温室効果ガス46%削減に向け、水を浄化し二酸化炭素以上の温室効果をもつメタンガスと亜酸化窒素を減らす
水底のヘドロから発生する温室効果ガス、メタンガス、亜酸化窒素
アメリカが主催する気候変動サミットを前に、菅首相が温室効果ガスの削減目標について、2030年度に2013年度比で46%削減すると表明した。
Yahoo!ニュース「温室効果ガス 30年度に46%削減へ」
かなり高い目標であり、さまざまな知恵を駆使しない限り、クリアするのは難しい。新しい視点も必要だろう。
新しい視点、それが汚れた水だ。
温室効果ガス削減というと、化石燃料の使用量の削減に注目が集まるが、汚れた水をきれいにすることでも、温室効果ガスの削減はできる。
2020年秋、汚れた水をきれいにし、温暖化を防止する「Clean Water Mechanism(クリーンウォーターメカニズム/以下CWMと表記)」が立ち上がった<発起人:安斎聡氏(安斉管鉄株式会社代表取締役)、佐々木弘氏(元大手コンサルティングファーム勤務、日立製作所から日本水フォーラムに出向など>。
このプロジェクトには、松井三郎京都大学名誉教授、沖野外輝夫信州大学名誉教授、山本民次広島大学名誉教授、風間ふたば山梨大学教授ら、数多くの研究者がすでに賛同者として手を挙げている。
では、なぜ汚れた水なのか。
自然のしくみを考えてみよう。
私たちが生活排水など有機物を含む水を出し、自然環境にある水が汚れたとしても、十分な酸素を含む水環境であれば、水中にすむ様々な生物によって分解される。酸素が分解者の活動を活発にするからだ。
しかしながら、十分な酸素がないと、分解者の活動は弱まり、有機物は水底に溜まりヘドロとなる。
ヘドロは、温室効果ガスの1つであるメタンガスと亜酸化窒素の発生源だ。
これらは二酸化炭素以上にやっかいだ。
メタンガスの地球温暖化係数(二酸化炭素を基準に他の温室効果ガスの温暖化能力を示した数字)は二酸化炭素の25倍、亜酸化窒素は298倍ある。
メタンガスと亜酸化窒素が温暖化に与えるインパクトは大きい。だから、ヘドロを減らし、汚れた水をきれいにすることは地球温暖化の防止につながる。
ヘドロを削減する具体的な方法
では、具体的にどのような方法で、水のなかの酸素を増やし、ヘドロを減らすのか。プロジェクトはいくつかの方法を提案している。
①酸素豊富な水を放流する
有機物が多くても十分な酸素があれば好気性菌による分解が可能になる。好気的環境になればメタンガスの発生を抑制でき、温室効果ガス削減に寄与する。そこで水質基準に溶存酸素値を加え、排水に酸素を添加して放出するインセンティブとする。
②下水中継ポンプ場の好気環境化
下水中継ポンプ場は全国に数千箇所あるが、夜間は流れが無くなり、その間に大量の亜酸化窒素、メタン、硫化水素(温暖化ガス未登録)を発生させる。特に硫化水素は管路など施設を腐食させ老朽化させる。そこで、夜間にポンプ場を高密度ナノバブルなどで好気化させることで温暖化ガスの発生を抑えることができる。
③ビオトープを作る
ビオトープは、排水を自然の力で浄化でき、生物多様性の保護にもつながる(ただし、ビオトープが嫌気環境化してしまった場合は、メタンガスが発生する可能性があるので注意が必要)。
④環境浄化・環境再生
近年、極省電力で稼働する高密度ナノバブル発生装置などが普及し始めている。活動の効果が研究され定量的に評価されれば、国や企業のカーボン・オフセット事業として実施・継続する道が開かれる。
⑤水田灌漑水の好気化
前述したとおり、メタンガスの地球温暖化係数は二酸化炭素の25倍ある。その発生源の11パーセントは水田だ。これは嫌気環境で繁殖するメタン生成菌によるもの。最新の研究では土壌中の好気性細菌類の多様性が収穫の質を大きく左右することが解っており、水田の水を好気環境にすることで、メタンガスの発生を大幅に下げるだけでなく、生物多様性の保護もでき、収量の増加も見込める。
ヘドロを減らしたナノバブル発生装置
これらの方法をさまざまな形で実現することにより、温室効果ガスの発生量は減る。
このうち高密度ナノバブル発生装置を活用した「④環境浄化・環境再生」について紹介する。高密度ナノバブルによる環境浄化・環境再生の取り組みは、第46回「環境賞」で「優良賞」を受賞している(受賞名「超微細気泡の高効率発生技術による水質改善」、受賞者:株式会社安斉管鉄)。
八景島、新潟県の瓢湖(ラムサール条約指定)、長野県の諏訪湖、習志野市の公園の池、皇居のお堀などで水質改善の実績をもつ。
2013年、閉鎖性水域の環境を改善した実験・検証が行われた。実験は、株式会社安斉管鉄が制作したナノバブル発生装置を同市にある八景島シーパラダイスに設置して行われ、環境コンサルタントの八千代エンジニヤリング株式会社が検証した。
ナノバブルとは何か。水槽のエアレーション、シャワーヘッドから出る気泡のように直径1~2ミリのものも「バブル」と呼ばれることがあるが、ナノバブルは名前のとおり「ナノサイズ」であり、目には見えない。重要なのは密度で、安斉管鉄の装置から出るナノバブルは、1立方センチ当たり100億個以上存在する。
高密度であるため浮力が小さく水中に長期間留まる。これが水槽のエアレーションなどとは大きく異なる特長だ。だからナノバブル発生装置によって貧酸素水域に酸素を供給すれば、生物群集の働きが活発になり、ヘドロの分解が促進され、青潮や赤潮が抑制される。
実証実験の結果、ナノバブル発生装置を設置したポイントでは、一般的に海底の環境が悪化する夏季においても、水生生物の個体数と種数を維持することができた。貧酸素耐性のないとされる甲殻類の増加も顕著であり、良好な水環境が回復した。
安斉管鉄の安斎氏は実証実験をこう振り返る。
「いかにナノバブルの効果を証明するかに頭を悩ませました。実験ポイントの平均水深は8メートルでした。ヘドロの表面はふわふわしていて溶存酸素量をピンポイントで測定することは難しいですし、測ったとしても潮の流れがあり、溶存酸素量は時々刻々と変化します。そこで考案した方法は、それまで生物のいなかったヘドロに、ナノバブルを送った結果として、底生生物が増えれば、酸素がヘドロ表面まで届いたと考えられるというものでした」
安斎氏は潜水士の資格をとり、湾に潜って観察を続けた。
「ナノバブルを注入開始から1か月くらい経過するとヘドロが少なくなっていくのがわかります。目に見えない微生物の働きでしょう。開始時の底泥は一面茶色ですが、ナノバブルを入れると、あちこちに小さな穴が見えるようになり、次に砂層が表れ、やがてイソギンチャク、ナマコなどが確認できるようになります」
これを定量的に評価する。底泥を1キロ採取し1ミリメッシュのふるいにかけ、底生生物の個体数を計測する。ナノバブルを注入した場所では、底泥中にエビ類、ゴカイなど、約6000の底生生物が確認できた。
底生生物が増えた、すなわち酸素がヘドロ表面まで届いたのである。
一方、ナノバブルを注入していないポイントでは、底生生物はいなかった。
地球の水を豊かにすれば温室効果ガスは削減できる
現在、地球の水環境は酸素の少ない貧酸素の状況にある。酸素を十分に含む水はさまざまな生き物がすめる水であり、人間の活動を通じて水に流した有機物を分解することもできる。
水中の酸素量が減る現象は、さまざまな要因が複雑に絡み合って発生する。生活排水、工業排水、農業排水、水温、川底のヘドロの状況など、原因の究明は容易ではないが、私たちの生活と密接に関係している。
だが、自然にほんの少し手助けすれば、壊れかけた自然界の分解者の力を元に戻すことができる。この活動は、自然環境と生態系をより豊かな状態で次世代に引き継ぐための活動である。水中を酸素豊かにすることで分解者を活性化し、ヘドロを削減する。
それが温室効果ガスの削減につながる。