する契約書」にサインを求められて署名している。
難しい日本語が読めないAさんは契約書の内容を理解しておらず、契約書に「パスポートの管理方法はすべて会社が決定するものとする」、「パスポートは退職後も会社が管理する」などと書かれていたことを知ったのは、後にPOSSEのスタッフがAさんに契約書の内容を伝えたときだった。
2019年7月に在留資格が更新され、Aさんは手続きが終わったためパスポートなどが返還されると思っていたが、一向に返還される気配がなかった。そこで会社に「パスポートを返してもらえますか」と聞いたところ、代表の小峰氏は「(パスポートは)会社が預かることになっているから」と返還を拒否。不安になったAさんは筆者が代表を務めるNPO法人POSSEにフェイスブックを通じて「Help me」というメッセージを送り、相談につながった。
AさんはPOSSEの連携する労働組合(総合サポートユニオン)に加盟して、会社に団体交渉を何度も申し入れたが、会社は団体交渉を拒否し(団体交渉の拒否は違法行為である)パスポートの返還を拒み続けたため、今回の提訴に至ったのだ。
日本全国で「合法的に」取り上げられる外国人労働者のパスポート
意外かもしれないが、Aさんのように日本でパスポートを奪われながら働く外国人労働者は多い。日本政府はパスポートの管理に関する公的な調査を行っていないので、正確な実態はわからないが、技能実習生を雇う企業の少なくとも104社が「パスポートは本人保管ではない」と回答している(「国際研修協力機構」2017年度 技能実習生の労働条件等に係る自主点検実施結果の取りまとめ)。
また、長年外国人労働者の支援を続けている、外国人労働者弁護団代表・指宿昭一弁護士は「外国人労働者のパスポートを取り上げる企業は珍しくない」と記者会見で報告している。
では、なぜ「アドバンスコンサル行政書士事務所」のような企業は、労働者のパスポートを預かるのだろうか。企業側は「労働者がなくさないようにするため」などと主張することもあるが、あまりにも無理な説明だ。実際の理由は一つしかない。
それは、劣悪な労働環境でも外国人労働者が逃げ出さないようにするためである。
本来、労働者に辞めてほしくなければ給料などの労働条件を上げるべきだが、最低賃金以下で過労死ラインを超える長時間労働を強制したいブラック企業の場合、労働条件を上げる代わりにパスポートを奪うことで転職させない。これはある種の労務管理戦略なのである。
Aさんのケースでは、会社側は「(パスポートを返すと)逃げちゃうでしょ」という露骨に発言している。そして、このような企業側の行為を今の日本の法律は認めてしまっている。
そもそも、日本には「パスポートを会社が保管する」ことに対する規制がない。唯一、技能実習生として来日している外国人労働者のパスポートを保管することは違法とされているが、それ以外の在留資格(通常の就労ビザで滞在する外国人労働者や留学生、定住者、永住者など)に関しては、会社がパスポートを預かることに規制が一切ないため、違法ではないのだ。
そのため、パスポートの取り上げに対する規制がないことを知っている企業側は、積極的にパスポートを奪い、外国人労働者を束縛しているというわけだ。
しかも、「パスポートを奪われている」と外国人労働者自身が声を上げること自体が非常に難しい。日本語が話せず、会社以外の人間関係もなく、日本の労働法や制度に詳しくもないため、「助けて」と支援を求めること自体が一つのハードルとなっている。
こうして、パスポートを奪われるという深刻な人権侵害が蔓延していても、ほとんどは表に出てくることさえない。
提訴への高いハードル 可視化されない問題
今回の訴訟は、パスポートを奪われている外国人がパスポートの返還を元雇用主に求めるという画期的な訴訟である。パスポートを奪う企業はたくさんあるが、このようなケースで実際に労働者自身が裁判に持ち込み、判決まで至ったのはおそらく過去に1件しかない(株式会社本譲事件)。
それは、すでに述べたようにパスポートを奪われた外国人が、パスポートを取り返すための行動を起こすには、いくつもの大きなハードルがあるからだ。
その一方で、会社側は問題が明るみにならないよう、あらゆる手段を用いて権利行使の「邪魔」をする。
一番多いのは「文句を言ったら国に返す」という脅しだ。実際に劣悪な労働環境に抗議した外国人労働者を強制的に帰国させるという事件も起こっている(退職取り消し求め提訴 強制帰国の技能実習生)。
その他にも、今回のケースのように形式的な「契約書」を書かせて本人の「合意」を取ったことにすることで、「一度合意してしまったので、もうどうしようもない」と諦めさせるという手段も横行している。
今回のAさんは、パスポートなどを奪われているため、転職することができず収入を得るすべがない。仕方なくAさんはPOSSEの支援を受けながら訴訟を提起することを決意したのである(なお訴訟費用はクラウドファンディングを通じて募っている)。
Aさんは訴訟について、「同じようにパスポートを奪われている外国人労働者がたくさんいると聞いている。今回のケースは私一人のためでなく、同じような状況に置かれている外国人労働者が声を上げるきっかけにしたい」とコメントしている。
パスポート取り上げを違法化するために
この事件は海外でも大きく取り上げられ、問題視されている。ワシントンポスト紙、アメリカのオンラインメディアであるデイリービーストが記事を掲載し、日本でパスポートの取り上げが蔓延している可能性や、それが法的に許されてしまっている実態について問題提起している。
今後必要なのは、まず企業によるパスポートの取り上げを法律で禁止することである。海外ではいかなる理由であれ企業が従業員のパスポートを保有すること自体を違法としている国もあり、日本でも違法とするべきだろう。
そのためにも、まずは実際にパスポートを奪われたり、深刻な労働問題を抱えたりしている外国人労働者の相談に対応し、具体的な現実を社会に明らかにしていくという支援も不可欠だ。
しかし、多言語や「やさしい日本語」での労働相談対応はまだまだ圧倒的に不足しているのが実情だ。そのため、私が代表を務めるNPO法人POSSEでは「外国人労働サポートセンター」を昨年設置し、大学生や留学生による支援活動を行っている。
本記事の事件はそのような取り組みの成果でもある。外国人労働問題を解決していくためにも、労働相談・支援の取り組みが各地で広がっていくことが望まれる。
イベント「労働NGO・ユニオンの取り組みから考える、外国人労働者の権利擁護
1月25日 18:00~19:30 (17:30開場)
北沢タウンホール 第一集会室 (下北沢駅 東口・京王中央口 徒歩5 分)
対象:主に、外国人労働者の権利擁護活動やボランティアに関心のある学生や若者、社会人など
※留学生歓迎
参考:困っている外国人に「私たちができる」こと 5つのポイントを紹介する
メール:supportcenter@npoposse.jp