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日本代表GKが見せた「人間としての姿」

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
写真:STVV提供

 2020年11月25日、ディエゴ・アルマンド・マラドーナが永眠した。享年60。世界中のサッカーファンが哀しみに暮れるなか、あらゆるメディアやSNSで、彼の死と共にその足跡が報じられた。

写真:アフロ

 マラドーナの母国アルゼンチンのコルドバ出身でイベント会社に勤務する女性--—アリシア・レイは、メキシコワールドカップで優勝したシーンでも数々のゴールでもなく、引退後のマラドーナがハンディキャップを背負った少年とサッカーをする様を紹介した。

 少年には下半身がなかった。両腕の力だけでバランスをとり、ボールを追いかけた。ゴールに向かって動きながら、マラドーナにパスを出す。すると、元アルゼンチン代表の背番号10は、左足のヒールで少年にリターンパス。更にもう一度ボールが返ってくると、絶妙なタイミングで優しいパスを少年に戻した。

 少年が左手でシュートを決めると「ゴール!」と叫び、マラドーナが祝福する--------そんな映像だった。マラドーナに抱きしめられる少年が、どれほどの幸福を感じていたかが画面から伝わって来る。

 マラドーナは確かに薬物に溺れた。アルゼンチン代表監督を務めていた折にも、時間にルーズで選手たちを困らせた。しかしサッカー史上で1、2、を争うプレーヤーであるばかりでなく、弱者に寄り添える人間でもあったのだ。

 この映像を日本代表GKであるシュミット・ダニエル(28)にも見てもらった。映像のマラドーナは、私と彼の出会いに共通するものだったからだ。

写真:STVV提供
写真:STVV提供

 ダニエルは言った。

 「マラドーナの映像から、一流選手というのは人間的な温かみも持ち合わせているということを、改めて感じました。ハンディキャップを持つ、持たないにかかわらず、全ての子供たちに対して、自分がどういう存在であるかをマラドーナは分かっていましたよね。心から愛情を込めて、目の前の子供と接していることが見て取れました」

撮影:齋藤浩
撮影:齋藤浩

 2014年1月13日、さいたま市緑区に建つ市民施設<プラザイースト>には、およそ60名の児童が集まっていた。どの少年少女も障害を抱えており、本物のピッチに立つことは、おそらく生涯で一度も無い。

 60余名のなかに、立てない、歩けないハンディを持ちながらも、サッカーをやりたい! と願う少年がいた。彼の希望を叶えようと動き出した企画が、この日実現した。

 ダニエルは中央大学卒業を間近に控え、ベガルタ仙台のキャンプに参加する直前だった。当時、中大監督を務めていた白須真介に会の趣旨を説明すると、「喜んで! 我々にとっても素晴らしい経験になるでしょう」と二つ返事で応じて下さった。当日、駆け付けてくれたのが、シュミット・ダニエルであり、同僚の皆川佑介(今季よりベガルタ仙台に所属)ら、計5名の中大サッカー部の選手であった。

 「白須監督に誘われた時、是非と思いましたね。皆川選手も快く『あぁ、行きます!』って言っていました。僕たちはプロになることが決まっている立場でしたし、何か一つでも子供たちに希望のようなものを与えられたらいいな、と感じました」

撮影:齋藤浩
撮影:齋藤浩

 イベントの日、ダニエルと皆川はまずリフティングを披露した。彼らは、ものの2分で子供たちのハートを掴む。その後、ダニエルは、ゴムのボールで次から次へ放たれるシュートを受けたり、敢えてゴールさせたりして、60名の児童を笑顔にした。

 車椅子に乗ったままボールを扱えない子には近づいて行ってボールに触らせ、励まし、ハイタッチを繰り返した。

 そんな光景を目にしながら、児童やその父母たちは選手の思いやりに胸を熱くさせ、何名かの保護者は涙ぐんでいた。

撮影:齋藤浩
撮影:齋藤浩

 「明るく接しようと考えたことを覚えています。仮に大きな反応がなくても、自分も楽しんで触れ合えたらと思っていました」

 後に日の丸を背負う選手となるダニエルや皆川にとって、ボールは体の一部と呼べる物であろう。が、彼らは児童たちと繋がれる“何か”を、持っていた。

撮影:齋藤浩
撮影:齋藤浩

 「マラドーナもそうですが、一流選手ほど視野が広いですよね。日本代表の選手も、皆、間違いなく人格者です。次世代に何を伝えていくか、子供たちに夢を与えることをいつも本気で考えています。僕も今後、機会があれば施設の訪問などをやりたいですね」

 児童に寄り添うダニエルの姿は、アスリートとしてだけでなく、人間としての大きさを感じさせた。マラドーナが下半身のない少年を抱きしめる映像からも、2014年1月13日のイベント会場でも、私はかつてOJ・シンプソンが口にした「名声とは蒸気のようだ。人気も幻に過ぎない。金は羽根が生えたように消え失せる。確かなものは一つのみ。アスリートの人間としての姿だ」という言葉を思い出していた。

写真:STVV提供
写真:STVV提供

 今回ダニエルを電話インタビューしたのは、日本時間の1月18日だった。直近の5試合でシント=ロイデンVV(STVV)は4勝1敗。12月2日に前監督が解雇され、ピーター・マース体制となって新しいスタイルが浸透して来た感がある。

 「マース監督は選手の気を引き締め、叱咤するタイプです。自由にやり過ぎると、お咎めを食らいます(笑)。そんななかで規律が生まれ、良い方向に進んでいますね。チーム全体として、守備陣形や戦術を理解して来たことを感じます。守備が固くなりました。そこが好調の要因でしょうか。

 僕自身は新監督から、ビルドアップの時に出来るだけシンプルにサイドに散らせ。オープンスペースの空いているところに出せ、と言われています。勝ち星が増えると、チームの雰囲気は自然と良くなりますよ」

 ベルギーリーグも新型コロナウイルスの影響を受け、無観客での公式戦が行われている。プレミアリーグ等は録音で観客の声を流しているが、ベルギー国内においてピッチに響くのは選手の声と息づかい、そしてボールが行き来する音だけだ。

 「自分としては観客が入っていた方がアドレナリンも出るし、この人たちを喜ばせる為にと、より戦える気もするし、モチベーションが上がります。ですから、早く元の状態に戻ってほしいですね」

 シント=ロイデンVV(STVV)は、1月23日現在、18チーム中14位だ。

 「今、クラブが降格争いをしていますから、そこを抜け出すことだけを考えてサッカーをしています。根底には、コロナで沈む街の人々をプレーで勇気付けたいとは思っているのですが、とにかく、降格圏を脱さないといけません。

 個人的には、ゴール前で相手にフリーになられて失点してしまうケースもあるので、コーチングでディフェンスを配置して防げるようにすること。周りを見て危機感を募らせるような意識掛け。味方をピリッとさせ、シャープに動かせるような声掛けが必要だと感じています。また、シュートストップの部分では、もっと結果でチームに貢献したいですね」

写真:STVV提供
写真:STVV提供

 カタールワールドカップ、アジア2次予選のミャンマー戦は、3月25日に横浜で予定されている。

 「まずは日本代表としてカタールワールドカップ出場を決めることが、クリアしなければならない当面の課題です。チームとしても、個人としてもそこを目指して取り組んでいます。

 同時にワールドカップで勝つ為にどうすべきかを、去年の10月、11月の国際親善試合を通じて考えました。特に11月のメキシコ戦は0-2でやられて、具体的なテーマが見えています。僕の場合は、シュートストップ時に鋭い反応をして止めるということが、まだまだ足りませんし、ディフェンスラインを上手く動かして、相手の攻撃を食い止めること。もっともっとディフェンダーと細かいコミュニケーションをとることを、取り組んでいきます。絶対にワールドカップの出場権を得たいですね」

 サムライブルーに熱い視線を送るサポーターのなかには、もちろん、2014年1月13日にダニエルの人間性に触れた子供たち、その保護者たちも含まれている。

 「皆川選手が僕の古巣であり、故郷のチームであるベガルタ仙台に移籍したんです。素直に嬉しいですね。頑張ってほしい」

 「人間としての姿」を見せることの出来る彼らに注目だ。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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