ロシアの侵攻が始まった日に自沈したウクライナ海軍旗艦「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」
ウクライナ海軍の旗艦であり唯一の大型水上戦闘艦だったクリヴァク3型フリゲート「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」は、2022年2月24日の開戦当日にロシア軍が停泊地のミコライウの目前に迫ったので鹵獲を恐れて自沈しています。自沈座標(46.943027, 31.979713)
ロシア軍は開戦して直ぐにクリミア半島から北上しドニプロ川に架かる橋を抵抗も無く確保して対岸のヘルソン市を制圧、そのまま北西に進軍しミコライウ市を攻め落とそうとしましたが、ウクライナ側の強力な抵抗に遭い退却。ミコライウは陥落を免れたので、結果的に「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」は自沈する必要はありませんでした。
ただし仮に「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」が自沈していなかったとしても戦力差から出撃は困難で、ミコライウの南ブーフ川の河口の岸壁に停泊したまま動けなかったでしょう。そして何時かはロシア軍の弾道ミサイル攻撃で停泊したまま撃破されていた可能性が高く、敵に戦果を上げさせる前に自沈したのは正解だったのかもしれません。
ウクライナ海軍は「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」を戦後に浮揚し修理復帰させると説明してはいますが、あまり現実的ではなく、NATO諸国から水上戦闘艦の無償供与を受ける方が早いかもしれません。ただし浮揚修理も水上戦闘艦供与も戦後の話になります。戦争中に戦局に全く寄与しない軍艦に時間の掛かる大規模修理をする余裕はありませんし、戦争中はトルコの海峡封鎖で軍艦は黒海に入れないので供与も困難となります。
ウクライナ海軍とロシア海軍の黒海での戦闘寄与について
ウクライナ海軍はもともと弱小で大型水上戦闘艦は「ヘーチマン・サハイダーチヌイ」しかなく他の水上戦闘艦は小型艦艇のみでした。潜水艦に至っては保有していません。もともと海軍艦艇の戦力でロシア海軍黒海艦隊に太刀打ちできるものではありませんでした。
しかし開戦して僅か一カ月半後の2022年4月13日にウクライナ自国製のネプチューン地対艦ミサイルがロシア海軍黒海艦隊旗艦のスラヴァ級巡洋艦「モスクワ」を撃沈し(沈没は被弾翌日の4月14日)、黒海艦隊は活動が大きく制限されます。そしてその後のズミイヌイ島の攻防戦の最中の2022年6月17日にロシア海軍の外洋曳船「ヴァシリー・べフ」がNATOからウクライナに供与されたハープーン地対艦ミサイルによって撃沈され、二週間後の6月30日にロシア軍はズミイヌイ島の放棄を決定しました。
こうしてまともな海軍戦力を保有していないウクライナ軍がズミイヌイ島の攻防という海上戦で勝利しました。ロシア軍は地対空ミサイルが怖くて航空優勢を確保できなかったのと同じように、地対艦ミサイルが怖くて海上優勢を確保できなかったのです。
ロシアは黒海の制海権を握ることに失敗しました。ただし潜水艦で攻撃すれば対潜能力がほとんど無いウクライナには対処する術はありません。しかしウクライナ海軍には狙うべき軍艦はもう無く、軍需物資を積んでいない純粋な民間船を襲えば国際政治上の重大な問題が生じるのでおいそれとはできません。
つまりロシア海軍にはもうこのロシア-ウクライナ戦争でやるべき仕事がほとんどありません。地上部隊のオデーサ方面への侵攻はミコライウ攻略失敗で頓挫した上にヘルソンの放棄撤退で西進は完全に無くなり、地上部隊の主攻を補助する助攻として海軍が揚陸作戦を行う必要が無くなっています。黒海艦隊の能力ではオデーサへの揚陸作戦は単独ではできませんし、そもそも地対艦ミサイルを排除できないのに揚陸艦隊が沿岸に接近したら大損害を受けてしまうでしょう、もう無理です。
もはやロシア海軍黒海艦隊は、クリミア大橋がウクライナ軍の攻撃で損傷し使用が制限された際のクリミア半島への海上代替輸送くらいしか仕事がありません。この輸送は揚陸艦でなくても徴用した民間輸送船でも行えますので、黒海艦隊の今後の主任務はこれら揚陸艦や民間輸送船の護衛ということになります。
ウクライナ海軍は開戦前から現在に至るまで可能な作戦は少なく、ズミイヌイ島を奪還して以降は河川哨戒艇でのドニプロ川の警戒監視任務が最重要となるでしょう。地対艦ミサイルはウクライナ海軍の管轄なので、開戦初期の洋上での大型艦2隻撃沈の戦果は彼らの物ですが、ロシア海軍は警戒してもう不用意にウクライナ沿岸に接近して来ないでしょうから、更なる戦果は望めず、今後の地対艦ミサイルは存在していることでの抑止力を発揮するのが主任務となります。