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「ハゲタカ・ジャーナル」って何?「科学技術への信頼性」を落としかねないその存在とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 ハゲタカ・ジャーナル。論文著者から論文の掲載公開料を得ることを主な目的にしたオンラインの学術雑誌のことだ。その問題点を指摘しつつ、学術研究の危機を考える。

ハゲタカ・ジャーナルとは何か

 先日、お正月特番の生番組に出演する機会をいただいた。お話しした内容は、日本の研究者がおかれている労働環境といわゆるハゲタカ・ジャーナル(粗悪学術雑誌、Predatory Journal)についてだ。ありがたいことに十分なお時間をいただくことができ、自分なりに説明できたが、言い足りないこともあり、特にハゲタカ・ジャーナルについて付け加える形でこの記事を書く。

 ハゲタカ・ジャーナルとは、科学技術の研究成果や発明、発見などの論文を発表する学術雑誌の中で、論文の著者から雑誌への掲載公開料(Article Processing Charge、APC)を得ることを主な目的とし、スタンダード・ジャーナルと呼ばれる査読付きの標準雑誌であることをよそおいつつ、適切な査読システムでなかったり査読自体がなかったりすることで、学術的な厳しいフィルターを経ていない論文を掲載する学術雑誌のことだ。その多くは、インターネット上で誰でもほぼ無料で読むことのできるオープンアクセスという形式をとっている。

大学や研究機関では学生や研究者に対し、ハゲタカ・ジャーナルへの注意喚起を行っている。各サイトの画像を筆者が編集した。
大学や研究機関では学生や研究者に対し、ハゲタカ・ジャーナルへの注意喚起を行っている。各サイトの画像を筆者が編集した。

 ハゲタカ・ジャーナルは特に2000年代に入ってから顕在化し、学術界の中で大きな問題になってきた(※1)。その背景には後述するオープンサイエンスの流れがあるが、ハゲタカ・ジャーナルに投稿した研究者や研究機関に対する信頼性や評価が低くなることなどのほか、論文の質が担保されなくなることで科学技術に無視できない悪影響が出ている。

 ハゲタカ・ジャーナルには、一定の定義があるとされる。運営主体が欺瞞的で透明性が低い、掲載論文の質が低い、査読システムの不備、アクセプト(掲載受理)までの時間が短い、アクセプトされてからの掲載公開料通知、実在しない編集委員や連絡先、サイトのデザインなどが有名ジャーナルのまね、論文アーカイブがいい加減、インパクトファクターの偽造などだ(※2)

 ただ、これらの定義は確固としているものではなく、ハゲタカ・ジャーナル内部の査読体制なども常に変化し、掲載論文の質の高低についての評価もあいまいで、ハゲタカ・ジャーナルの共通点や定義があるにせよ、一概に今現在どれがハゲタカ・ジャーナルか、はっきりと決めつけることは難しい。例えば、完全にハゲタカ・ジャーナルとはいえないものの、グレーのような雑誌もある。

 また、単にインパクトファクターが高いからといって、必ずしも雑誌の質が担保されているわけではなく、標準雑誌として認められていないものもある。ハゲタカ・ジャーナルのリストを作成した研究者には、当該出版社から批判され、リストを削除したケースもあり、学術界とハゲタカ・ジャーナルの攻防が続いているというのが現状だ(※3)。

ハゲタカ・ジャーナルの悪影響とは

 ハゲタカ・ジャーナルの大きな問題点を3つ述べる。

・研究者や研究機関への信頼性をおとしめる

・公的資金(税金)が海外へ流出する

・科学技術の進歩へ多大な悪影響をおよぼす

 ハゲタカ・ジャーナルのビジネスモデルは掲載公開料でカネもうけすることだから、査読に時間をかけず、あるいは査読などせず、すぐにアクセプトしてジャーナルに掲載する。

 一般的に質の高い学術雑誌ほど査読に時間がかかり、アクセプトまで1年以上かかることも珍しくない。また、論文は複数の雑誌へ同時に投稿できず、ランクの高い雑誌にリジェクト(掲載不可)されてから、次に低いランクの雑誌へ投稿するということを繰り返す場合も多く、雑誌上へ発表するまで膨大な手間と時間がかかる。

 さらに、科学技術の世界では、1分1秒でも早く発表したほうが有利で(先取権)、とにかく研究成果を早く発表して権利を確定しておきたいという研究者の焦りもある。

 つまり、なるべく手間と時間をかけずに早く論文を発表したいという研究者の動機が、ハゲタカ・ジャーナル横行の背景にある。研究者からすると、リバイス(論文の修正など)に手間をかけず、標準ジャーナルよりも早いスピードで論文を掲載公開することが可能になっていることから、質の悪い論文が無秩序に氾濫することにつながる。そして、この動機は研究のねつ造や改ざん、盗用といった不正につながりかねない。

 世界中の大学や研究機関がハゲタカ・ジャーナルに投稿しないように注意喚起することで、逆にハゲタカ・ジャーナルに論文が掲載されることでその研究者や研究機関への信頼性や評価が落ち、若い研究者にとってスティグマになりかねないという危険性がある。また、論文がアクセプトされた後に不当に高い掲載公開料を請求されたり、論文を取り下げることができなくなったり、そのハゲタカ・ジャーナル自体がなくなって論文へアクセスできなくなるなどの弊害もある。

オープンアクセスという流れ

 トップ・ジャーナルの多くは海外のものだ。国内の科学研究では科研費などの公的資金、つまり国民の税金を使うものも少なくなく、けっして安価ではない学術雑誌への投稿料が海外へ流出していくという問題もある。

 この問題の背景には、学術雑誌を発行する出版業界の経営環境と学術的な知識のコモンズ(共有財産)、オープンアクセス、オープンサイエンスへの動きがある。オープンアクセス、オープンサイエンスというのは、科学技術の知識を社会や市民により開いていこうという概念だ。

 これは、科学技術の成果は、社会や市民の共有財産という考え方が基礎にある。具体的には、インターネットを介して誰でも自由に研究成果や論文などにアクセスできるようにするべきという考え方で、例えば米国では米国政府(NIH、国立衛生研究所)の予算を得た研究成果は発表後1年以内に誰でも無料でアクセスできるようにするよう2007年から法律で義務づけ、日本政府も学術論文などの即時オープンアクセス化を推進している。

 学術雑誌の世界は『nature』や『Science』などの大手の有名学術雑誌などが評価(インパクトファクター)や価値、利益を寡占する状態が続き、印刷配送以外にも編集者の給与などの制作費の高騰が他のジャーナルの経営を逼迫してきていた。オープンアクセス化以前、学術雑誌は読者から集めた購読料で運営してきたが、研究成果や論文には購読者や単発の購読料を支払う場合しかアクセスできなかった。

 こうした状況下、オープンアクセス、オープンサイエンスの流れが起き、学術雑誌の多くもオープンアクセス・ジャーナルとしてインターネット上のサイトへ論文を掲載し、基本的には誰でも自由に無料で論文を読むことができるようになった。もちろん、紙の雑誌と並行したり、インターネット上には抄録(概略、アブストラクト)のみの掲載や発表の一定期間後に全文公開などの形式をとるオープンアクセス・ジャーナルもある。

 一方、紙の学術雑誌の場合、論文の投稿者には料金がかからないのが一般的だった。雑誌の購読料で運営資金をまかなっていたからだ。

 そのため、購読者以外が論文を読むためには、図書館などへ出向いて探したり、単発で購読料を払って目的の論文が掲載された号だけを提供してもらうなどしなければならなかった。また、資金力のとぼしい若い研究者や途上国などの研究機関などにとっても、けっして安くない購読料は大きな負担になっていた。

 だが、オープンアクセス・ジャーナルの場合、無料で論文にアクセスできる。では、オープンアクセス・ジャーナルの運営費はどうすればいいのだろうか。

 研究機関や学会などが運営費用を負担する場合、論文を無料で投稿できる学術雑誌もあるが、一般的にオープンアクセス・ジャーナルでは論文を投稿した筆者が掲載公開料を払うことで運営費用をまかなう。つまり、オープンサイエンスの動きの中、インターネット上での論文の掲載公開料を徴収する学術雑誌が増えていった。

 オープンアクセス・ジャーナルの掲載料は、ハゲタカ・ジャーナルに限らず高額になりつつあり、大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の資料によれば、2022年までの11年間で8.3倍になっている(※4)。また、一般的な標準雑誌でもオープンアクセス・ジャーナルの場合、数万円から100万円以上といった掲載公開料が必要な学術雑誌も多い。

 オープンアクセス・ジャーナルの側も、例えば新型コロナ関連の研究には掲載公開料を無料にしたり、途上国の研究者に対して割引制度を設けたりするケースもある。また、全てのハゲタカ・ジャーナルの掲載公開料が特に高額というわけでもないため、研究者の中には確信的にハゲタカ・ジャーナルに投稿するケースも多くなっている(※5)。

 国際化、グローバル化の波は科学の世界にも押し寄せ、海外で研究したい実績の欲しい途上国の若い研究者がハゲタカ・ジャーナルの餌食になりやすいという分析もある。途上国の中には、論文がどんなジャーナルでも掲載されることで研究資金を出すというインセンティブ制度を設けているところもあり、これの国や地域の研究機関や大学、研究者の間でハゲタカ・ジャーナルに対する認識が低いままという問題も無視できない。

 こうした背景からハゲタカ・ジャーナルに対する過度な批判は、途上国からの学術的な発信や途上国固有の問題、リサーチ・クエスチョンなどが見えなくなるという指摘があるのも確かだ(※6)。

 前述したように日本政府は各大学や研究機関のデジタル・アーカイブ(リポジトリ)上に公的な資金を得た科学技術の学術論文を即時掲載公開する動きをみせている。これからオープンアクセス・ジャーナルの掲載公開料の高額化が予想されるが、公的機関のデジタル・アーカイブ上で掲載公開すれば掲載公開料を減免するオープンアクセス・ジャーナルもある。

 一方、オープン・アクセスは、一般市民に学術研究成果への門戸を開いたが、私のようなジャーナリストにとっても非常にありがたい流れだ。それまでのように高い購読料を払って学術雑誌を取り寄せたり、国会図書館や大学の図書館へ出向いて資料を探さなくても良くなった(※7)。

ハゲタカ・ジャーナルは科学技術の発展を阻害する

 そして最も重大なハゲタカ・ジャーナルの問題は、科学技術全体への悪影響だ。「巨人の肩に乗る」という表現があるが、我々が今、享受している科学技術は過去の無数の失敗や成功の上に成り立っている。

 ある研究を実現するために例えば10の実験が必要だとする。そのうちの8つまでは過去の研究成果を引用し、実際にそれら実験を繰り返すことをせず、目的の2つの実験結果によって研究者のリサーチ・クエスチョンを明らかにし、論文にまとめる。

 だが、過去研究の質が担保されず、信用できないものが多くなれば、8つの研究成果の引用にも疑問符がつくだろう。研究者にとって過去論文の引用に注意が必要になり、学術雑誌の査読者にとってもこの負担は大きく、査読に時間がかかったりリジェクトを連発するようなことになれば、それがさらなるハゲタカ・ジャーナルの横行につながりかねない。

 その結果、科学技術の進歩と発展にこれまで以上の過大なコストや手間暇、労力がかかるようになる。ハゲタカ・ジャーナルの存在は、研究者や研究機関、科学技術への信頼性をおとしめ、我々が受ける科学技術の恩恵にも悪影響をおよぼす(※8)。

 以上をまとめると、ハゲタカ・ジャーナルの存在は、オープンサイエンスへの動きを背景に、インターネットの普及と進化とともに科学学術の信頼性と責任の問題になっている。ハゲタカ・ジャーナルは、科学技術が抱えたジレンマから生まれた鬼っ子といえるだろう。

※1:John Bohannon, "Who's Afraid of Peer Review?" Science, Vol.342, No.6154, 60-65, 4. October, 2013

※2:Kelly D. Cobey, et al., "What is a predatory journal? A scoping review" F1000Research, doi: 10.12688/f1000research.15256.2, 23, August, 2018

※3:Daniel Sonntag, "Avoid Predatory Journals" Kl-Kunstliche Intelligenz, Vol.37, 1-3, 22, May, 2023

※4:大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)「論文公表実態調査報告2023年度」、2023年12月27日

※5:Sefika Mertkan, et al., "Profile of authors publishing in "predatory' journals and causal factors behind their decision: A systematic review" research evaluation, Vol.30, Issue4, 470-483, 25, September, 2021

※6:Pishi Philip Mathew, et al., "Predatory Journals - The Power of the Predator Versus the Integrity of the Honest" Current Problems in Diagnostic Radiology, Vol.51, Issue5, 740-746, September-October, 2022

※7:Alice Fleerackers, et al., "Making science public: a review of journalists' use of Open Access research" F1000Research, doi: 10.12688/f1000research.133710.2, 2, January, 2024

※8:Sumeyye Akca, Muge Akbulut, "Are predatory journals contaminating science? An analysis on the Cabells' Predatory Report" The Journal of Academic Libratianship, Vol.47, Issue4, July, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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