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すごく古いそば屋はどこか?

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
安政6 (1859) 年に開業の「蓮玉庵」台東区上野(筆者撮影)

 現存する立ち食いそば屋の歴史と閉店した立ち食いそば屋の歴史を調査してきたが、それではそば屋全体としてどんな歴史があるのか。そこで10年近くかけて調べてみたので紹介する。調査したそば屋は約600軒。直接質問できず、かつホームぺージに創業年の表記がない店は含まれていない。創業年などは大雑把な数字だとご認識下さい。

古いそば屋リスト

 驚くべきことは江戸時代までに開業し今も営業している店が44軒もあったことである。和菓子屋、うどん屋、うなぎ屋と並びそば屋は産業としての発達が相当早かった。ご当地そばのルーツ店はほとんどがこの江戸時代までの草創期に誕生している。

寛正6 (1465) 年「本家尾張屋」京都市中京区が開業

慶長2 (1597) 年「大畠家」岩手県花巻市が開業

元和(1615-1624)年間「稲荷蕎麦萬盛」文京区春日が開業

元和4 (1618) 年「橋本屋本店」岩手県盛岡市が開業

寛永1 (1624) 年「寿命そば越前屋」長野県木曽郡

寛永7 (1630) 年「奥村本店」山梨県甲府市が開業

元禄8(1695)年「ちく満」大阪府堺市が開業

元禄15(1702)年「かどの大丸」長野県長野市が善光寺近くに開業 

宝永1 (1704) 年「長寿庵」京橋五郎兵衛町(長寿庵の創始店)が開業

宝永3 (1706) 年「元祖出石皿そば 南枝」兵庫県豊岡市が開業

正徳2(1712) 年「粉名屋小太郎」山形県米沢市が開業

享保1 (1716) 年「くるまや本店」長野県木曽郡が開業、「河内庵」静岡県静岡市が開業、「手打蕎麦鶴㐂」滋賀県大津市が開業

宝暦14 (1764) 年「角弥」新潟県長岡市がこの頃開業

天明1 (1781) 年天明年間に「荒木屋」島根県出雲市が開業

天明2 (1782) 年「小堀屋本店」千葉県香取市佐原が開業

天明5 (1785) 年「藤駒本店」福島県白河市がこの頃開業

寛政1 (1789) 年「更科」麻布永坂町が創業

文化14 (1817) 年頃 「吉田屋」福島県白河市が開業

文政1 (1818) 年「元祖弥助そばや」秋田県羽後町西馬音内本町が開業

文政8 (1825) 年「小西屋」千葉県流山市が開業

文政10 (1827)年「藤木庵」長野県長野市が長野善光寺門前に開業

天保1 (1830) 年 天保年間に「布袋家」新橋が開業、「六代目清兵衛」埼玉県志木市がこの頃開業、「すかや」群馬県高崎市が開業、「巴屋本店」麹町(現東村山)が開業、「松竹庵ます川」千代田区神田淡路町が開業

天保3 (1832) 年「蔦屋」文京区団子坂(閉店)が開業(藪蕎麦のルーツ店)

天保6 (1835) 年この頃「高尾山髙橋家」が開業

天保7 (1836) 年「例幣使そば荒川屋」栃木県足利市が開業

天保8 (1837)年「三井屋」福井県福井市が開業

安政1 (1854) 年「江戸蕎麦手打處あさだ」台東区浅草橋が開業、安政年間に「能登治」港区新橋が開業

安政3 (1856) 年「吉田屋」品川区東大井が鮫洲にて開業

安政6 (1859) 年「蓮玉庵」台東区上野が開業

安政7 (1860) 年「尾張屋本店」台東区浅草が開業

文久1 (1861) 年京都四条大橋南座隣にある「松葉」京都市東山区が開業、「元祖嶋田家」調布市深大寺が開業、「三味洪庵 本店」京都市東山区が開業、「水車生そば」山形県天童市が開業、「うるしや」福井県越前市が開業

慶応1 (1865) 年「そば処庄司屋」山形県山形市がこの頃開業、「小松屋」群馬県吾妻郡中之条町が開業

慶応2 (1866) 年「安田屋本店」静岡県静岡市が開業

慶応3 (1867) 年「肥後名代手打 生蕎麦 井上」熊本県熊本市が開業

京都のそば屋

 京都は古くからそばと関連が深い街だ。京都市中京区にある「本家尾張屋」は寛正6(1465)年創業で最古のそば屋といわれているが、初めはそば菓子の販売を行い、そばの提供は元禄15(1702)年からとされている。また「松葉」京都四条大橋南座隣は文久1 (1861) 年に芝居茶屋として開業している。

東北のそば屋

 そうなると慶長2 (1597) 年開業の「大畠家」岩手県花巻市が日本最古となるのかもしれない。元和4 (1618) 年開業の「橋本屋本店」岩手県盛岡市もあり、東北地方で古参のそば屋が多いというのは注目すべきことである。正徳2(1712) 年に「粉名屋小太郎」山形県米沢市が開業。天明5 (1785) 年には「藤駒本店」福島県白河市がこの頃開業している。文政1 (1818) 年には「元祖弥助そばや」秋田県羽後町西馬音内本町が開業。また、文化14 (1817) 年頃に「吉田屋」福島県白河市が開業している。

 また鳥そばが有名な「水車生そば」山形県天童市は文久1 (1861) 年開業。「そば処庄司屋」山形県山形市は慶応1 (1865) 年頃開業した。

信州・甲州のそば屋

 長野県木曽郡上松町にある「寿命そば 越前屋」は寛永元(1624)年創業。「奥村本店」山梨県甲府市が寛永7 (1630) 年、善光寺近くにある「かどの大丸」長野県長野市は元禄15(1702)年、「くるまや本店」長野県木曽郡は享保1 (1716) 年、「藤木庵」長野県長野市は長野善光寺門前に文政10 (1827)年に開業した。信州や甲州のそば屋もかなり古い。

北陸のそば屋

 宝暦14 (1764) 年、「角弥」新潟県長岡市がこの頃開業。福井県では天保8 (1837)年に「三井屋」福井県福井市、文久1 (1861) 年に「うるしや」福井県越前市が開業している。福井県はまだたくさんあると思う。調査中である。

大阪のそば屋

 大阪府堺市の「ちく満」は元禄8(1695)年創業である。大阪には後の「砂場」のルーツとなる「津国屋」、「和泉屋」があった。大阪城築城のための砂置き場の近くにあったことから、「砂場」という愛称で呼ばれるようになったとか。「津国屋」は天正12(1584)年の創業だとする説もあるがその真偽は不明である。「和泉屋」についても1730年には営業していたことは判明しているが創業年は不明。

東海のそば屋

 享保1 (1716) 年に「河内庵」静岡県静岡市が開業。慶応2 (1866) 年に「安田屋本店」静岡県静岡市が創業している。静岡県内に多いのは東海道が発達していたからだろうか。名古屋もうどんやきしめんが前面にでてきてそばの実態を知るのが難しいエリアである。

江戸のそば屋

 江戸で最も古いというと、元和(1615-1624)年間創業の「稲荷蕎麦萬盛」文京区春日のようだ。

 また宝永1 (1704) 年に「長寿庵」の創始店である「長寿庵」京橋五郎兵衛町が開業した。寛政1 (1789) 年に「更科」麻布永坂町(現更科堀井の元店)、天保1 (1830) 年に「松竹庵ます川」千代田区神田淡路町が開業。藪蕎麦のルーツとされる「蔦屋」文京区団子坂は天保3 (1832) 年の創業であった。天保年間に「布袋家」港区新橋、安政3 (1856) 年に「吉田屋」品川区東大井が鮫洲で開業。安政6 (1859) 年には「蓮玉庵」台東区上野が開業した。安政7 (1860) 年に「尾張屋本店」台東区浅草、また安政年間に「能登治」港区新橋が開業した。

元和(1615-1624)年間開業の「稲荷蕎麦萬盛」文京区春日(筆者撮影)
元和(1615-1624)年間開業の「稲荷蕎麦萬盛」文京区春日(筆者撮影)

関東(江戸を除く)のそば屋

 昆布の粉をつなぎに使った黒いそばが人気の「小堀屋本店」千葉県香取市佐原は天明2 (1782) 年開業と古い。もりのよいそばで有名な「小西屋」千葉県流山市は文政8 (1825) 年、「例幣使そば荒川屋」栃木県足利市は天保7 (1836) 年の開業である。また2024年1月に立ち食いの本店が廃業した群馬県高崎市の「すかや」は天保1 (1830) 年に開業した。

その他の地域のそば屋

 ご当地そばで有名な出石そばとしては、「元祖出石皿そば 南枝」兵庫県豊岡市が宝永3 (1706) 年に開業。出雲そばでは天明年間(1781-1789)に「荒木屋」島根県出雲市が開業。九州では「肥後名代手打 生蕎麦 井上」熊本県熊本市が慶応3 (1867) 年に開業している。熊本に古いそば屋があるというのも面白い。

明治以降は街そばが大量出店していく

 江戸時代までに創業したそば屋は他にも創業年が不明な店なども多く調査すればもっと発見できることは間違いない。明治時代になると、そば屋はさらに発展し、街そばが都市部を中心に増加し、その後、のれん会やチェーン店へと発展していった。

 今回の調査の中でもっとも興味深かったのは、群馬県高崎市のローカルチェーンとして発達した「すかや」である。最大店舗数は28店舗だったことや東京にも支店があったことを知ることができた。日本ののれん会・チェーン店の先駆け的存在であった。「すかや本店」の閉店は本当に残念である。

参考文献

高崎の商業発達史(高崎経済大学)

岩崎信也「蕎麦屋の系図」光文社新書、2003年

植原路郎『そば物語』井上書房、1961年

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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