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中国・大湾区におけるコロナ騒動…「これまで」と「これから」(3)[最終回]

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
コロナ禍で世界は大きく変わってしまった(写真:ロイター/アフロ)

[政府の支援策]

鈴木:大湾区でも、多くの問題が生まれているが、正にピンチをチャンスにする試みもされているのですね。では、政府は、どんな支援策等をしているのですか。

加藤:大湾区では、連携協力していますが、各地方政府が、政策及び対策の実行主体です。大湾区は、その各地域政府が、全体の共通利益になるインフラ開発(交通網・ニュータウン建設など)、人・資金移動促進の法制度、企業誘致や税制優遇では、相互協力と競争をしながら、発展してきました。

 大湾区では、地方政府が中心の構成メンバーなので、全体が何かの政策をしているのではなく、広州市、深セン市、香港などの各政府が個別の対策を打ち出しています。特に今回の特殊状況では、各地方政府が、自地域防衛のために個別対策を取らざるを得ない状況が多々あった。このために、地域共同体の中での権限の委譲と集中の問題・課題が明確に浮き彫りになったのです。ここでは、各地域政府の復興支援策を紹介します。

 まず法人税等の各種企業支援です。深セン市政府は、ウィルス騒動が終了後3か月間法人税納付を延長し、各社企業負担分の社会保険費用の納入も減免又は延長等を行いました。

 広州市政府は、各種金融機関に、ウィルス騒動で影響を受けた個人や企業に対して低利子貸出しや昨年度から10%以下の貸出利率であることが望ましいという要請をしています。

大湾区の各地域での様々な市民給付措置では、香港やマカオでは、永住権を持つ市民に対して直接的な現金支給等が行われました。香港は、長年の財政的余力があり、1万香港ドルの現金支給がされました。他方、広東省ではタクシー代の補助等の支援だけです。

 このように、大湾区内の各地域政府は、財源や政府権限が異なり、統一した対策が打てていません。大湾区内の発展は、地域間の協力と競争の相互作用のダイナミズムから生まれてきていましたが、今回このような問題や課題も生まれています。コロナウィルス騒動は、更なる発展のためには、今後地域間の多様性と統一性の間におけるより有効な方策や仕組み作りが必要だという問題を、大湾区および中国政府に投げかけているといえます。

鈴木:それでは次に、このような状況のなか、大湾区のなかで、加藤さんや周囲の方々個々人はどんな生活だったのでしょうか。できるだけ具体的に教えてください。

加藤:私ですが、春節旧正月期間中はシンガポールやベトナムの親族訪問をしており、中国帰還後の日々はまさしくめまぐるしく変わる日々でした。航空便の減少から始まり、春節休暇の急な延長、さらには外出制限など1日単位で行動範囲が狭くなっていくのをひしひしと感じました。

2月の広州市主要繁華街付近(写真:FIND ASIA提供)
2月の広州市主要繁華街付近(写真:FIND ASIA提供)

 仕事柄、広州・深セン・香港を行き来することが多く、ビジネスでの一体化を以前から感じる機会は多かったわけです。しかしながら、今回の騒動を通して、情報発信や災害対策などの行政の面では、大湾区もまだまだ一体化が足りないと実感しました。

 広州や深センの現地人の同僚たちは、人の流れという点で、より敏感に変化を感じ取ったと思います。同僚は広東人スタッフが多く、他市町村にあまり行くことも少なく、域内の交流についてもあまり意識していませんでした。それがこのコロナウィルス騒動で移動規制などが実施され、私たちの会社(FIND ASIA)の業務である人材支援サービスにも大きく影響を受けたことで、企業の経済活動がいかに阻害されるか、またビジネス上の対人交流が実はすでにいかに密であったかなどを、改めて意識し実感したそうです。

 香港の同僚は、生活上の不便を直接感じることはなかったそうですが、インバウンド産業への直接的な打撃や航空便の減便などを通して、香港がいかに他地域との密接に結合していたかということを、改めて認識したそうです。

 現地の日本人コミュニテイにも大きな影響がでています。ウィルス騒動後に多くの方々が、香港というアクセスのしやすさもあり日本に一時帰国しましたが、まだ戻って来れていません。またおそらく4割程度の日本人は大湾区の任地へ戻れていないのではないでしょうか。このために、大湾区内にある関係各社全体が相互に絡み合っているので、支社の責任者の方にとっては、現状回復が至近の緊急課題になっています。

 これまでにお話ししてきたことからもわかりますように、『非常時にこそ人間の真価が問われるように、今回の騒動は、大湾区がその地域の意味合いに改めて向き合うきっかけになった』ということが、現時点での結論になるのではないかと思います。早く騒動が落ち着いてほしいというのが心からの願いです。

いつ戻るのか活気溢れる深セン市の地下鉄の様子(写真:FIND ASIA提供)
いつ戻るのか活気溢れる深セン市の地下鉄の様子(写真:FIND ASIA提供)

鈴木:加藤さん、長時間ありがとうございました。お話を伺って、大湾区では、今回のウィルス騒動の中で多くの問題があり、その対策も様々にとられていることがわかりました。またその状況の中から、大湾区が今後更なる発展していく上で克服していくべき問題・課題が明確になってきていることもわかりました。またそれらを克服していく中で、中国が国内的にどのような発展の方向性をとり、国際的にどんな関係性を構築していくのかも見えてくると感じました。

 その意味からも、隣国日本は、中国の国内外の今後の方向性や可能性を知る上でも非常に重要な地域の大湾区の変化にもっと注目すべきだとも思いました。

(注)大湾区に関する最新の関連情報は、次の拙記事からも入手できます。

「中国の新戦略『大湾区構想』が受けた『新型コロナ』の衝撃(上)」(フォーサイト、2020年5月13日)

「中国の新戦略『大湾区構想』が受けた『新型コロナ』の衝撃(中)」(フォーサイト、2020年5月13日)

「中国の新戦略『大湾区構想』が受けた『新型コロナ』の衝撃(下)」(フォーサイト、2020年5月13日)

【対談者等の紹介】

加藤 勇樹(余樹): 

FIND ASIA華南地区責任者、スタートアップサラダ (Startup Salad)日本市場オーガナイザー。2015年より「FIND ASIA」にて、広州・深セン・香港で人材紹介‐企業へのコンサルタントサービスを展開。17年よりFIND ASIAにて中国・大湾区の動向や、イノベーションアクセラレーター「スタートアップサラダ‐Startup Salad」との協業で活躍中。

加藤勇樹氏 写真:本人提供
加藤勇樹氏 写真:本人提供

FIND ASIA

中国大陸や香港、タイに拠点をもつ会社。グローバル採用支援を行うHR事業や日本で香港・中国の大学生に対し日本文化体験を行い日本・香港・中国の相互理解をサポートする事業を実施。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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