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本田圭佑1トップでハリルホジッチ延命。 勝ち点1の代償は高くつく

杉山茂樹スポーツライター

グループ内で最も強そうな相手とアウェーで戦い、勝ち点1をゲットした。オーストラリア戦の結果に胸をなで下ろしている人の方が多数派だろう。だとすれば、こちらの立ち位置は少数派になる。いつもの予選なら胸をなで下ろしているかもしれないが、今回に関してはそうした気持ちにはなれない。

今回、勝ち点1を上乗せしたことで、以前より日本のポジションは少しよくなった。試合前より当確ラインである2位以内に近づいたことは確かだ。その視点で言えば、胸をなで下ろしたくなる気持ちは分からないではないが、それは日本のレベルが大幅に下がったことの証拠でもある。

これまで、W杯予選は突破して当然だった。その確率は8割はあった。「絶対に負けられない戦い」と視聴率アップを狙うテレビが危機感を煽っても、ファンには余裕があった。突破は半ば当たり前。本大会でベスト16を狙う勢いで、観戦していた。

しかし、今回はそんな余裕は全くない。本大会に出場しても、出るだけに終わる可能性は、初めてW杯に出場した98年大会より高そうに思える。つまり、今回を含めた6大会の中で、最も期待が持てない状態にある。なんとか本大会に辿り着くことができれば万々歳。

僕が不満に感じるのは、この限りなく沈滞したムードだ。オーストラリアにアウェーで引き分けても、それは少しも払拭されていない。期待感が抱けるようなサッカーに変身したわけでは全くない。むしろ不安をため込む結果になった。

勝利は勝ち点3。引き分けは1。負けは0。引き分けと負けの間に勝ち点差は1しかない。だが、この勝ち点1でハリルホジッチのクビはつながった。だとすれば、暴論を承知で言えば、僕は0の方がよかったとさえ言いたくなる(オーストラリアに勝ち点3を献上しても)だ。監督が代わり、その結果、沈滞したムードに終止符が打たれるなら、安い代償。挽回は可能と見る。ハリルホジッチが監督をしている限り、流れが変わることはないと主張したい。

オーストラリア戦。引き分けることができた理由は、岡崎慎司の欠場と大きな関係があった。ケガに病気も加わったという話だが、その産物として生まれたのが、本田圭佑の1トップだ。いつ以来だろうか。ハリルジャパンでは初だと思う。ザックジャパン時代でも数えるほど。これは2010年南アフリカW杯本大会を戦った岡田ジャパン時代の作戦だ。

南アW杯本大会の1年近く前から僕が主張してきた考えでもあったので、特別な感情を抱きたくなる作戦でもあるのだが、いま本田がそこに座るメリットが、オーストラリア戦ではいかんなく発揮されていた。

本田は従来、4-2-3-1の3の右を務めていた。しかし、彼が「3の右」にポジションを取っている時間は短かった。酷いときは、半分以上、真ん中付近に入り込んでいた。つまり左右は非対称。バランスに大きな問題を抱えていた。攻撃は自ずと真ん中に固まることになった。この問題については、これまでにも再三、述べてきたが、相手が日本の右サイドに狙いを定めて突いてくることはなかった。相手の研究不足に救われた格好だった。

しかし、本田を1トップに回し、3の右に小林悠を据えれば、少なくともその問題は解決する。左の原口元気と左右対称を築くことができる。大久保嘉人(左)と松井大輔(右)が、本田の両サイドを固めた南アW杯本大会時のように、だ。

その結果、岡田ジャパンは相手のサイドバックの攻め上がりを抑え込むことに成功。4-2-3-1の3の右を担当していた中村俊輔が、現在の本田と同じように、真ん中に入り込む傾向が強かった本大会前までのサッカーより、陣形に穴が空きにくくなった。それこそが南アW杯でベスト16入りした最大の要因だと見ているが、このオーストラリア戦でも、同様な効果があった。

オーストラリアは日本相手に、圧倒的にボールを支配した。だが、両サイドの高い位置を突く回数はごくわずか。支配率の割にチャンスが少なかった一番の原因だ。

本田に代わって3の左に入った小林悠に、活躍の機会は少なかった。だが、攻撃力の高い相手の左サイドバック(ブラッド・スミス)の攻め上がりを抑え込むことには成功した。

アンジェ・ポステコグルー監督が採用したオーストラリアの布陣も日本には幸いした。中盤ダイヤモンド型4-4-2。サイド攻撃をサイドバックの攻め上がりに頼る布陣だ。小林と原口を両翼に従えた本田の1トップは、相手の布陣にバッチリはまった。もし日本の前線の3人が従来通り、バランス悪く並んでいれば、オーストラリアはより多くのチャンスをつかんでいたはずだ。本田が真ん中に入り込む癖が、命取りになっていた可能性がある。

岡崎の欠場は、まさに結果オーライ。偶然の産物が奏功した格好だ。しかし、問題はここからだ。1トップに座ることになった本田の件だ。2010年南アW杯。彼はそこで大活躍を演じ、ヒーローとなった。スター街道を歩むことになった。それから6年経ったいま、当時の勢いは全くない。1トップという同じポジションに立ったことで、違いというか、劣化は鮮明になった。ボールを収められない。局面を打開できない。シュートも打てない。

その惨状にオーストラリアの記者も驚いたのか、試合後の会見でハリルホジッチに質問を投げかけた。本田のキレのないプレーについて、どう思うのか、と。

ハリルホジッチの答えはいつもと同様だった。「本田に代わる選手はいるだろうか」。そしてこれまた例によって、欧州組の所属クラブでの出場時間の少なさを嘆いた。「彼らのコンディションについてはとても悲観的でいる」と。

「彼らには、所属クラブで出場時間を増やすように努力しろと、試合後、伝えたばかりだ」とも述べた。だが、その願いは叶うだろうか。

例えば本田は、今季まだトータル19分しか出場していない。戦力外同然の扱いを受けている選手に願いを伝えても、状況に変化が起きるとは思えない。悲観的と言うより、思い切り楽観的だ。その他の選手についても同様。彼らのコンディションは、今後もさして上がらないと考える方が自然だ。

だがハリルホジッチは、苦戦の原因を語る時、ことあるごとに彼らのコンディションをいの一番に挙げる。「1年前、この状況を予想できただろうか」とさえ言う。

予想していた僕には、絶望的な言葉に聞こえた。本田は1年前から満足に試合に出ていなかったのだ。楽観的というより、これはまやかしに近い。目先の勝利に夢中になるばかりでテストを怠ったツケが、いま表面化している状況にあると言った方が適切だ。

日本代表の平均年齢は現在28歳。このままのペースで行けば、本大会では30歳を超えてしまう。前代未聞の超ロートルチームになる。そしてそのツケは、次の4年間に回る。

ハリルジャパンの最大の問題は、前向きな話題がないことだ。監督の口からは、後ろ向きの話しか出てこない。この悪い流れは、今すぐ断ち切るべきだ。勝ち点1より、そのことははるかに重要だと言いたくなる。

この引き分けは、日本にとってよいことなのか、悪いことなのか。長期的に見れば後者。これからは延命装置を取り付けられた気分での観戦になる――と言ってもいい過ぎではないと思う。

(初出 集英社Web Sportiva10月12日掲載)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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