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幾重もの矛盾を抱えた「地下アイドル」の破壊――姫乃たま10周年記念ライヴレポート

宗像明将音楽評論家
ショルダー・キーボードを木材に叩きつける姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)

姫乃たまはライヴの最後、振りあげたショルダー・キーボードを何度も木材に打ちつけた。その木材とは、ついさっきまでステージのセットであったものの、ゴキブリコンビナートによって破壊され、ただの瓦礫と化したものだ。

さきほどまで舞台セットだった木材(撮影:なかむらしんたろう)
さきほどまで舞台セットだった木材(撮影:なかむらしんたろう)

2019年4月30日。姫乃たまが2009年4月30日にアイドルとしてデビューしてからちょうど10周年の日に、渋谷区文化総合センター大和田さくらホールで開催された「姫乃たま10周年記念公演『パノラマ街道まっしぐら』」は、破壊とともに終演を迎えた。

姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)
姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)

姫乃たまは東京都出身の地下アイドル、だった。2019年4月30日が「地下アイドル最後の日」であると彼女が発表したのは、2018年8月のことだった。

2018年8月18日 パノラマ街道まっしぐら(地下アイドル卒業と記念公演のお知らせ)|姫乃たま|note

姫乃たまは、地下アイドルを辞めるにあたって、いくつかの理由を挙げていた。それはガチ恋ファンや女ヲタヲタ(女性ファンに男性ファンが好意を寄せること)の発生がきっかけではあったが、要はファンコミュニティを精神的に成長させたいという意志の表れだった。

「地下アイドル最後の日」の発表後のある夏の日、新宿ROCK CAFE LOFTで姫乃たまと一緒にイベントを開催すると、楽屋で彼女は「みんなまだ40歳とかで若いし」と語った。なお、当時彼女は25歳である。自分よりはるかに年上のファンたちの人生を心配していることに驚きつつ、私は聞いた。

「でも、そのコミュニティの中心が自分でありつづけるのは歪じゃない?」

「そうなんだよ、私は幾重もの矛盾を抱えた存在なんだよー!」

書き言葉みたいな文章を、そのまま口から発する人だと思った。

実際のところ、姫乃たまの活動は、それ以前からいわゆる「地下アイドル」とは乖離していた。私自身も、彼女が2015年に「僕とジョルジュ」というユニットで活動しはじめてからは、ほぼミュージシャンとして見ていたし、ソロ・アルバム「First Order」が2016年にリリースされた頃には、完全にミュージシャン扱いでインタビューをしたものだ。

姫乃たまが乗り越えた、アイドル活動の葛藤 「やりたくないことをやるのが仕事だと思っていた」 - Real Sound|リアルサウンド

とはいえ、先述のROCK CAFE LOFTでのイベント終了後に、ファンと一緒に酒を飲む姫乃たまの姿に、古き良き地下アイドルの姿を見たのも事実だった。詳細は省くが、2000年代の地下アイドル現場はいろいろと緩かったからだ。そうした時代の地下アイドルの姿を姫乃たまには投影していたが、ファンと良好な関係を常に維持できるとは限らないことに、彼女がまいりはてていることも以前から聞いていた。その先に待っていたのが、「地下アイドル最後の日」の発表だったわけだ。

姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)
姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)

そして、その最後の日は訪れた。現場は、しんみりとすることはいささかもなく、むしろ昂揚していた。そもそも姫乃たまがDJ活動もしているので、彼女のライヴを見るファンもパーティーのような雰囲気だ。

ライヴは、まずはオケを使った「長所はスーパーネガティブ!」で幕を開けた。「悲しくていいね」からは、澤部渡がギター、清水瑶志郎がベース、佐藤優介がキーボード、佐久間裕太がドラム、シマダボーイがパーカッションでバッキングを担当。つまり、かつてのスカートのバンド編成である。オケと生演奏を交互に取りいれた複雑な構成のライヴでもあった。

澤部渡(撮影:なかむらしんたろう)
澤部渡(撮影:なかむらしんたろう)
佐久間裕太、佐藤優介(撮影:なかむらしんたろう)
佐久間裕太、佐藤優介(撮影:なかむらしんたろう)

スペシャルゲストとして長谷川白紙も登場。ともに「いつくしい日々」を披露した後、姫乃たまの「くれあいの花」を長谷川白紙はひとりで演奏した。後者は「First Order」に収録されていたヴァージョンとはかなり手触りが異なる。

そして、姫乃たまがステージに戻っての「ああ人生、迷子丸」からは、ゴキブリコンビナートも登場した。彼らはステージ上に巨大な木の輪を持ちこんで転がし、その中をメンバーが移動する。さらに、ステージでは肉塊のような衣装をまとったメンバーたちが踊るのだ。ふとフェデリコ・フェリーニの「8 1/2」のラスト・シーンを思い浮かべたが、あれは終盤だ。ライヴの中盤に、なにやら悪夢のような光景が始まっている。「たまちゃん!ハーイ」ではゴキブリコンビナートが客席を練り歩いた。

ゴキブリコンビナートが運びこんだ巨大な木の輪(撮影:なかむらしんたろう)
ゴキブリコンビナートが運びこんだ巨大な木の輪(撮影:なかむらしんたろう)
回転する木の輪の中を移動するゴキブリコンビナートのメンバー(撮影:なかむらしんたろう)
回転する木の輪の中を移動するゴキブリコンビナートのメンバー(撮影:なかむらしんたろう)
客席に何かを投げる姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)
客席に何かを投げる姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)

そしてライヴの終盤、コーラスに宮崎奈穂子を迎えてバンド演奏とともに歌われたのが「まだ」だった。原曲は、チャクラの1983年のアルバム「南洋でヨイショ」に収録されていたもの。姫乃たまの最新アルバム「パノラマ街道まっしぐら」では最後を飾っている。私がこの楽曲を知ったのは、2011年に澤部渡がスカートとして下北沢SHELTERに出演して歌っているのを見たときだった。

時がたって 元気になったら

笑いながら

どこかで会おう

胸の中は ぐらぐらゆれてる

私達まだ未完成

出典:姫乃たま「まだ」

ライヴの終盤に姫乃たまは、「まあ、また始めましょう」と言った。未完成だからこそ、終わらせて、また始める。とても明快だ。

ところが、最後の「恋のすゝめ」が終わった後、冒頭のようにゴキブリコンビナートは巨大な木の輪を破壊し、ステージのセットも破壊しはじめた。そして、きわめつけは姫乃たまのショルダー・キーボードによる破壊だ。

ショルダー・キーボードを木材に叩きつける姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)
ショルダー・キーボードを木材に叩きつける姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)

破壊と再生という生やさしいものではない。むしろ破壊と破壊。また「始める」ために、完膚なきまでに壊してしまった。地下アイドルとしての10年の歳月の重みを叩きつけるかのように。その暴力性は、とても姫乃たまらしい地下アイドルの終わらせ方だった。彼女は幾重もの矛盾を抱えた存在なのだから。

姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)
姫乃たま(撮影:なかむらしんたろう)
音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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