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知られざる数億ションの世界(11)豪華モデルルーム「丸ごとちょうだい」は富裕層流節約術?

櫻井幸雄住宅評論家
都内で分譲された高額マンションのモデルルーム例。室内廊下が豪華すぎる!筆者撮影

 分譲価格が数億円、ときに10億円以上となる高額マンションでは、モデルルームのつくりも豪華だ。金に糸目を付けずに最高級の設備、調度品がそろえられる。特別にそろえられた家具、設備の代金だけで1000万円以上になるのが普通だ。

 間取りも大幅に変更され、基本プランは4LDKなのに、リビングが50畳で寝室が15畳、廊下の幅を2メートルにするなどの変更で超ゆったりの1LDKに変えたりする。

 一般のマンション・モデルルームで基本と大きく異なる間取り、設備にしたら、「実際の暮らしが想像できない」と文句が出るもの。ところが、数億ションの購入者からは不満が出ない。なぜなら、超高額マンションを購入する富裕層は、用意された住戸プランをそのまま受け入れることはまずないからだ。

 必ず間取りも設備も変更する。それも大幅に変更するため、家具を含めた費用で5000万円を超えることもある。だから、基本プランでモデルルームをつくるほうが「現実的ではない」とされてしまう。

 以上の状況があるため、「その気になれば、ここまで大幅な変更も可能です」と、突拍子もないプランを見せるのが数億ションのモデルルームとなる。

 そして、モデルルームで表現した斬新な住まいが気に入られると、「この部屋、丸ごとちょうだい」といわれることがある。特注のソファ、イタリア製のシステムキッチン、天蓋付きベッドなどが、そのまま実際の住戸に採用されるわけだ。

 これは、モデルルームをつくったスタッフにとって、この上ない名誉となる……そういう世界なのである。

モデルルームで使われた豪華設備、家具はどうなる?

 ところで、「丸ごとちょうだい」と言われたとき、モデルルーム内の設備や家具はそのまま新居に運び込まれるのだろうか。私たち庶民は、もったいないから流用すると考えがちだ。

 「丸ごとちょうだい」

 「喜んで!」と、新居に運び込まれるのだろう、と……。

 が、それは行われない。

 日本の住宅は、新築として引き渡すときは、すべてピカピカの新品でそろえるのが習わしになっているからだ。

 数億ションでは、モデルルームで多くの人の目にさらされ、触られた家具や設備を新居に流用することは行われない。たとえ特注した家具でも流用はされず、改めて特注し直すのだ。

 ちなみに、一般のマンションでは、完成した建物内のモデルルーム住戸を家具付きで販売することがある。その場合の家具は現物が提供される。

 「モデルルームとして公開したため、ピカピカの新品とは言いにくい。そのため、モデルルームに置かれていた家具を差し上げます」というわけだ。これは、購入者にとって意外にうれしいサービスとなる。

 「家具付きならば、買う」という購入者が続出したため、売れ残った住戸をすべて家具付きにして売り切った、というマンションもあった。

 以上は一般のマンションの事情。それとは異なり、数億ションではモデルルームで使われた家具、設備機器は流用されない。では、流用されない家具や設備機器はどうなるかというと、他のモデルルームで使われたり、中古で売却、もしくは不動産会社の社員寮などで使われる。

 新居に設置されるのは、あくまでも新品なのである。そのために思いもよらぬクレームが生じることもある。

何が気に入られるのか、分からない

 そのモデルルームでは、白地に模様が入った大理石の石板をリビングの床に使用。それが気に入られ、「丸ごとちょうだい」となった。

 といっても、天然の大理石なので、石板の模様は一つひとつ異なる。なので「実際の仕上がりは、モデルルームとは異なる」ことを承知してもらった。

 にもかかわらず、クレームが生じた。

 それは、「石板を配置するセンスが異なる」というものだった。

 石板の模様が一つひとつ異なることは承知している。それでも、モデルルームの床は「模様の暴れ方」がおもしろく、同じような暴れ方を実際の住戸でも表現するセンスを購入者は求めた。

 しかし、職人は見栄えをよくしようと、模様を極力そろえてしまった。結果、「おもしろみがない!」ということになったわけだ。

 気に入った商品に大金をつぎ込む人は、成果に対する判定も厳しい、とはよく言われること。大金を投じた以上、満足のゆく仕上がりを厳しく求めるわけだ。

 その「成果」をセンスとか、感覚で求められると、満足してもらえるまで苦労することになる。

 結果、床の石板は何度もやり直しをさせられることになり、最終的にモデルルームでの配置を真似たものになった。

「百億ション」ならば、設計変更分もコミコミで……

 数億ションの内装や設備、家具類は極めて高いレベルのものが求められ、その要求は高まる一方だ。

 近年、ロンドンでもニューヨークでも中心地では超高層マンションが次々に建設され、上層階には100億円を超える超高額住戸がつくられるようになっている。

 いわば「百億ション」が登場しているわけで、欧米の超高層マンションはスケールが違う。そして、「百億ション」は家具も含めて、内装を完璧に仕上げて販売される。

 欧米の集合住宅はスケルトン売りが基本。構造部が剥き出しの状態で売られ、内装は購入者が各自で行う。ところが、「百億ション」は内装を仕上げ、設備や家具を完璧に備えた状態で販売される。

 巨大な住戸内をすべて自分で考えるのは大変でしょう、と不動産会社がつくりあげているわけだ。

 富裕層にとっては、そのほうが楽だし、現実的な購入法と考えられている。というのも、富裕層は世界中を飛び回って忙しく、自分で内装を考え、打ち合わせの時間を確保するのが大変であるから。プロの手で最高の室内に仕上げてもらったほうがよいのだ。

 してみると、日本の数億ション購入でモデルルームを「丸ごとちょうだい」というのも、富裕層にとっては時間節約の手段、今風にいえば「タイパ」なのかもしれない。

 スタンダードレベルのお仕着せはいらないが、最上級のオリジナルなら欲しい……数億ションならではの買い方といえそうだ。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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