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映画「永遠のジャンゴ」にはジプシーの血に流れている“悲しみ”が描かれていた

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

20世紀のポピュラー音楽における

ギターという楽器を語るときに

絶対と言っていいほど

欠かすことの出来ない巨人が、

ジャンゴ・ラインハルト。

その伝説的なギタリストを

メイン・キャラクターに据え、

歴史サスペンスといった

ストーリー仕立てにしたのが、

この「永遠のジャンゴ」です。

♪ 「永遠のジャンゴ」の概要

画像

時は第二次世界大戦終盤、

ドイツ占領下のパリ。

有名なミュージック・ホールを

沸かせる人気ミュージシャンの

ジャンゴに対して、

ナチスが世論操作を強要する

圧力をかけてくる件から

物語はスタートします。

ノンポリだったジャンゴは

マイペースで自分の音楽のための

活動を続けようとしますが、

時勢はどんどんそれを

許さなくなっていきました。

そんなときに身の危険を

感じる事件を耳にしたり、

魅惑的なファム・ファタール

との出逢いがあるなど、

風雲急を告げる展開へ。

男気に火のついたジャンゴは、

レジスタンスに加担しようとしますが、

果たしてその行方やいかに!

といったサスペンスの味付けが

濃い仕上がりになっています。

♪ 「永遠のジャンゴ」の見どころ

エチエンヌ・コマール監督も

「ジャンゴの生涯を大雑把に見せる

伝記映画を作りたいとは思わなかった」

と述べているように、

この映画は誤解を恐れずに言えば、

ジャンゴというジャズ・ギターの

“神”を主人公に仕立てた、

ミステリーっぽい

歴史エンタテインメント作品、

という感じでしょうか。

音楽的興味を惹いたのは、

ジャンゴの演奏シーン。

ジャンゴ・ラインハルトは、

18歳のときに火事で大やけどを負い、

左手の薬指と小指が麻痺したままで

プロ活動を続けていたことで

知られています。

つまり、ギターの弦を押さえるのは

人差し指と中指の2本、

ときどき親指という

ハンディがありました。

にもかかわらず、

余人を凌駕する演奏をしていた、

その演奏風景をレダ・カテブが

リアリティタップリに再現してくれます。

そしてなによりも、

10数曲ものジャンゴ・メロディを

立体的に楽しめます。

白眉は、自分の出自である

ジプシーのコミュニティに葬送曲がないこと、

戦争で悲惨な最期を遂げた同胞に捧げたい

と思ったことなどがきっかけで

ジャンゴが作曲した「レクイエム」を、

きっとこのように演奏されただろうと

再現したシーンです。

この曲は、ジャンゴがストリングスなど

独自のオーケストラ感を発揮して作った

とされるものですが、

譜面はコードを示した表紙しか残っておらず、

どのように演奏されたかは不明

とされているようです。

それをこの映画では

いわゆる最終楽章のエンディング前の

カデンツァとして挿入。

カデンツァすなわち、

失われた楽譜を委嘱して完成させ、

この映画にふさわしい

シチュエーションで初演された

という“アドリブ”に

仕立ててあるのです。

謎の多い人物だけに、

業績をたどる伝記的な作品にできなかった

という監督の苦労がしのばれる分、

音楽的にもサスペンス的にも

別の意味で楽しめる、

完成度の高い“フェイク”な内容

といえるでしょう。

「永遠のジャンゴ」公式サイト

http://www.eien-django.com

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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