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高齢者の定義を75歳以上に見直すとどうなるか?

斉藤徹超高齢未来観測所
高齢者は75歳から?(写真:イメージマート)

高齢者の年齢定義を75歳以上に引き上げるべきという意見

最近、高齢者の年齢に関する定義を見直すべきとの意見が経済界から巻き上がってきています。

本年6月、政府が定めた経済財政運営の指針「骨太方針」を巡り、社会保障や財政を長期で持続させるためには高齢者就労の拡大が重要との考えが示されました。その議論の中で、民間議員から、「高齢者の定義を5歳伸ばすべきだ」との提言がありました(注1)。また経済同友会の新浪剛史代表幹事は7月に、「高齢者の定義は75歳でいい。働きたい人がずっと働ける社会にしたい」と述べています。

人口減少が続く日本社会の中で、平均寿命・就労寿命も伸び、元気な高齢者は、働き続けることで、社会保障の担い手となるべきだ、という論調がそこには見え隠れしています。また、もしかすると年金支給開始年齢を更に引き上げるべきという意見もその底流にあるのかもしれません。

高齢者の定義を引き上げるべきではないか、という意見はすでに以前から上がっていました。

2017年3月に日本老年学会・日本老年医学会は、「高齢者に関する定義検討WG」が新しい高齢者に関する定義を提言。長寿で元気な高齢者が増えたことから、65歳以上と言われた高齢者定義を75歳以上とし、65〜74歳は准高齢者としてはどうか、と提唱しました。こうした過去の流れも、今回の発言につながっているのでしょう。

実は「高齢者の定義は65歳」という法律は存在しない

これらの議論の中で、「高齢者の定義は65歳」という前提で話が進められていますが、そもそも、高齢者を年齢によって規定する定義や法律は存在していません。

老人関係の基本法とも言える「老人福祉法」には、老人の年齢定義はなされていません。但しこの条文の中で語られる要介護者の認定条件のひとつが「要介護状態にある65歳以上の者」(「介護保険法」も同様)となっていることから、65歳がひとつの基準となっていることに間違いはないでしょう。また、同じ老人福祉法で規定されている老人クラブの入会資格は、60歳以上となっているところが多いようです。

「高年齢者雇用安定法」では、「中高年齢者」を「45歳以上65歳未満」、「高年齢者」を「55歳以上」と定義していますが、同じく同法で規定されているシルバー人材センターの入会資格は「原則60歳以上の健康で働く意欲のある方」となっています。高齢者の医療を扱う「高齢者の医療の確保に関する法律」では、前期高齢者を「65歳以上75歳未満」、後期高齢者を「75歳以上」としています。

このように見ると、特に現状の高齢者の定義は65歳に固定されているわけではなく、個々の法律の制定要件に応じて、柔軟に年齢規定がなされていることが理解できます。

高齢者を65歳以上と定めた起源

そもそも、65歳以上を高齢者と言い始めた起源は19世紀後半にまで遡ります。1889年にドイツのビスマルク首相が、世界初の老齢社会保険制度を創設しましたが、当初70歳であった年齢を20世紀初頭に65歳に引き下げたことから、その後同様の年金制度を導入したヨーロッパや世界各国でも65歳という年齢が一般的となったものです。

そうしたことから、現在、世界保健機構(WHO)が、各国の高齢状況(高齢化率)を把握するための指標として、65歳以上という数値を採用していますが、これもあくまでこうした経緯に基づくものでした。

高齢者が65歳以上と認識される理由

現在一般的に、高齢者が65歳以上と認識されている理由は大きく2つあります。

・老齢年金(国民年金、厚生年金)の支給開始年齢が65歳の誕生月からであること

・企業が定年年齢もしくは再雇用年齢の上限を65歳と定めている場合が多いことという理由です。

また、これに加えて介護保険の第1号被保険者は65歳以上からということも理由に挙げられるかもしれません。

長寿化し、働き続ける高齢者も増加

近年、日本の高齢者の平均寿命は伸び、働き続ける高齢者も増えてきています。日本人の高齢者の平均寿命は、男性81.09年、女性87.14年(2024年厚生労働省)で、いずれも世界有数の長寿です。高齢者の就業率も伸びています。65〜69歳の就業率は50.8%、70〜74歳の就業率は33.5%(2022年労働力調査)であり、いずれもこの20年以上伸び続けています。

こうした中で、一般的に認識されている65歳という高齢者の定義を変えてはどうかという意見が出てきたということでしょう。

高齢者の定義=75歳以上は現実的か?

しかし、今回意見が出ている高齢者の定義を75歳に変えるとすれば、実際にどのようなことが必要になるのか、考えてみたいと思います。

就労年齢の引き上げは可能か?

まず、ひとつは就労年齢の引き上げについてです。

先ほども述べた通り、高齢者の就業率は上がり続けていますが、これを更に上げていくためには、「令和3年改正高齢者雇用安定法」において、現在は努力義務となっている「70歳までの定年の引上げ、もしくは継続雇用、定年制の廃止」などの措置の義務化が必要となってくるでしょう。

ちなみに厚生労働省の調査(2023年)によると、定年制を廃止している企業は、大企業(301人以上)で0.7%、中小企業(20-300人)で4.2%。定年を65歳以上に引き上げた企業は、大企業で0.6%、中小企業で2.4%と、大企業の消極さが目立っています。人手不足が深刻化する中小企業に対して、高年齢者の継続雇用に対する大企業の意識改革が求められると言えるでしょう。

老齢年金支給開始の引き上げは可能か?

次は、老齢年金の支給開始年齢についてです。

現在、日本の老齢年金の満額(国民年金+厚生年金)支給開始は65歳からですが、日本と同様に高齢化が進行する欧米諸国においては、支給開始年齢の引き上げが進行しています。例えば、米国は現在66歳6ヶ月で2027年までに67歳に引き上げ予定で、英国では現在66歳で2028年までに67歳に引き上げ予定、ドイツも現在66歳2ヶ月を2027年までに67歳に引き上げる予定です。

日本よりも高齢化率が低く、年金財政も逼迫していないこれらの国ですら、年金の支給開始年齢の引き上げを実施しているのだから、日本でもそうすべきだという意見が出てくるのは当たり前といえば当たり前のことです。

しかし、これについては、国はすでに対応済みとの認識のようです。2022年4月から老齢年金の繰下げ受給の上限年齢が70歳から75歳に引き上げられ、年金の受給開始時期を75歳まで自由に選択できるようになりました。これによって、年金受給額の増減は伴うものの、本人の希望により年金の受け取り時期を決めることができるようになりました。

受給開始年齢を一律に引き上げることで生じる問題(無年金期間の発生)を回避し、働き続けられる人は年金の繰り下げ受給による増額を可能としたわけです。

実際、武見敬三厚生労働大臣は本年5月28日の記者会見で、定義の見直しを「考えていない」と説明。年金財政は長期的に安定しているとして、「年金の支給開始年齢の引き上げは考えていない」。また、介護保険についても、「直ちにその範囲を見直すことは考えていない」としました。(注2)

定義の見直しによる受給開始年齢の引き上げの可能性はないのです。

「定義を変える」よりも「実態を変える」ことが重要

このように見ていくと、「高齢者の年齢に関する定義を75歳に見直すべき」という意見は、制度変革を引き起こす実態に乏しく、さほど生産的な提言であるとは言えないと感じました。もちろん、高齢期においても健康的で、生産的であり続けたいという思いは、誰もが抱く思いでしょう。しかし、それを年齢定義を見直せば解消するという意見はいささか筋違いであるとも思えます。

「定義を変える」と歯切れの良い言葉で言い放つのではなく、企業側については高齢期においても継続的に安心して働き続けられる環境の整備を行うと同時に、高齢者側も自らの能力を常に時代に合わせてアップデートするなど、相互の努力による「実態を変える」ための意識改革が求められていると言えるでしょう。

※参考資料

(注1)2024年7月4日朝日新聞朝刊 高齢者の定義「75歳でもいい」経済同友会・新浪氏

(注2)2024年5月29日 北海道新聞朝刊 高齢者の定義 65歳以上維持 厚労相、介護・年金で

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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