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永里優季の挑戦。「男子」「女子」という枠を超えて、カテゴライズの先に見据えるもの。

森田泰史スポーツライター
はやぶさイレブンに加入した永里(写真:松尾/アフロスポーツ)

人は、「カテゴライズ」を必要とする生き物なのかも知れない。

永里優季がはやぶさイレブンに加入するーー。そのニュースは、瞬く間に知れ渡った。日本だけではない。FIFAが公式で伝えたように、世界がクラブと彼女の動向に注目していた。

■違和感

女子選手が、男子チームで挑戦する。そのインパクトは大きかった。一方、そこにはある種の違和感が感じられた。「フットボールの話」が、ごっそり抜けていたからだ。

女子が男子の中で通用するはずがない。そんな声は少なくなかった。大半が、実際に永里のプレーも、はやぶさイレブンの試合も、見たことがない人のものだろう。県2部リーグ(神奈川県2部)のレベルさえ知らない人たちのものだ。

そもそも、永里が男子チームでプレーする、という捉え方に無理がある。永里が県4部リーグでプレーするのか、地域1部リーグでプレーするのか、J2でプレーするのか、それはまったく異なる問題だ。

また、その中で「永里はこういうプレーをするべきだ」や「フィジカル差がある中では非常に頭を使う必要がある」といった議論は巻き起こらなかった。女子選手が男子チームでプレーする。それがメディアやファンの好奇心を刺激するであろう事実は否定しない。だが、「その先」を見ている人は皆無に等しかった。

つまり、それは「入口」であるべきなのだ。永里がはやぶさイレブンでプレーする。女子選手が男子チームでプレーする。そこを興味のきっかけに、実際に練習や試合に足を運んでみる。あるいは、先述したような問題設定をしてみる。そうして開けてくる世界がある。「女子が男子の中で通用するか」「歴史的快挙!」で終わってしまうのは、いささか凡庸であった。

それはフットボールの全体レベルに直結する。フットボールを日本の文化に、と言う人は少なくない。ただ、今回のケースのように、初めての事例に対してこの国は不寛容だ。文化であるなら、括(くく)りなど取っ払い、受容するべきだ。もちろん、無条件に受容しろ、とは言っていない。その過程で生じる議論と考え方の変化に、意味と価値が生まれる。だが実際は「凡庸」と形容した通り、史上初の出来事からイノベーティブな発想が出てくることはなかった。それが現状であり、その現実から目を背けることは決してできない。

■永里の言葉

当の本人は冷静だった。

今月1日、はやぶさイレブン対フットワーククラブの試合を取材した。その翌日、永里に話を聞いた。

「できる、と思ったから、移籍を決めたところはあります。プレーをするということだけで言えば、自分の中では、大きな悩みというか、障壁みたいなものはあまりなかったかなと思います。今回の決断に関しては、7月くらいに決めたもので、このタイミングで、というのは自分の中でもありましたが、まったくイメージが湧かない中で入ったにしては、そこまでショックなことはなかった気がしています」

フィジカルベースの差はある。問題は、いかにコンタクトするかだ。永里はボディコンタクトや空中戦の際、相手の力をうまく利用しながら競っているように見えた。

「競り勝つことが目的ではなくて、競った結果、マイボールになるかどうかが重要です。相手選手の方にまともにこぼれないように競ったり、とかですね」

フィジカル差を認め、その上でチームの「繋ぎ役」になる。ドイツ、イングランド、ドイツ、アメリカ、オーストラリアと海外を渡り歩いた中でたどり着いた永里のひとつの考え方だった。

「それはアメリカでプレーしていた時から意識してきて、その延長でプレーしているという感覚です。私のプレースタイルとしても『自分が、自分が』というタイプではありません。フィジカル差があるというのもありますし、また、そこがチームに足りないところでもあるかなという気がしています」

「そうじゃなかったら(海外でプレーしていなかったら)そういう発想にならなかったと思うので、環境的要因は絶対にありましたね。試合中に露骨にフィジカル差が出るシチュエーションというのは、サッカーにおいて、それほど多くないと思います。一方で、技術も大事ですが、それだけではなくて、トータルの能力が必要だと考えています」

今回の永里の挑戦は、あとで生きてくるだろう。これから、そういうことが起こってくる。初めてのケースは、後々参考にされる貴重な例に変化する。

「この結果が見えてくるのは、数年後かもしれません」

「自分より速い相手とプレーしていた方が、考える力は圧倒的に身につくと思います。そこでフィジカル的にかなわない差があるので、考えるようになります。逆に、自分の方が常にフィジカルで優っていれば、考えないでプレーし続けることになります。私はアメリカでプレーしていて、(ヨーロッパにいた時より)さらに速い相手とやることになって感じたところがあって。また先日、元アメリカ代表の選手と話をする機会がありました。その人も少しだけ男子の中でやった経験があると言っていました。それまではフィジカルで優っている中でプレーしていたけれど、そこで初めて考えてプレーをするようになったそうです。それで、サッカー選手としてのレベルが一つ上がったと言っていました。だから、そこは重要なのかなと思います」

「私の場合、海外でプレーしてきたた経験とベースがあるので、(周りの)スピードが少し上がっても対応できるというのがあります。そこのギャップが少ないからです。なので、今回男子のチームに入った時に、相対的なスピードの差というのはそれほど感じなかったのかなと思っています」

■見えてくる結果と提唱

前述した「その先」とは、永里がはやぶさイレブンでプレーした後、の話だ。彼女が神奈川県2部リーグの男子チームでプレーした。その意味は小さくない。これから出てくる選手は、そこを見ることができる。「自分も男子に混ざってできるかも知れない」という想いを抱きながらプレーするのは、とりわけ若年層の選手にとって、大きなプラスになる。

それは海外移籍に似ている。中田英寿がペルージャで、イタリアのセリエAで活躍するまで、我々はどことなく日本人のフットボーラーのポテンシャルを信じ切れていなかった。だが、あの中田の活躍ですべてが変わった。中田を見ながら育った選手たちは「いつか自分も海外に」という想いを抱くことができた。そして、現在、多くの選手が複数国で当然のようにプレーしている。それは決して無関係ではない。

永里を見て、多くの選手が希望をもらったはずだ。「いつか、自分も永里選手のように」という希望だ。また、それは現在進行形で語られていい。「自分のチーム(自分の地域)で男子に負けない、優るプレーをするぞ」という意気込みだ。

若年層の選手が男子に混じってプレーできるようになれば、日本女子サッカーは飛躍的に向上するだろう。その「枠」を取っ払うことを日本サッカー協会に提唱したい。是非とも、育成方針に組み込んで欲しいのだ。それは他国の、最先端をいくヨーロッパのフットボールシーンでも、採り入れられていない方針だ。ゆえに、他国を出し抜くことができる。ただ、誤解してはいけない。誰でもプレーできるわけではない。男子チームでプレーできる女子選手に扉が開かれるべきだという話である。

冒頭の問いに戻る。「カテゴライズ」は決して否定されるものではない。どの組織に属しているか、どのコミュニティにいるか。その意識は個人にアイデンティティーを与えてくれる。ただ、括りを取り払うことで生まれるものは確実にある。競争の活性化や、男子・女子の垣根を超えた相乗効果が期待できる。はやぶさイレブン(クラブ)と厚木(地域)は間違いなく永里の加入で熱を帯びていた。そして、現実的にそこに人とお金が集まってきていた。

永里がはやぶさイレブンでプレーしたことが重要なのではない。これから何が起こるか、どうしていくかが重要なのだ。そのビジョンを描けずに、日本のサッカーを強くしたいなどと、軽々口にするものではない。今回の移籍はひとつのターニングポイントである。我々は問われている。「この先、どうしたいのか」ということをだ。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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