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『バズ・ライトイヤー』「既存の人気シリーズになぜ同性愛要素を入れる必要が?」という批判に対して

斉藤博昭映画ジャーナリスト

ピクサーの新作『バズ・ライトイヤー』は日本では7/1公開だが、中東やアジアの14カ国では公開されないと決まった。アラブ首長国連邦(UAE)をはじめ、サウジアラビア、エジプト、インドネシア、マレーシアなどで、上映が許可されない。中国でも公開されない見通しだ。

この事態はピクサー側も、ある程度、予測したとおりだろう。公開拒否の理由は、女性同士のキスシーンが含まれることで、宗教上の理由から、あるいは同性愛を犯罪とみなす国には受け入れられないのが現実。しかもキスを交わすのが、作品にとってもメインのキャラクターなので、なおさらである。

中国は一部のシーンのカットを求めたというが、プロデューサー側はこれを拒否。作り手側の強い意思が感じられる。このキスシーン、じつは一度カットされていた。しかし今年の3月、親会社のディズニーが社内検閲によって同シーンをカットしたことが発覚。検閲への告発が起こり、キスシーンは復活したのである。

このニュースに関して、日本でもさまざまなコメントが寄せられている。上映禁止というポイントでははく、『バズ・ライトイヤー』にLGBTQ+要素が入ってくることへの意見が多く、擁護派もいれば、反対派、困惑の声……などなど。その中でも目立つのは「すでにファンが多い作品やシリーズに、LGBTQ+の要素をあえて盛り込んでくることへの違和感、反発」である。「そういうのは新しい作品でやって」「主張が強すぎて押しつけがましい」といった趣旨のコメントも。

たしかに『バズ・ライトイヤー』は、『トイ・ストーリー』の人気キャラクターを主人公にした映画で、特大ヒットシリーズの世界観の一部となる。ただ、シリーズの正統な新作ではなく、いわゆるスピンオフ的な作品だ。バズ以外のキャラクターは、新しく作られた。これまで登場したおなじみのキャラクターが「じつはレズビアンでした」というわけではない

この『バズ・ライトイヤー』は、「アンディ少年が観た映画」という設定。『トイ・ストーリー』の主人公アンディの、お気に入りのおもちゃとなったのがスペース・レンジャー、バズのフィギュア。バズを好きになったきっかけの映画は、こんなでした……という内容だ。

ピクサー作品なのでもちろんアニメーションなのだが、ではアンディ少年が観たのは、実写なのか、アニメなのか、それはわからない。しかし映画『バズ・ライトイヤー』に出てくるバズは、「おもちゃ」ではなく「人間」のキャラクターである。

『トイ・ストーリー』の1作目が公開されたのが、1995年(日本は翌1996年)。つまりアンディが観たという映画は、冷静に突き詰めれば、その当時の作品ということになる。スペース・レンジャーが主人公のSFアクション映画で、メインの登場人物がレズビアンというのは、たしかに1990年代ではかなり画期的といえる。そこにツッコミを入れるのは極論ではあるが。

しかし一方で、『バズ・ライトイヤー』は、宇宙への飛行がより日常となった、未来社会を描いた物語(と感じさせる)。そうした未来ではLGBTQ+のキャラクターが、より受け入れやすくなっているのではないか。つまりリアルな描写なのではないか。そんなことも、巡り巡って考えさせる。『トイ・ストーリー』では、おもちゃ同士であるにもかかわらず、男女の恋愛・夫婦関係も描かれていた(映画だから当然だが)。『バズ・ライトイヤー』は、“人間”バズの周囲との関係となるので、未来の地球で“こうなっていてほしい”、あるいは“こういう風景もある”日常を、今回、ピクサーは追求したのではないか。

そして、ここだけは自信をもって伝えたいが、今回の『バズ・ライトイヤー』で一連のニュースのトピックとなっているこの設定は、信じがたいほど物語にナチュラルに溶け込んでいる、ということ。『トイ・ストーリー』のファンの多くは、そこで大きな違和感を受け取ることはないはず。もちろん上映禁止を決めた国の価値観は、別問題ではあるが。

ピクサーはこれまで、2019年公開の『トイ・ストーリー4』ですでに、ウッディの新たな持ち主になったボニーが通う幼稚園で、レズビアンカップルの両親をさりげなく登場させたりしている。2020年公開の『2分の1の魔法』では、短いシーンに登場する警官のキャラクターがレズビアンであることを明言するセリフがあった。同作はこのわずかな描写で、中東4カ国で上映禁止の措置がとられた。このキャラクターの声を演じたのは、レズビアンである脚本家・俳優のリナ・ウェイスだった。

またピクサーは、2020年5月には、ゲイ男性が両親にカミングアウトする短編『Out』をディズニープラスで配信。『あの夏のルカ』、『インサイド・ヘッド』、『ソウルフル・ワールド』といった作品でもLGBTQ+の描写を入れようとしたが、結果的に削除の決定が下されたとされ、ピクサーの方向性が理解できる。本来、こうした側面がニュースなどで流れず、冷静に、自然に受け止められることが理想なのだろうが、作る側も、観る側も、明らかに試行錯誤の過渡期にあることは改めて実感させられる。

『バズ・ライトイヤー』

7月1日(金) 全国ロードショー

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

(C)2022 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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