「相手領域内で弾道ミサイルを阻止」しながら「攻撃的兵器ではない」という矛盾
7月31日、自民党は安全保障に関連する会議を開き、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」を持つべきとしながら「攻撃的兵器は保有しない」という内容の提言案を了承しました。来週にも政府に申し入れされる予定です。
検討されていた「敵基地攻撃能力」や「敵基地反撃能力」といった言葉は使われず、「相手領域内で弾道ミサイルを阻止する能力」となったので懲罰的抑止(事実上の報復)を目的とすることはこれで否定されました。目的はあくまで弾道ミサイルの阻止です。
相手領域内で弾道ミサイルを阻止→弾道ミサイル狩り
自民党の提言案は、攻撃という言葉を使わずに穏当な表現で弾道ミサイルの地上撃破を目的とした事実上の攻撃を意図しています。しかし敵国領空に乗り込んでおきながら攻撃的兵器ではないと言い張るのは無理があり、そんなものは存在するはずが無い矛盾した言葉遊び・・・ところが、実はこの条件を名目上クリアする兵器のコンセプトが一つだけ存在します。
レーザー砲搭載ドローンを敵国に乗り込ませて発射直後の弾道ミサイルをブーストフェイズ迎撃
実はアメリカ軍で計画中の弾道ミサイルをブーストフェイズ迎撃する新しいコンセプトがあるのですが、これが迎撃でありながら「相手領域内で弾道ミサイルを阻止」だと言えてしまいます。
とはいえ、おそらくですが自民党の提言案はこのコンセプトは全く念頭に置いておらず、持って回った言い回しがたまたま条件に合致しただけなのでしょうけれども。
これは「敵国領空に多数のレーザー砲搭載ドローンを常時滞空させ、一番近い場所にいるドローンで発射直後の弾道ミサイルを撃墜する」というコンセプトです。隠れながら逃げ回る弾道ミサイル移動発射機を発射前に撃破することは索敵の段階で既に困難ですが、発射直後の弾道ミサイルは膨大な噴射炎でよく目立つのでこれを狙います。
ただし敵国領空で常時滞空する以上は前もって防空網を完全に潰しておく必要があり、結局のところは大規模攻撃とセットになるコンセプトです。それでもミサイル狩りよりは防御的な名目が立つ上に、アメリカ軍は弾道ミサイル阻止でかなり期待できる方法だと考えてMDR2019(ミサイル防衛見直し)報告書に開発配備の方針を掲載しています。
【関連】アメリカ軍が発表した「ミサイル防衛見直し」の要点(2019年1月20日)
このブーストフェイズ迎撃案とミサイル狩りにもどちらにも言えることですが、「前もって敵国の防空網を完全に潰して敵国領空で常時滞空」という作業が必要になり、これは日本単独では国力的に実行不可能という最大の問題を抱えています。また防空網を潰す手間が必要である以上、敵が先制した場合の第一撃は防げません。二撃目以降の対処の話になります。
自民党の提言案ではこれらの問題を解決する方法は提示されていません。必然的にアメリカの力に依存するしかないという結論になります。
なおアメリカ軍では過去に弾道ミサイルのブーストフェイズ迎撃は幾つもの提案が出されては、一部では試験まで行いながら有望と見做されず計画は却下されて、最後に残ったのがこのレーザー砲で接近攻撃するコンセプトです。
- 迎撃ミサイルKEI(地上・海上発射)・・・【敵国領域外】目標の直ぐ近くまで接近させないと間に合わず、模型まで作って計画中止。
- 大型空中レーザー砲AL-1・・・【敵国領域外】大型機にメガワット級レーザーを搭載、迎撃試験に成功するも有効射程が足りず計画中止。
- MD用空対空ミサイルNCADE・・・【敵国領域内】通常の空対空ミサイルで弾道ミサイル標的を撃墜する初期試験まで行うも計画中止。
- 小型レーザー砲搭載ドローン・・・【敵国領域内】空対空ミサイルでは間に合わないのでレーザー砲を採用。開発中。
弾道ミサイル発射直後の上昇段階を狙うブーストフェイズ迎撃は、弾道ミサイルが加速するにつれて届かなくなります。加速しきる前に撃墜せねばならず猶予の時間が非常に短い困難さが実用化を阻み、これまで一つも採用例がありませんでした。最後に残ったこの案も、大量配備の為には小型高出力のレーザー砲を開発せねばならず技術的に近い将来に用意できるのか不透明な面もあります。
Griffin ‘extremely skeptical’ of airborne lasers for missile defense | Defense News
今年5月にアメリカ国防総省の研究・技術部門のトップであるマイケル・グリフィン国防次官(6月に辞職)が弾道ミサイル防衛の空中レーザー砲に「非常に懐疑的」と言い出しています。技術的に要求性能を達成できる目途が立っていないことを窺わせます。
まず可能性は低いとは思いますが自民党提言案の「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」がこの小型レーザー砲搭載ドローンの事だとしても、敵防空網制圧や索敵はアメリカに任せた上で、アメリカのドローンの手伝いをする程度となります。そして小型レーザー砲搭載ドローンの実用化は見込みが立っていないという状況です。
【追記】日本政府の「相手国の壊滅的な破壊のみに用いられる攻撃的兵器=核兵器のことだけど明言しない」という説明
憲法9条で制約される攻撃的兵器の保有禁止について政府の説明は「相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる攻撃的兵器」が一つのまとまった文であり、政府の定義する「攻撃的兵器」とは相手国に壊滅的な破壊のみをもたらす大量破壊兵器、つまり核兵器のことを指していると解釈すれば、相手領域内でいくら通常兵器を使おうと「攻撃的兵器」ではなく、最初から矛盾していないということになります。通常兵器ならば何でも使用できる、そういう意味になります。
そして過去の政府答弁で保有できない攻撃的兵器の具体例として挙げられた大陸間弾道ミサイル、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母は全て「核兵器の運搬手段」を意味していたと解釈できます。ただし核弾頭が小型化されて小さな戦闘機でも運べる時代になっているので、戦略爆撃機や攻撃型空母を例に挙げることはほぼ無意味となっています。
核兵器と明言すればいいのに日本政府がわざと説明してこなかったのは、将来的な保有の可能性を潰さないようにする意図が考えられます。また、相手国国土ではなく「自国国土で壊滅的な破壊をもたらす攻撃的兵器」ならばこの定義では許容されます。侵攻してきた敵に対して自国国土で核兵器を起爆させる戦法は、NATO方式の核兵器シェアリングの考え方そのものであり、日本でも冷戦中に机上演習を行った上で採用が検討されていた戦法だったことが判明しています。
【関連】核兵器シェアリングへの誤解と幻想
日本政府が冷戦時代から半世紀以上「保有が許されない敵国を壊滅させる攻撃的兵器=核兵器とその運搬手段」という定義を続けながら、はっきりと敵国攻撃用の核兵器と明言することをわざと避けてきたとすれば、国民への説明責任を果たしていないとも言えます。