勝負勘の冴えた木村一基九段、鮮烈な角捨てでタイトル奪取へ好発進。夕食休憩直前の端攻めに伏線があった
1日、第69期王座戦五番勝負第1局が行われ、挑戦者の木村一基九段(48)が永瀬拓矢王座(28)に勝って好スタートをきった。
角換わりの定跡形から、観る側の度肝を抜くハイスピードで進んだ本局。
中盤までは永瀬王座がリードしているとみられていたが、木村九段が終盤に角捨てから一気に寄せ形を作り、そのまま押し切った。
伏線となった△9五歩
木村九段は玉の危険度と駒効率の悪さで形勢不利に追い込まれていたが、夕食休憩直前の△9五歩で流れの悪さを変えた。
この△9五歩は一見するとタダで取れるようにみえる。実際取ったところで後手の攻めが続くのか、微妙なところだ。
取る取らないで形勢にハッキリ差がつくのであればわかりやすい。しかしどちらともわからないこそ悩ましい。
永瀬王座はこの歩を取らずに▲6二金と攻めにまわった。この手自体は決して悪い手ではない。
だが△9六歩を許したことで木村九段の端攻めに勢いがつき、決め手となる「△9九角」につながってしまった。
この△9五歩は夕食休憩の直前に指された。悩ましい局面ということもあり、永瀬王座は大事をとって休憩を挟んで次の手を指している。
この「休憩を挟む」というのが曲者だ。時間を使って考えられる意味もあるが、考えすぎてミスが生じることもある。
あくまで結果論だが、この歩を取っておけば名手「△9九角」は生じなかった。伏線はこの△9五歩にあったのだ。
名手△9九角
終盤戦、木村九段が名手「△9九角」で一気に勝負の流れを引き寄せた。
タダで取れる角だが、▲同玉△9七歩成▲同桂△7七角と進むと王手金取りが強烈で一気に先手玉を危険な形に追い込める。
実戦もそう進み、木村九段が優勢になった。
△9九角を取らずに▲8七玉と逃げても、△9七歩成▲同桂△6六角成で逃げ切れない。まさに一撃必殺、名手と呼ぶにふさわしい一手だった。
この後、一瞬だけ永瀬王座のほうにチャンスがきた。ただ非常に指しにくく、秒読みで指すのは相当に難しい順だった。両対局者ともに全く見えていない筋であり逃したのも無理もない。
ただ、そうした際どい順を逃したことといい、この日の永瀬王座は勝負勘が冴えていなかったようにみえる。「△9九角」を避けようと思えばいくらでも手段はあった。そもそも△9五歩を取っておけば、ということもある。
永瀬王座は夕食休憩中に気持ちが少し後ろ向きになったのかもしれない。
筆者も先日の自身の対局で同様の経験をした。休憩前は調子良く進めていたのに休憩中に考えすぎて気持ちが後ろ向きになってしまい、ミスを連発してしまった。
そのように休憩を挟むと気持ちが変わるものだ。それが人間であり、そうしたところまで考えて△9五歩を休憩直前に指したであろう木村九段の勝負勘が冴えていたといえる。
シリーズの行方
五番勝負の開幕に向けて、東京新聞に木村九段のインタビュー記事が掲載された。その中で木村九段は
こう語っている。
本局は事前準備の差で永瀬王座がリードする展開であり、木村九段としては懸念している展開になってしまった。特に後手番において事前準備で差をつけられると致命傷になりやすく、逆転で勝ったとはいえ木村九段にも課題が残った。
永瀬王座は8月30日(月)に第34期竜王戦挑戦者決定三番勝負で藤井聡太二冠(19)に敗れ、そこから中1日の対局で心体ともにキツイ状態であっただろう。
王座も2期獲得しており、五番勝負の経験値を積んでいる。一度や二度の負けでくじける永瀬王座ではない。今後の巻き返しは必至だ。
第2局は15日(水)に行われる。
そしてこの両雄は、4日(土)に第4回ABEMAトーナメント準決勝で再び顔をあわせる。
団体戦なのでこの二人が直接対戦するかはわからないが、この結果もシリーズには少なからず影響があるだろう。
五番勝負と合わせて、こちらもご注目いただきたい。