英最高裁判決は「間違っている!」反省の色なしの英首相に批判大噴出 それでも総選挙には勝つ!?
7月24日、英国の新首相に就任したボリス・ジョンソン氏には、強気のマッチョ発言が多い。
「『もしも』も、『でも』もない。10月31日までに必ず、英国は欧州連合(EU)から離脱するぞ」。就任時、こう宣言した。
離脱後のEUとの関係をどうするかについては、現在交渉中だが、もし交渉決裂となり、「合意なき離脱」になっても辞さないという強硬離脱派である。
ジョンソン首相は「断固として、この日までに離脱する」と繰り返し、「延期するぐらいなら、溝でのたれ死んだ方がましだ」とも、発言している(9月6日)。
力強い決心を示す発言として、好意的に受け取る人もいるだろう。実際、与党・保守党の支持率は最大野党・労働党よりも10ポイントほど高い。離脱派の政治家や国民にとっては、「希望の星」でさえあるだろう。
「マッチョ発言」の一例として、女性蔑視的ととられかねない表現が筆者には気になる。例えば、4日、労働党のコービン党首を「ひ弱で男らしさに欠ける」という意味で、「you great big girl's blouse(このすごく大きい女の子のブラウスめ)」と呼んだ。一つの表現ではあるとしても、2019年に、こうした言葉を公の場で相手を貶めるために使っても平気な人物が、一国の首相なのである。
ここにきて、その強圧的政治が大きな批判を浴びるようになった。
きっかけは、8月末に発表された、9月上旬から10月中旬までの約5週間にわたる、議会の長期閉会だ。首相の助言によって、エリザベス女王が閉会を決定した。
毎年、秋には政党の党大会があるので短期の休会は慣例だが、これほど長いのは珍しい。「議論を封殺する」として、大きな批判を浴びた(【ブレグジット】ジョンソン英政権、10月半ばまで議会閉会 「合意なき離脱」ごり押しのためのウルトラC)。
ところが、最高裁が24日、この閉会は「違法」と結論付けてしまった。首相は、面目丸つぶれとなった(英最高裁、驚愕の判断で「議会閉会は違法」と結論付ける 窮地に陥ったジョンソン首相)。
閉会が無効化されたので、翌日、議会が再開された。
筆者は、この日の議論をテレビで追っていたが、議論を封殺されたと感じる野党議員らと政府側との極端な言葉の応酬となった。しまいには、EU離脱か残留かを問う国民投票(2016年)のキャンペーン中に離脱派男性に刺殺された、残留派議員(女性)までもが引用され、極度に感情的なやり取りが発生した。
英議会では、もはや落ち着いた議論はできなくなったのか。
「議会は死に体だ」
エリザベス女王が議会閉会を決定したのは、政府の助言による。最高裁が「今回の閉会は違法」としたので、これを合法とした政府の助言が間違っていたのではないか。
野党議員らがまず問題にしたのは、この点だった。
そこで議員の質問に答えるために立ち上がったのが、政府に法的助言を行う役目をもつコックス法務長官だ。
長官は、「政府は最高裁の判断を尊重する」、と述べながらも、辞任コールに対しては、これまでの司法界の経歴の中で「敗訴するたびに辞任していたら、持たなかった」と冗談めいて言いながら、これを退けた。
下院の議場では、政府側が一方に座り、野党側が対面する形で反対側に座っている。通常は、相手を論破する議論を行いながら、法案の採決につなげていく過程をたどる。
「敵と味方」という形での議論になる中、コックス長官は、舞台劇の俳優を思わせる朗々とした声で、野党議員らへの不満を次第に強い表現で述べていく。「下院議員の大部分が離脱を阻止しようとしている」、「この議会は死に体だ。みっともない」、「もはや議席に座る道義的権利がない」などと批判した。
「議会は死に体」と言われ、議場内の熱気はエスカレートするばかりとなった。
ジョンソン首相、「最高裁の判断は間違っている」
最高裁の「閉会は違法」という判断に、ジョンソン首相はどんな反応をするのか。
驚いたことに、首相は最高裁の判断は「尊重する」が、「間違っている」と述べた。「大きな国家的な議論が起きているときに、政治問題について最高裁が判断を示すのは間違っている」、と。
最高裁は国の最上部の司法判断を示す場であり、控訴はない。「尊重」するとは、その判断を受け入れることであるはずだ。それ以外では、一体どんな意味があるのだろうか。
多くの議員が、今では「違法」とされた議会閉会について、首相から何らかの反省の弁が出るかと思ったのだが。
野党議員らから一斉に批判が噴出し、コービン労働党党首は辞任を求めた。
スコットランド国民党のイアン・ブラックフォード議員は「この首相は信頼できない」、「嘘をつき、だまし、法の支配を弱体化させた」。バーコウ議長が「嘘をつく」という発言を撤回するよう、ブラックフォード議員に求めた。議員は、「正しいことを実行しなさい。この独裁を終了し、辞任してください」、と首相に呼びかけた。
スウィンソン自由民主党党首は、閉会が違法となったことについて、首相に謝罪を求めた。「私の5歳の子供でも、悪いことをしたら、謝りますよ」。
扇動的言葉の使用抑制に対し、「たわ言」と首相
次第に表現がエスカレートする中、労働党のポーラ・シェリフ議員が首相に対し、「扇動的な言葉の使用を止めてください」と懇願した。議員が発言中に指したのは、2016年、EU離脱か残留かを決める国民投票のキャンペーン中に離脱派の男性に刺殺された、ジョー・コックス労働党議員の紋章(2017年に議場の壁の一部に設置)だった。男性は「英国ファースト」と叫んで、犯行に及んだ。
シェリフ議員は、毎日、殺人の脅しを受け、現在では警察の警備なしには帰宅できないほどになっているという。
脅す側が頻繁に使うのが、首相が口にする扇動的な言葉だ。例えば、首相は「離脱延期法」(10月19日までに下院で離脱案についての合意が得られなければ、首相がEUに離脱時期の延期を求めることを義務化する)をEUに対する「屈服」と呼び、残留支持議員の反対によって離脱がまだ実現していないことを「裏切り」、残留支持議員を「反逆者」という。「私はもう、いやでいやでしょうがない。言葉をもっと穏やかなものにしましょう。まず首相からそうしてください。恥を知るべきです」。
必死の願いに、ジョンソン首相はこう答えた。「これまでの生涯で、これほどのたわ言を聞いたことがない」。
真剣な訴えを軽く一蹴してしまった首相。野党側から非難の声が上がる。ジェス・フィリップス労働党議員は、「覚えていますか(コックス議員の殺害を)?私は毎日、思い出していますよ」と叫んだ。首相が先の延期法を再度「屈服の法律だ」と表現すると、フィリップス議員は議場を去った。
首相は「コックス議員に対する最善の追悼は、離脱を実現することだ」と述べて、さらに野党議員らの怒りを買った。
コックス議員の夫ブレンダン・コックスさんは、ツイートで、「妻の名前がこんな形で使われることに、気分が悪くなった」と書いた。
政府側、野党側共に感情的な表現が飛び交ったが、最高裁判断を「間違い」と見なし、シェリフ議員の願いを「たわ言」と切り捨てたジョンソン首相には、「強圧的な政治家」というイメージがさらに強まったように筆者は感じた。
前任のメイ首相は、離脱協定について先にEUと基本合意し、これを下院に認めさせようと苦心した。ほとんど同じ法案を3回も採決にかけ、3回とも否決された。4回目の採決に向かおうとしたところで、党内の圧力で辞任を余儀なくされた。
その後を継いだジョンソン首相は、どんな手段を使っても離脱を実現させようと必死だ。筆者は関連の記事の中で、首相の手法を「ごり押し」と表現してきた。力づくで自分が望む方向に物事を進めようとするからだ。
このようなやり方でしか、離脱は実現できないのだろうか。だとしたら、情けない状況である。
先の「大きなブラウス」発言も含め、「男性・白人・ある程度の高齢者」層には、ジョンソン流が受けるのだろう。
このところ、日を追うごとにトランプ米大統領とジョンソン首相が似てきているように思えてならない。
「ファシスト」と呼ばれた、フィリップス議員
26日、フィリップス労働党議員は英フィナンシャル・タイムズ紙に対し、彼女の事務所に男が侵入しようとして逮捕されたと述べた。男は議員を「ファシスト」と呼び、窓を割り、ドアにけりを入れたという。
「ジョンソン首相の言動と直接関係しているとは言えない。でも、事務所の電話は線を外してしまった。私を『裏切者』、『女性器』と電話口で叫ぶ人からの電話が次から次へとかかって来て、そうせざるを得なかった」。英語で「女性器」と言えば、最高度の侮辱的な言葉の1つだ。
首相は「国民対議会(国民の敵は議会)」という戦略を実践している、とフィリップス議員は指摘する。その結果、「私は支援を必要としている人々に会うことができなくなった。事務所を閉鎖し、電話も切っているから」。
それでも、選挙には勝つ?
「ジョンソン、憎し」感が充満した25日の下院だったが、議論が始まる前に、ガーディアン紙のコラムニスト、サイモン・ジェンキンズ氏が今後の政局について書いている(9月25日付)。
ジェンキンズ氏によると、ジョンソン氏が「いかに傲慢であろうと、違法行為を働いていようと」、ジョンソン氏に結果的に良い方向に物事が進むという。
それは、まず「彼に代わる首相候補が見つからない」からだ。通常であれば、政権交代となれば、最大野党(公式野党)の党首が首相になるが、コービン党首を次期首相として推す声はまだ十分ではない。スウィンソン自民党党首はコービン氏を支持していない。保守党内でも、「選挙に勝てる」と見られているジョンソン氏が7月に圧倒的な票数を獲得して党首になったばかり。
離脱期限が延長になれば、いつかは総選挙があるだろうし、ジョンソン氏は「死んでも離脱を実現させる」と言って選挙戦を展開し、自分の手足を止めるすべてのものが悪いと主張できる。
先のメイ前首相による離脱協定を少し変えて、合意をまとめるなどほかの例を考えあわせても、どんな形でも離脱が実現さえすれば、ジョンソン氏は離脱の立役者となるので選挙に勝てるとジェンキンズ氏は見る。
「裁判官がどう言ったかは、忘れていい。短期的な見通しだけが重要だ。本当の格言とは、これだ。自分だけが正しいと思うな。政治こそが勝つのである」。
ジェンキンズ氏の予想が当たるのかどうかは分からないが、英国の政治は非常に不快な展開となって来たと言えよう。
国民投票の際には、離脱票と残留票は僅差で離脱派が勝利した。両方の国民の納得がいく離脱にするには、現在の加盟状態に限りなく近い、妥協をした離脱にならざるを得ない。それがメイ前首相が交渉した離脱案だった。
ジョンソン首相が、「もし」早期退陣となれば、今度こそ、両方の国民を満足させる、つまりはどちらも大きな妥協をする離脱を形にする人物が責務を果たしてほしい、と筆者は願う。
だが、しばらくは大混迷が続きそうだ。