北朝鮮の超巨大ICBMの実用性について考察
北朝鮮が10月10日のパレードで初公開した新型ICBM(大陸間弾道ミサイル)は22輪のTEL(輸送起立発射機)という、車載移動式ICBMとしては前代未聞の大きさで世界を驚愕させました。一方であまりの巨大さに実用性を疑う声が多く出ています。そこで北朝鮮の新型ICBMの実用性について考察していきます。
まず前提として、液体燃料式の弾道ミサイルの燃料タンクはミサイルが飛翔するために軽く薄い構造になっているので車両搭載時に燃料を充填して移動することはできません。液体燃料式弾道ミサイル用の燃料と酸化剤は大変危険なもので、移動時の振動で穴が開いて漏れだしたら大変なことになってしまいます。そこで移動する際はミサイルの燃料を空の状態にしておき、頑丈な厚いタンクを装備した燃料車が随伴して移動します。固体燃料式弾道ミサイルの場合はこのような作業はできないし必要もありません。
移動時の重量推定:燃料を充填していないミサイルは非常に軽い
- 北朝鮮 火星14号・・・16輪TEL 移動重量55トン前後(液体燃料未充填)
- 北朝鮮 火星15号・・・18輪TEL 移動重量60~65トン(液体燃料未充填)
- 北朝鮮 新型ICBM・・・22輪TEL 移動重量80トン前後(液体燃料未充填)
- ロシア トーポリ、ヤルス・・・16輪TEL 移動重量約100トン(固体燃料)
- 中国 東風41(DF-41)・・・16輪TEL 移動重量約130トン(固体燃料)
※16輪TELを50トン、18輪TELを55トン、22輪TELを70トンと推定。
※液体燃料式弾道ミサイルは燃料未充填で充填時の1割以下の重量と推定。
※TELおよび北朝鮮ミサイルの重量推定は正確なものではないので注意。
実は弾道ミサイルの重量は殆どが燃料の重量になります。北朝鮮のICBMは移動時はミサイルに液体燃料を充填しないため、ロシアや中国の固体燃料式ICBMよりも移動時の重量が大幅に軽いことが分かります。巨大な22輪新型ICBMですら燃料抜きならばミサイルは10トン以下なので、車両を含めた移動重量はトーポリよりも軽い80トン前後となり、重すぎるということもないでしょう。北朝鮮の貧弱な道路事情でこんな大きな車両が満足に動かせるのかという問題は依然として残りますが、重量面で見るとむしろ機動能力はトーポリやDF-41を上回ります。
つまり北朝鮮のICBM用TELはミサイルの重量に合わせて大型化したのではなく、ミサイルの全長に合わせて大型化したと考えられます。
移動時の重量推定その2:燃料を充填した状態
- 北朝鮮 火星14号・・・16輪TEL 移動重量100トン前後(液体燃料充填)
- 北朝鮮 火星15号・・・18輪TEL 移動重量120~130トン(液体燃料充填)
- 北朝鮮 新型ICBM・・・22輪TEL 移動重量170トン前後(液体燃料充填)
- ロシア トーポリ、ヤルス・・・16輪TEL 移動重量約100トン(固体燃料)
- 中国 東風41(DF-41)・・・16輪TEL 移動重量約130トン(固体燃料)
なお仮に北朝鮮のICBMが燃料を充填した状態で移動できる新しい技術を開発していた場合は、上記のような移動重量の推定値になります。
燃料充填時間の見積もり:1時間前後
意外なことに北朝鮮の巨大ICBMは燃料を充填していない場合は機動能力が低くないことが判明しました。しかし車載移動式の液体燃料式弾道ミサイルで発射直前に燃料を充填する場合には、巨大な分だけ充填時間が長く掛かってしまう弱点が生じます。そこで比較用に参考となるのは古いソ連の液体燃料式ICBM「R-16」です。R-16は初期のICBMで発射方式が古く、格納庫からトレーラーに載せた状態でミサイルを引っ張り出して近くの地上発射パッドに垂直に立てる半移動式(半固定式)といった方法です。この際に燃料車で液体燃料を充填しますが、充填完了時間は1時間半とされています。なおこの発射方式は敵の攻撃に対し脆弱なために地下サイロ固定式に移行しますが、完全固定式のこちらではより強力な燃料ポンプを設置できるので充填完了時間は約30分です。また一度燃料を充填すると最大30日間の待機状態に置けます。
R-16は全長34m、直径3m、総重量140トン、液体燃料式で燃料重量130トンです。北朝鮮の22輪新型ICBMはこれより小さく、推定で全長26m、直径2.6m、総重量100トン、燃料重量90トン以上になるでしょう。重量は推定が難しいので確定的なことは言えないのですが、R-16より燃料重量が軽いことは言えます。つまり北朝鮮の新型ICBMにR-16用と同等以上の性能のポンプ能力を持つ燃料車を用意できれば、1時間半よりも早く燃料充填は完了するでしょう。発射準備は1~2時間で完了する可能性があります。
液体燃料式短距離弾道ミサイルのスカッドでは早ければ30分で発射準備が完了するのに比べると長い時間が掛かりますが、致命的なほど遅いというわけでもありません。一部では北朝鮮の新型ICBMは大き過ぎるので発射準備に半日以上掛かるという推定もありますが、それは甘い見積もりなのでしょう。衛星打ち上げロケットならば半日以上の準備時間が掛かるかもしれませんが、しかしこれはやはり弾道ミサイルなのです。侮るべきではありません。
※R-16大陸間弾道ミサイル参考資料
- R-16 (SS-7 Saddler) | Soviet Armed Forces 1945-1991
- Soviet ICBM Silos | GlobalSecurity
- R-16 / SS-7 SADDLER | FAS
- РАКЕТНЫЕ КОМПЛЕКСЫ Р-16 И Р-16У | Южное
追記:考察の追加(最終更新2022年5月16日)
北朝鮮が2021年9月28日に発射した「火星8」および2022年1月5日に発射した「極超音速ミサイル」で、発射だけでなく「液体燃料のアンプル化」という技術が検証されたと発表されています。
この技術はおそらくですがミサイルを立てた状態で燃料を充填して待機し続けるだけではなく、ミサイルを寝かせた状態で燃料を充填して待機させることが可能なのかもしれません。
ただし巨大なICBMに燃料を充填した状態で悪路を走行するのは非現実的なようにも思えます。ですが舗装路を少し移動するだけなら可能だろうと考えられます。
- 悪路を含む長距離を移動する場合は燃料を充填しない。
- 格納庫でミサイルを寝かせたまま燃料を充填して待機し、発射前に少しだけ舗装路を移動して発射地点に展開する。
超巨大ICBM(現在は火星17と名称が判明)の運用についてはこのような可能性が考えられます。ただし北朝鮮側から公式な説明があるわけではないので、あくまで推測になります。