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関西・関東でつゆの色はなぜ違うのか?

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
江戸のもりそばの辛じるは絶品だ(筆者撮影)

 ずいぶん昔の話だが、東京に30年以上いる奈良県出身のグルメな先輩がいて、その方がいつも話していたのがそばつゆの話だった。仕事で上京して初めて食べた「かけそば」のことが忘れられないという。「つゆが真っ黒でこんな墨汁のようなつゆを東京の人は飲んでいるのか。どんぶりの底が見えない」と唖然としたという。そもそも関西人は「そば」をあまり食べない。関西で麺といえば「そば」ではなく「うどん」である。「関西のきつねうどんが食べたい。あの透き通った黄金色のつゆが恋しい」というわけである。

 しかし、なぜ関西ではつゆは薄く、関東では濃いのだろうか。今回はこの基本的なテーマを取り上げてみたいと思う。

醤油の色は赤褐色の「むらさき」

 そもそも醤油のあの濃い色の正体は何だろうか。醤油の色はじつは糖分とアミノ酸の製造工程の加熱処理などによってアミノカルボニル反応(メイラード反応)が起こり生成される「メラノイジン」。これが赤褐色を呈することで独特の醤油色「むらさき」を作る。

 これとは別に醤油は酸化するとさらに色が黒くなっていくが、醤油本来の色はこの酸化による黒色化ではなく、もともとの色というわけである。

醤油のむらさき色は魅惑的だ
醤油のむらさき色は魅惑的だ写真:イメージマート

多様性のある日本各地の麺・出汁・醤油・つゆの色・味

 日本各地でよく食べられる麺とその出汁、使用する醤油、それによる色や味をおおまかに下表にまとめてみた。日本は地域によって、海流、温度、湿度などが大きく変化し、出汁の材料も異なる。地域に応じて使用する醤油も変わってくる。

日本各地域の麺食、出汁、醤油、つゆの色・味の違い(筆者作成)注)色・塩味・甘味については同一地域においても相違があり一概には言えない店もあります。
日本各地域の麺食、出汁、醤油、つゆの色・味の違い(筆者作成)注)色・塩味・甘味については同一地域においても相違があり一概には言えない店もあります。

地域の出汁・醤油などによってつゆの色や味が決まる

・関東以北(信州を含む)では「そば」の出汁は鰹節、鯖節が中心。千葉県の野田市や銚子市などで醸造された濃口醤油で返しを作る。

関東のそばは濃いめのつゆが印象的
関東のそばは濃いめのつゆが印象的写真:イメージマート

・関西(大阪)では「うどん」の出汁は昆布、鰹節、いりこなどを使うことが多い。使用する地元の醤油は薄口醤油が人気で、色は薄くきれいな黄金色である。関西のそば屋でも薄口醤油で返しを作ることが多く関東のそばつゆより色は薄くあっさりしている。

透き通ったつゆが定番の関西うどん
透き通ったつゆが定番の関西うどん写真:イメージマート

・名古屋では「きしめん・うどん」の出汁はむろあじ節、鯖節、宗田鰹節などを使う。使用する醤油は甘めの強いたまり醤油を使い、関西より濃いめ、関東より薄めという関西と関東の中間的な色調である。碧南市で作られる白醤油を好む人も多く、「天ぷらきしめん」や「志の田うどん」などで使用される。

きしめんは意外としっかり味のあるつゆで食べる
きしめんは意外としっかり味のあるつゆで食べる写真:イメージマート

・讃岐(香川)ではもちろん「うどん」の出汁はいりこ、昆布などを使う。使用する醤油は薄口醤油。ぶっかけなどには鎌田醤油のようなやや濃いものを使う。また「かけうどん」では塩で味を調整する。いりこは九州では長崎県、中国地方では香川県を中心に瀬戸内海、島根県などで収獲される。

冷たい讃岐うどんはうまい
冷たい讃岐うどんはうまい写真:イメージマート

・島根(出雲など)では「そば」はあご節、いりこ、鯖節などを使う。使用する醤油は濃口醤油で甘みがあり、色は関東に近い濃いめの「むらさき」である。

・九州(博多)では「うどん」の出汁はあご節、煮干し、鯖節、昆布などを使う。使用する醤油は薄口醤油で甘みが強く、色は薄めである。

・あご(とびうお)の主な産地は長崎県、鹿児島県、そして島根県、新潟県佐渡地方などの日本海側、三重県あたり。あご節から出汁をとる。味は旨味が強く高級感があるため、割烹やおでん屋の出汁として使うことが多い。産地では「そば」や「うどん」のつゆにうまく利用するところもある。福岡県糟屋郡久山町にある久原醤油ではあごだし醤油に力を入れている。東京の人気うどん店でもあごだしを隠し味に使っているところもある。「五島うどん」はあごだしを使う。

とびうおの煮干しあご節は風味がよい
とびうおの煮干しあご節は風味がよい写真:イメージマート

 こうしてみてみると、単につゆが濃い・薄いという話ではなく、地域の出汁・醤油などによってつゆの色や味が決まっていることがわかる。

薄口醤油は関西つゆを引立てる
薄口醤油は関西つゆを引立てる写真:イメージマート

「下りもの」だった醤油は長期間寝かせることで濃口になった

 醤油の醸造は室町時代後期から近畿地方を中心に盛んとなった。堺、湯浅、龍野などがその産地。その技術が江戸に下り、銚子などで醤油の製造が始まり「濃口醤油」が誕生した。

 関西は関東に比べ気温が高いため、醤油がいたまないように塩分をやや強めにして短期間で醸造する。その結果、色の薄い「薄口醤油」ができる。塩分量は18%。関西ではこれが主流となっていった。

 一方、関東では気温が低いため、塩分のやや少ない状態でも醸成できるため、長期間醸造する。その結果、色の濃い醤油が完成した。江戸時代中期には江戸でも濃口醤油が人気を博しさらに長期間醸造するため色がますます濃くなっていったという。塩分量は16%とやや低め。

 そんな背景からそばつゆも濃い色になっていった。また、醤油の濃い赤褐色は「むらさき」と言われ、高貴な色として好まれたという背景もある。参考までに主な関東の醤油メーカーの創業年を記載しておく。

ヒゲタ醤油:元和2(1616)年銚子で醸造開始

ヤマサ醤油:正保2(1645)年銚子で醸造開始

キッコーマン:寛文元(1661)年、野田で醤油醸造開始

麺・出汁・醤油の相性とバランスで組み合わせが決まる

 さらに麺・出汁・醤油の相性とバランスで組み合わせが決まるといってもよい。例えば「大阪うどん」を例にしてみよう。昆布を中心にした繊細な出汁に濃口醤油は合わない。旨味を消してしまうからである。繊細な出汁を活かすには地元の薄口醤油を使う。柔らかい「うどん」がつゆをまとい吸収することで旨味が広がっていく。

 「江戸そば」では鰹節・鯖節などのしっかりした出汁に濃口醤油を合わせることで、つゆのバランスを落ち着かせる。そしてシャキっとした「江戸そば」の味を引き出すことができる。薄口醤油では出汁が勝ってしまいバランスが悪くなる。

佃煮もはじめは塩煮で色が薄かった

 蛇足だが、佃煮も初めは色が薄かったという。慶長8(1603)年、徳川家康が江戸幕府を開いた時、大阪の佃村の漁民33人を江戸に呼び、今の「佃島」に居住地を与えた。初めの頃は、大阪と同じ製法で作っており色の薄い塩煮であった。それを銚子の醤油を使うことで「むらさき」がグーンと濃くなって今の佃煮が誕生したという。

佃煮はこの色がいまや定番
佃煮はこの色がいまや定番写真:イメージマート

つゆの色が濃いから塩分が強いというわけではない

 冒頭に書いた黒いそばつゆに驚愕した先輩も、関東のつゆの色が濃いから塩分がすごい強いということはなく、関西のつゆとあまり変わらないと分かってからは「そば」が無類の好物になって食べ歩いている。しかし、「うどん」だけはだめだそうで、未だに「あの透き通ったつゆ以外は受け付けない」そうだ。

 また最近東京では、鰹節の出汁に薄口醤油や白醤油を合わせたあっさりした冷たいつゆを使った「冷やがけそば」なども登場している。まだまだ「そば・うどん」の東西の垣根を超えた新しい食べ方が考案されていくと考えられる。

参考文献

しょうゆ情報センター https://www.soysauce.or.jp/

「野田の醤油史」著者:市山盛雄、崙書房

天安つくだ煮HP http://www.tenyasu.jp/

「うまい!大衆そばの本」著者:坂崎仁紀、スタンダーズ出版

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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