Yahoo!ニュース

天才・藤井聡太二冠(18)史上最年少で銀河戦初優勝! 決勝で早指しの雄・糸谷哲郎八段(32)を降す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月12日。第28期銀河戦決勝▲藤井聡太二冠(18歳)-△糸谷哲郎八段(32歳)戦が放映されました。棋譜は公式ページにて公開されています。

 結果は97手で藤井二冠の勝利。藤井二冠は銀河戦3回目の出場で、初優勝を飾りました。また18歳2か月での優勝は、史上最年少記録となります。

 藤井二冠は過去に朝日杯で2回優勝しています。それと合わせ、藤井二冠は全棋士参加棋戦で3回目の優勝を達成しました。

藤井二冠、10連勝で頂点に

 銀河戦は1992年に創設されました。最初はしばらくの間、非公式戦でした。1992年、第1期銀河戦で優勝したのは若きタイトルホルダーの郷田真隆王位(当時21歳5か月)でした。

 2000年度(第8期)からは公式戦に昇格します。以後、最年少で優勝したのは2005年度(第13期)の渡辺明竜王(当時21歳4か月)です。

 もし18歳の藤井二冠優勝ならば、渡辺現名人や郷田現九段の記録を大きく塗り替え、史上最年少での優勝となります。

 藤井二冠は本戦Cブロックで6連勝。決勝トーナメントでは3連勝。合わせて9連勝しています。

佐藤「その中で羽生さん、森内さん、郷田さんと、われわれ羽生世代3人を撃破して。はははははは。はい、見事ですよね」

 本局の解説を務める日本将棋連盟会長の佐藤康光九段(50歳)はそう語っていました。第1期優勝時、21歳だった郷田九段は、28期を迎えた今期、49歳となっています。

 決勝戦が終わったあと、藤井二冠は次のように語っていました。

藤井「決勝トーナメントの1回戦と2回戦の増田六段戦、永瀬王座戦は、途中何回か形勢が入れ替わる激戦だったので、そこを勝てたことが大きかったのかなと振り返って思います」

 準決勝で藤井二冠は木村一基九段、糸谷八段は三浦弘行九段を降しました。木村九段は47歳、三浦九段は46歳と、四十代後半でのベスト4進出でした。

 決勝トーナメント進出者は三十代、二十代の棋士がほとんどです。糸谷八段は指し盛りの三十代前半。一方、トーナメント表に名をつらねている棋士の中では、藤井二冠は唯一の十代です。

 早見え早指しの雄として知られる糸谷八段。銀河戦では2011年に準優勝。またNHK杯では2009年、10年と2年連続で準優勝。惜しくも優勝には届いていませんが、テレビ早指し棋戦で準優勝3回は大変な実績です。

 本局収録から約2か月後。糸谷八段は現役タイトルホルダーである永瀬拓矢王座を相手に、持ち時間を半分も使わずに快勝しています。

 銀河戦決勝は例年、8月頃におこなわれます。今年はコロナ禍の影響で進行が大きく遅れました。

 本局が収録されたのは10月15日。この時までの年度成績は藤井二冠25勝6敗、糸谷八段12勝5敗です。

 振り駒の結果、先手番を得たのは藤井二冠。まずは初手を指す前、紙コップを手にし、マスクをずらして口にします。そして角道を開けました。

 後手の糸谷八段、ほとんど間をおかずに、こちらも角筋を通します。

 佐藤九段の事前の戦型予想としては、糸谷八段が得意な一手損角換わりを候補としてあげていました。

 本局、糸谷八段は横歩取りに誘導しました。ただし後手の側が飛車先の歩を切らず、代わりに玉を上がる趣向。これが糸谷八段用意の作戦だったようです。

「はずれましたね」

 予想がはずれた佐藤九段は、開口一番、そう苦笑していました。

 いつも相手の注文を堂々と受ける藤井二冠。本局も堂々と横歩を取ります。驚くべきハイアベレージで勝ち続けている藤井二冠ですが、横歩取りの先手では、わずかに黒星が重なっているイメージもあります。

 3筋で横歩を取った藤井二冠。飛車を2筋に戻したものの、後ろには引き上げません。

 糸谷八段は桂の利きをいかして、藤井二冠の飛の背後に歩を打ちます。「蓋歩」(ふたふ)という手筋で、飛の退路を断ち、飛の生け捕りをねらっています。まだ22手という早い段階で、早くも緊迫した局面を迎えました。

 藤井二冠はすぐに自陣角を打ちます。この利きが糸谷陣にまで届き、すぐに飛を取られることはありません。

 糸谷八段は藤井陣に生じているスキに角を打ち込み、自陣に引き成って馬を作ります。藤井二冠はすぐにその馬と飛を交換。横歩取りらしく序盤から大きく局面は動き、定跡形からははずれました。ただしバランスは取れ、形勢はほぼ互角です。

 本局の持ち時間は15分。藤井二冠は33手目を考慮中に、15分を使い切りました。対して早指しで鳴らす糸谷八段は、まだ8分を残しています。

 このあと藤井二冠は1手30秒未満で指すことになりますが、1分単位で合計10回までの考慮時間はあります。

 藤井二冠はさらに2回の考慮時間を使ったあと、自陣にじっと歩を受けました。対して糸谷八段は難しそうなところでぴしぴしと決断よく指し進めていきます。盤上の形勢はほぼ互角。時間は大差となりました。

 どちらの陣営も、弱点は頭の丸い桂頭。そして両者は互いに桂頭をねらっていきます。

 藤井二冠は2枚目の角も自陣中段に打ちました。飛に比べて角は使いづらい駒ですが、藤井二冠はその角の使い方が、実に巧みです。2枚並んだ自陣角で制空権を得て、形勢は次第に藤井ペースとなってきました。

 糸谷八段が50手目を考えているところで、ようやく15分の持ち時間がなくなります。残る考慮時間(1回1分)は、藤井二冠は6回、糸谷八段は10回です。

 50手目。糸谷八段は中段に飛を打ちました。なかなか打ちづらい手にも見えますが、コンピュータ将棋ソフトはこの手を最善と示していました。

佐藤「素晴らしいですね。こういう手はなかなかちょっと、考えづらいですよね」

 これで糸谷八段は飛が2枚、藤井二冠は角が2枚、ともに中段に配置される格好となりました。

 52手目。糸谷八段は5筋の歩を伸ばします。これも指したい手でしたが、代わりに3筋を歩で押さえておく方が優ったようです。

 藤井二冠は3筋に桂を跳ね、相手の攻めの桂と交換します。これが自然な好手。藤井二冠の金銀が前に伸び、糸谷八段の中段飛車を圧迫できる形となりました。形勢ははっきり、藤井二冠優勢です。

 藤井二冠は上着を脱いで長袖のワイシャツ姿。1回戦の増田六段戦が収録されたときはまだ暑い夏の盛りで、その時は半袖でした。

 藤井二冠は右手で扇子を手にしてくるくると回し、リズムを取りながら読みを進めるスタイルです。盤面を見せる画面の手前には、少し前傾姿勢となった藤井二冠の頭と、扇子の先が映されています。

佐藤「強い人はどんな棋戦でも勝ちますからね。どんな設定でも。この銀河戦でもやっぱり、羽生さんとか渡辺さんとかね」

 長時間の八大タイトル戦で通算99期を誇る羽生九段は、短時間のNHK杯では優勝11回。銀河戦では非公式時に2回、公式となってからは5回、合わせて7回優勝しています。

 羽生九段に続いて銀河戦で優勝が多いのは渡辺現名人の4回。そして佐藤康光九段の3回です。

 進んで糸谷八段の飛車は3筋で1回、2筋で1回、くっついて縦に並ぶ異形となりました。

佐藤「飛車が縦に2枚並ぶっていうのは、相当珍しいですよね」

 糸谷八段が力を見せ、うまく持ちこたえているようにも見えました。

佐藤「さあ、ここですね」

 藤井二冠が端1筋に角を出て、糸谷八段が飛をその頭に逃げたところ。もしここで決め手がなければ形勢はもつれそうです。

 ここでは銀を捨てるという、もう派手派手な決め手があったようです。しかし藤井二冠はその筋は見送り、違う筋で手をつなげようとします。

 糸谷八段の辛抱が実ったか、流れは怪しくなってきました。放映中に示されている、コンピュータ将棋ソフトによる勝率判定は、藤井約80パーセントから、約50パーセントにまで巻き戻ります。

 糸谷八段は左わきに置かれている脇息(ひじかけ)を自身の前に横に置き、両手を乗せ、全身をもたれるようにして考えます。

 66手目。糸谷八段は藤井二冠の攻め駒である角桂がある方に向かい、ぐっと力強く玉を上がります。

佐藤「おお・・・!」

香川「なんか、糸谷流という感じの一着が」

佐藤「これは出ましたねえ」

 聞き手の香川愛生女流三段がいみじくも言い表したように、まさに糸谷流という一手でした。こうした力強い受け方に、糸谷八段の棋風が表れています。

佐藤「いい勝負に見えますね。後手(糸谷八段)も非常に楽しみが多いですよね」

 勝敗不明の終盤戦。糸谷八段も考慮時間を使って考えます。

 藤井二冠の2枚の角は、左右から糸谷陣をにらんでいます。73手目。藤井二冠は端1筋、右側の角の利きの先に銀を打ちます。

佐藤「ちょっとこれは気がつきにくい手なんですけど」

 藤井二冠が放った気づきにくい銀打ちが、形勢を突き放す好手。糸谷八段の中段飛車を攻撃目標として、明確に攻めがつながる形となりました。

 81手目。藤井二冠は角を切り、糸谷陣の守りの要である銀と刺し違えて寄せに出ます。序盤に打った筋違い角は大きく働いたあと、その役目を終えたことになりました。

糸谷「はあ・・・」

 切られた角を取ったあと、糸谷八段はため息をつきました。

 角桂という使いづらい駒で攻めを通した藤井二冠。それが糸谷八段の駒台に乗った形となったわけですが、角桂は受けにも使いづらい。藤井二冠に飛車を打ち込まれてみると、糸谷陣は防戦困難に陥りました。

 糸谷八段は中段に攻防の角を据えます。苦戦に追い込まれた中で、さすがの勝負手にも見えました。

佐藤「普通はこういう角を打たれると、あわててしまうんですけどね」

 しかし藤井二冠はあわてた素振りをみじんも見せません。残りの考慮時間は互いに4回。ここで時間を残してあるのは大きい。もちろんそれは藤井二冠の戦略通りでしょう。

 考慮時間の1回を使って、藤井二冠は速度計算を終えたようです。糸谷陣に銀を打って、決めに行きました。形勢は藤井二冠勝勢。糸谷八段の怪力をもってしても、いかんともしがたい情勢となりました。

 90手目。糸谷八段は中段の桂を取ります。糸谷八段の駒台には3枚目の桂が乗せられました。藤井二冠が使いづらい桂を上手く使って攻めを通したことが、糸谷八段の持ち駒の構成にも表れています。そして残りの考慮時間は藤井3回、糸谷2回。早見え早指しの糸谷八段の消費時間が、ついに先行することになりました。

 97手目。藤井二冠は王手金取りで銀を打ち込みます。藤井陣は安泰なので、駒を取りながら確実に攻めをつなげていけば勝ちです。残りの考慮時間は藤井3回、糸谷1回。糸谷八段にもまだ時間は残されていますが、手段は尽きたようです。

「あっ、負けました」

 糸谷八段が頭をさげて、決勝戦も終幕となりました。

佐藤「緩急おりまぜて見事な攻めが決まったなあ、というところでしたね」

 佐藤康光九段は、藤井二冠の指し回しをそう讃えました。

 表彰式において、藤井聡太新銀河は次のように謝辞を述べました。

藤井「第28期銀河戦をご観戦いただきまして、ありがとうございます。今回、秒読み30秒の早指し棋戦では初めての優勝ということで、自分にとっても大変励みになりました。今回の優勝を機に、より一層成長できるように、努めてまいりたいと思います。どうもありがとうございました」

 藤井二冠は研究に使う目的で、高性能のコンピュータを自作することでも知られています。それをまた組んだばかりという藤井二冠。

藤井「今回の賞金で、またいつか、パソコンを組めたらと思っています」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

松本博文の最近の記事