米朝首脳会談で日本の防衛費はどうなる
6月12日の米朝首脳会談で、米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長は、北朝鮮が「朝鮮半島の完全な非核化」に取り組み、米朝が朝鮮半島における永続的かつ安定した平和体制の確立に共に取り組むことなどを盛り込んだ共同声明に署名した。
米朝首脳会談前、米国は「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」を北朝鮮に求めてきた。北朝鮮がCVIDを受け入れれば、厳しさを増す日本の安全保障環境にとっては朗報で、北朝鮮に対する軍事的圧力に費やす防衛力はそれだけ要らなくなる。
奇しくも今年は、わが国で新たな「中期防衛力整備計画(中期防)」を策定する年である。新中期防では、2019~2023年度までを想定した防衛装備品の調達計画を立て、5年間の経費の総額と主要装備の整備数量を明示する(現行中期防が2018年度までであることを受けてのものである)。そして、中期防等に基づいて、各年度に必要な経費を防衛予算として計上することになる。中期防は、日本の防衛費の規模を決める意味で重要な計画である。
中期防の上位にある、おおむね10年程度の期間を念頭に置いた外交政策と防衛政策に関する長期的な戦略である「国家安全保障戦略」、これを踏まえて防衛力のあり方と保有すべき防衛力の水準を規定する「防衛計画の大綱」との関係については、拙稿「『高齢化』している自衛隊で本当に大丈夫か 北朝鮮への脅威で予算は増え続けているが」を参照されたい。
ちょうど、わが国が今後の5年間の防衛政策を決める時期に、今後の北東アジアの安全保障環境が見通せるようになれば、なおさら計画は立てやすくなる。対北朝鮮向けの防衛力に、従来と違う見通しが立てば、今なら新中期防に反映できる。北朝鮮がCVIDを受け入れれば、それを踏まえた中期防、防衛予算を組めばよい。今回の米朝首脳会談前には、そんな「淡い」期待もかすかにあった。
ところが、今回の米朝首脳会談で署名した共同声明で、完全な非核化の具体的な道筋は、見えなかった。
その上、署名後にトランプ大統領が行った記者会見で、対話を続ける間は米韓合同軍事演習を中止する意向を表明し、将来の在韓米軍の縮小・撤収の可能性にも言及した。
確かに、トランプ政権になって在韓米軍の縮小に言及があったのは、今般の共同声明署名後が初めてではない。5月3日に、ニューヨーク・タイムズ電子版で、複数の米政府当局者の話として、トランプ大統領が在韓米軍の規模縮小を検討するよう国防総省に指示したと報じている(ただし、ボルトン大統領補佐官はそれを否定している)。
北朝鮮で検証可能な形で完全な非核化が実施され、それを受けて在韓米軍が縮小できるような安全保障環境になれば、日本の対北朝鮮向けの防衛力もそれだけ必要なくなるだろう。しかし、北朝鮮がCVIDを受け入れるか確証が持てない中で、先に在韓米軍の縮小・撤収を進めるとなると、話は全く別である。
在韓米軍は、単に北朝鮮と対峙しているだけでなく、在日米軍とともに北東アジアの安全保障環境ににらみを利かせている面がある。北朝鮮がCVIDを受け入れるか確証が持てない中で、在韓米軍が縮小・撤収すれば、その分日本の自衛隊が北東アジアの安全保障で果たす役割が重くなる可能性がある。これは、対北朝鮮向けの防衛力を縮減できるという話とは正反対の話である。
結局、北朝鮮の完全な非核化が俎上に載った史上初の米朝首脳会談で、目下「最大限の圧力」をかけている対北朝鮮向けの防衛力を、縮減できこそすれ増強しなければならないとは思っていなかった。しかし、今回の共同声明を見る限り、縮減できるのだか増強しなければならないのだか不透明になってしまった。
もちろん、まだ終わってはいない。米朝協議は今後も続けられるし、米国は完全な非核化を北朝鮮に依然求めているし、在韓米軍を縮小・撤収し始めているわけでもない。北朝鮮も完全な非核化を拒否しているわけではない。
今年末までに取りまとめる新中期防で、今後5年間の日本の防衛費の趨勢が決まる。それに、間に合うかどうか。11月には米国で中間選挙があるだけに、北朝鮮の非核化がどう決着するか、目が離せない。