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大学は格差を是正できるか:「第一世代」を知っていますか

竹内幹経済学者。一橋大学経済学研究科・准教授。
東大生の過半数は親の年収950万円以上ともいわれる(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

東京大学が2016年秋に、女子学生向けの住まい支援として月3万円の家賃補助をすると発表して、ニュースになった。東京大学によれば、「世界最高水準の研究・教育のさらなる向上のために、多様な学生が活躍することのできる支援体制」ということだ。ここでのキーワードは「多様な学生」、カタカナではダイバーシティだ。この理念の本家ともいえるアメリカでの現状を紹介したい。

 アメリカの大学でダイバーシティ施策といえば、人種多様性を規準として、アフリカ系(黒人)学生の比率を重視したり、ジェンダー平等を目指し、女性教授比率を重視したりする大学経営のことだと思われるだろう。

 ダイバーシティを表す比較的新しい指標のひとつに「first-generation(第一世代)」とよばれる学生の比率があるのをご存じだろうか。たとえば、トップ校の1つカリフォルニア大学バークレー校は、ダイバーシティのデータシートの冒頭に次の4つの数字を挙げている。女性比率、マイノリティー人種の比率、第一世代の比率、外国人比率。このような形で第一世代比率を調査公表までする大学はまだ少ないものの、学生支援プログラムの対象として”first-generation”を謳ったものを提供する大学は多い。

 また、大学のアドミッション・オフィス(入試課)のウェブサイトで、第一世代にフォーカスしたページを用意している大学はとても多い。たとえば、ハーバード大学はこちらで、「Blaze the trail for your family(家族にとっての新境地に進んでいくあなたへ)」として、ハーバードではおよそ15%が第一世代であり、同じ気持ちの仲間もいると書かれている。Harvard First Generation Program では出願の段階からサポートするための情報提供も行っているとのこと。

 この「first-generation college students(第一世代大学生)」とは、両親が大学学位を持っていない(大卒ではない)学生のことを指すことが一般的だ。カリフォルニア大学バークレー校は、新入生のうち29%が第一世代だと発表している。他の大学の多くも同様のデータを公表しており、概ね10%~50%ほどが第一世代といった印象である。

一流大学は格差を拡大するのか縮小するのか

大学に進学するかしないかが格差の直接的原因になる一方、恵まれない家庭の子どもが大学進学を経て階層上昇をする面もある。大学が、第一世代学生の比率を気にするのは、そうした大学の社会的責任がある、あるいは少なくとも期待されているという自覚があるはずだ。

 たとえば、Chetty博士(スタンフォード大学教授)らが、1980年~1982年生まれアメリカの若者1000万人以上の親の課税所得を分析し、一流大学と富裕層の関係を分析している。まず、一流とされる12大学(アイビーリーグ8校ならびに、シカゴ大、デューク大、MIT、スタンフォード大)に入学できた若者のうち、14.5%は富裕層(親の年収が51.2万ドル超で、年収分布のトップ1%)出身であり、その割合はなんと新入生の7人に1人。一方、親の所得が下位20%にはいる低所得層出身の新入生は100人に4人もいない。

 東京大学でもそうした割合を知りたい場合には、2014年の「学生生活実態調査」の「生計を支えている人の年収見込み(図17-1)」が、ある程度の参考になる。東大生回答者の13.6%が、つまり7人に1人が、その年収を1550万円以上としている。ちょうどこれが上記の“米国一流大学生の7人に1人が富裕層出身”に相当しうる。ただし、米国富裕層の51.2万ドル(約5700万円)以上水準や年収トップ1%水準よりも、この1550万円は低い。日本で世帯年収トップ1%に入るためには2000万円あってもまだ足りないくらいだ。それでも、同調査によれば、東大生の過半数が年収950万円以上の家庭出身となっており、東京大学には一般に比べれば裕福な家庭の子どもたちが多い。一流大学の卒業生が高所得を稼ぐことをかんがえあわせれば、大学が階層固定あるいは格差拡大の一翼を担っているという批判につながる。

一流大学を出て「のしあがる」

逆に、大学を出たからこそ、親とはちがった経済力を得ることもできる。Chetty博士らの調査では、対象となった1980年~1982年生まれの若者たちの32-34歳時点の年収データも得ている(すばらしいデータだ!)。ここで、親の所得が下位20%の低所得層出身の若者が、32-34歳になった時点で上位20%の高所得を稼ぐようになれば、階層上昇(のしあがり)ができたと定義しよう。

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若者が大学にいかない場合は、この階層上昇(のしあがり)の成功率は4.11%にすぎない。しかし、大学にいった場合の階層上昇の成功率は18.33%である。さらに、上記の一流12大学にいくことができた学生をみれば、その成功率は58.0%にまで高まる。このデータは、競争社会における最低限のルールでもある「機会均等」を整備する役を、大学が担うことを示唆する。富裕層出身の子どもが一流大学に来て富裕層になる一方で、低所得層出身の子どもが大学に行くことで階層上昇を助ける面もある。

 各大学は、社会的要請を受け、第一世代にリーチするための活動に取り組んでいる。また、第一世代が入学前や入学後に直面する困難な問題も明らかにし、少なくとも表向きだけでも、それらへの支援体制も整えつつあるようだ。

ダイバーシティはジェンダー問題ではない

ダイバーシティというと、LGBTもそのひとつの問題として認知されつつあるが、日本ではまだ女性比率の低さが前面に出てくる。

 大学のダイバーシティでいえば、女性研究者を主な対象として支援体制を整えたり、いわゆる理系に進学する女性生徒の割合が低いので理系女子“リケジョ”を応援したり、といった取り組みはすでに進んできた。男性優位を変えていく方向としては、それをさらに進めていけばよいだろう。

 だが、4年制大学への進学率が53%程度で、18歳のほぼ半数は大学に行かない現状を忘れてはならない(学校基本調査)。また、ここではとりあげなかったが、地方によって大学進学率にかなりのバラつきがあること、そして、一流大学の多くが大都市圏にあり、都市圏に住まない高校生が大きなハンデを負っていることも社会的に問題だ。

 今後は女子学生比率だけではなく、大学生の「経済的多様性」「出身地多様性」を無視していては、大学は階層固定(階級再生産)の手助けをしているとみなされかねない。こうした指標も同じように重視し、何らかの対策をとる必要にいずれ迫られるだろう。

経済学者。一橋大学経済学研究科・准教授。

1974年生まれ。一橋大学経済学部卒、ミシガン大学Ph.D.(経済学博士)。カリフォルニア工科大学研究員などを経て現職。専門は実験経済学と行動経済学。文部科学省学術調査官、法務省司法試験予備試験考査委員などもしました。1男1女の父。

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