きょうから刑事手続で性犯罪被害者の氏名を「秘匿」可能に 制度の内容と問題点
きょうから捜査や裁判などの刑事手続の過程で性犯罪被害者の氏名や住所などの個人情報を被疑者や被告人側に「秘匿」することが可能となる。改正刑事訴訟法の施行に基づく措置だ。
なぜ秘匿制度が導入された?
刑事裁判では、すでに2007年から裁判所の決定により「法廷」で被害者の氏名などを秘匿することが可能となっている。起訴状朗読や証人尋問、被告人質問などの際、被害者のことを「Aさん」などと呼ぶものだ。ただ、これはあくまで傍聴人向けの措置にとどまっていた。
一方、逮捕状や勾留状、起訴状、判決書などの「原本」には被害者の氏名や年齢が記載されているし、被害者宅が犯行場所であれば、その住所まで記されている。被疑者や被告人は、次のような機会に被害者がどこの誰なのかを把握できるわけだ。
・被疑者として逮捕、勾留され、警察官らから逮捕状や勾留状の「原本」を示された際
・起訴されて被告人となり、裁判所から送達された起訴状の「謄本」(原本をそのままコピーしたもの)を受け取った際
・判決後、裁判所に申請して判決書の「謄本」の交付を受けた際
しかし、これがきっかけとなり、証言を翻したり訴えを取り下げたりするように被害者を脅すとか、被害者やその家族らに「お礼参り」をするといった事態も懸念される。2012年の逗子ストーカー殺人事件でも、犯人の男がその1年半前に脅迫の容疑で逮捕された際、逮捕状の記載から被害者の改姓後の氏名や転居先の住所を知り、探し出して殺害に至ったとみられている。
また、被害者からすると、特に見ず知らずの相手から被害を受けた場合、住所どころか氏名すら絶対に知られたくないと思うのが通常だ。これを避けるために被害者が泣き寝入りし、逮捕や起訴に至らず、犯行がエスカレートしていった例もある。そこで、昨年5月の法改正の際、新たに被疑者や被告人を対象とした秘匿制度が導入された。
秘匿されるケースと秘匿の方法
氏名などの個人情報が秘匿され、保護されるのは、性犯罪の被害者が中心だ。ただ、改正法では必ずしもこれに限られていない。
例えば、暴力団による組織的な犯罪など、被害者や目撃者らの個人情報を知られると、彼らやその親族への報復が懸念される場合などには、性犯罪か否か、被害者か否かを問わず、彼らの氏名などが被疑者や被告人に秘匿される。秘匿の具体的な方法は次のとおりだ。
【捜査段階での措置】
・被疑者には被害者の氏名などの記載がない逮捕状や勾留状の「抄本」(原本の一部をマスキングして隠したコピー)を示す
・裁判官が逮捕後の勾留質問手続で被疑者に被疑事実を読み上げる際は、被害者の氏名などを明らかにしない
【公判段階での措置】
・被告人には被害者の氏名などの記載がない起訴状の「抄本」を送達する
・弁護人には起訴状の「謄本」を送達し、証拠書類の「原本」を開示するものの、それらに記載されている被害者の氏名などを被告人に知らせないことを条件とする
・一定の場合には、弁護人にも被害者の氏名などを秘匿する
【判決後の措置】
・被告人には被害者の氏名などが記載されていない裁判書を交付する
懸念される問題点と対策
実務では、弁護人が検察側から開示された証拠のコピーを勾留されている被告人に差し入れ、本人に検討させた上で、弁護方針などを決めることも多い。そこで検察では、性犯罪などの場合、被害者の住所などをマスキングした供述調書の「抄本」を作り、これを開示するといった取り扱いをしてきた。今回の改正は、こうした運用を刑事手続全般で幅広く認めようというものだ。
ただ、特に不起訴を目指したり、裁判で無罪を主張したり、被害者との接点そのものを争ったりするようなケースの場合、どこの誰から訴えられているのか分からなければ、被疑者や被告人としても戦いようがない。
そのため、改正法では、こうした問題点への対策として、防御に実質的な不利益が生じるおそれのある場合には、彼らの請求に基づいて改めて裁判所が判断し、必要に応じて彼らに被害者の氏名などを開示するといった仕組みも設けられている。
被害者や事件関係者のプライバシーの保護と被疑者や被告人の防御権とのバランスを図る観点から、具体的にどのような事件においていかなる場面で秘匿や開示が行われるのか、今後の運用状況を注視していく必要があるだろう。(了)