新型コロナ:臨時病院にも“焼き討ち”「5Gで感染」デマに情報戦の影
「新型コロナは5Gで感染」というデマが各国で流布し続けている。英国では40件以上の通信施設への“焼き討ち”に加えて、関係者への殺害の脅迫といった被害も増え、深刻さを増している。
“焼き討ち”の標的には、新型コロナウイルスの患者受け入れのため、4月にロンドン東部に開設したばかりの4,000床の臨時病院も含まれているという。
英国の調査では、すでに1割近くの人が新型コロナと5Gに「関連がある」と回答している。
日本でもサービスの始まった次世代の高速モバイル通信「5G」と新型コロナを結びつける荒唐無稽なデマが流布する背景には、2016年米大統領選で注目されたような組織的な“フェイクニュースの生態系”が関わっている、と指摘される。
ロシアの政府系メディアや米国の右派サイト、さらにはボットなどが、ソーシャルメディアを舞台に、デマを後押しする。
米国と中国が新型コロナの陰謀論をめぐって批判の応酬をするなど、政府間の情報戦も過熱する。
「人類の危機」とも言われる新型コロナ禍の渦中で、国際政治の思惑が絡んだデマの情報戦が勢いを増している。
●40件超す“焼き討ち”
英ガーディアンの4月14日付の報道によれば、新型コロナと5Gを結び付けたデマで、英国内ではすでに40件を超す携帯電話アンテナへの放火や破壊が行われている、という。
この中には、新型コロナウイルス患者を受け入れるため、4月3日にロンドン東部のイベントホールに開設したばかりの4,000床の臨時病院「ナイチンゲール病院」のアンテナも含まれる。
「ナイチンゲール病院」を含む20件の被害を受けた英ボーダフォン最高経営責任者(CEO)のニック・ジェフリー氏は、自身のリンクトインへの投稿で、こう指摘する。
アンテナを焼き払うということは、重要な国家インフラに損害を与えるということだ。その実態は、家族が最愛の人たちに最後の別れを告げることができなくなる、ということだ。必死で働く医師、看護師、警察官が、子どもたちやパートナー、両親と、一時のやすらぎの語り合いができなくなる、ということのなのだ。
放火犯たちへ、どうか自分のやっていることを考え、そしてやめてほしい。
そして被害を受けた多くの施設はまだ5Gに対応しておらず、4Gや3Gのアンテナだったという。
傘下に携帯電話会社EEを擁する英通信大手BTのCEO、フィリップ・ジャンセン氏は、39人のEEのエンジニアが、デマを信じる人物たちから暴行、誹謗中傷などの攻撃を受けており、その中には殺害の脅迫も含まれている、と訴える。
英調査会社「フォーカルデータ」が英国の成人2,032人を対象に行った調査によると、新型コロナと5Gに「関連がある」と答えたのは8%、「わからない」が19%だった。
英国務相のマイケル・ゴーブ氏は、4月4日の記者会見でデマの拡散について「まったくばかげている。ばかげている上に危険だ」と批判。
世界保健機関(WHO)も、「5Gは新型コロナウイルスを拡散しない」と呼びかけている。
●「ロシア疑惑」と重なる特徴
これらのデータは、ここで使われているいくつかのアカウントが、虚偽情報の工作に携わっていることを極めて強く示している。
米ブルームバーグの取材に対し、クウェートのハマド・ビン・ハリーファ大学助教、マーク・オーウェン・ジョーンズ氏はそう指摘している。
ジョーンズ氏は4月1日から4日までの期間で、「5G」と「コロナ」に言及したツイート2万2,000件を収集。その拡散の状況を分析した。
その結果、多くのアカウントが“不正行為”に関与しており、それらには国家レベルの情報戦の特徴が見られた、という。しかも、この情報戦の展開には、ロシアの“フェイクニュース工場”と呼ばれる業者「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」と似通った特徴がうかがえるのだという。
IRAは2016年の米大統領選で、ロシアによる選挙介入「ロシア疑惑」において、フェイクニュースなどによる情報工作を担った組織として知られている。
※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(02/18/2018 新聞紙学的)
※参照:米社会分断に狙い、ロシア製3500件のフェイスブック広告からわかること(05/14/2018 新聞紙学的)
※参照:ロシア発のフェイクニュースがアフリカからやってくる(03/13/2020 新聞紙学的)
フェイクニュース分析を行う米調査会社「ブラックバード.AI」の最高技術責任者(CTO)で共同創設者のナイシャド・ウッザマン氏も、ツイッターと米ネット掲示板「レディット」で、24時間で5万件もの関連投稿が急増した、と指摘。
これが組織的キャンペーンでボットのアカウントなどが使われている可能性がある、とブルームバーグの取材で述べている。
●政府系メディアが後押しする
米ニューヨーク・タイムズによれば、5Gをめぐっては、「脳腫瘍、不妊、自閉症、心臓腫瘍、アルツハイマー」などと結び付けた科学的根拠のない情報が、新型コロナ禍以前から出回っていたという。
同紙は、米国内でその一翼を担っていたのが、ロシアの政府系メディア「RTアメリカ」だったという。
「RTアメリカ」は2019年には、「5G黙示録」といったタイトルなどで、5月までに7回にわたってこのテーマを扱っていた、という。
ニューヨーク・タイムズの4月10日の報道では、487のフェイスブック・グループなどのフェイスブック上のコミュニティ、84のインスタグラムのアカウント、52のツイッターのアカウント、などが「5Gと新型コロナ」のデマを発信。
フェイスブックのコミュニティは直近2週間で合わせて50万人を超すフォロワーを獲得。インスタグラムでは、4月に入ってから、ネットワーク化した40のアカウントで合計フォロワー数は5万8,800人へとほぼ倍増したという。
また、ユーチューブで「5Gと新型コロナ」を扱った上位10本の動画の3月中の視聴回数は計580万回に上るという。さらに、フェイスブック上での投稿はスイスやウルグアイ、日本を含めて30カ国以上で確認できたという。
携帯電話の電波と健康との関連については、WHO傘下の国際がん研究機関(IARC)が2011年に発がんリスクについての報告を発表。5段階[グループ 1(十分に発がん性あり)・2A(おそらく発がん性あり)・2B(発がん性が疑われる)・3(発がん性物質として分類できない)・4(おそらく発がん性がない)]ある発がんリスクのうちの「グループ2B」であるとしている。
だが、今回の新型コロナと5Gの関連を示すような科学的根拠のある公表データはない。
●武漢と5Gを結びつける
米メディア調査会社「ジグナル・ラボ」が、5Gと新型コロナに関する69万9,000件のツイートを分析したところ、この両者を結びつける投稿が最初にあったのは、中国・武漢での感染拡大が国際的な注目を集めていた1月19日。
武漢で5G施設の整備が進んでいたことと、新型コロナの感染の中心地であったことを、結びつける内容だった、という。
英ワイアードによると、さらに3日後の1月22日、ベルギーの新聞、ヘット・ラーツテ・ニウスが「5Gは命に関わる」との見出しで現地の医師のインタビュー記事を掲載。医師は、5Gと新型コロナとの結びつき示唆するような発言をしていた。
記事はのちに削除されたが、フェイスブック傘下の調査会社「クラウドタングル」のデータによると、11万5,000人の目に触れた、という。
さらに、1月30日からは「インフォウォーズ」などの米右派サイトもこれを取り上げる。
「インフォウォーズ」は、2016年の米大統領選にからみ、首都ワシントンのピザ店が児童虐待の地下組織の拠点だとする陰謀論「ピザゲート」を拡散したことで知られる。
大統領選後の2016年12月、「ピザゲート」の陰謀論を信じた男性が、同店に押し入り、自動小銃を発射するという事件が起きている。
※参照:“ピザゲート”発砲事件 陰謀論がリアルの脅威になる(12/10/2016 新聞紙学的)
※参照:フェイクニュース発砲事件は、なぜ起きたのか~『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』第1章を全文公開(06/30/2017 新聞紙学的)
新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、5Gをめぐるデマはソーシャルメディア上で拡散。「ジグナル・ラボ」の調べでは、ユーチューブでは関連動画が3月だけで合わせて約200万回視聴された、という。
ここに以前からある様々な陰謀論が組み合わさり、「5Gが免疫システムを低下させ、新型コロナウイルスの症状を悪化させる」「新型コロナウイルスの都市封鎖は、5Gネットワーク導入を隠蔽するため」「これにはビル・ゲイツ氏が関与している」などのデマが派生しているという。
※参照:中国コロナウイルスでフェイク拡散:それは“ビル・ゲイツの陰謀”ではない(01/26/2020 新聞紙学的)
また、ハリウッド俳優のジョン・キューザック氏やウディ・ハレルソン氏といった著名人もその拡散に加わり、勢いを増したようだ。
●国際政治の情報戦
新型コロナウイルスは、すでに国際政治の情報戦としても動き出している。
※参照:新型コロナのデマが情報戦の「武器」になる(03/11/2020 新聞紙学的)
※参照:新型コロナウイルス:「生物兵器」の陰謀論、政治家やメディアが振りまく(02/22/2020 新聞紙学的)
特に、米国の政治家らが「中国の生物兵器」とのデマを発信する一方、中国外務省幹部が「米軍が武漢に持ち込んだもの」と主張(のちに訂正)する場面もあった。
その中で、欧米での新型コロナ感染拡大が加速した3月から4月にかけて、急速に広がった「5Gと新型コロナ」のデマ。
2016年の米大統領選と同じ構図と指摘される情報拡散は、しかし未曾有の感染症の広がりの中で、英臨時病院のモバイルアンテナ損壊、殺害の脅迫など、深刻な影響をもたらし始めている。
●フェイスブック、ユーチューブが削除
プラットフォームも動き出している。
フェイスブックは新型コロナウイルスが「5Gで拡散」などとするデマの発信源になっていたフェイスブック・グループの削除に乗り出した。
5Gのアンテナ破壊を扇動するコンテンツは、明らかにフェイスブックのポリシー違反に該当する。我々は当該のフェイスブック・ページ、フェイスブック・グループ、そして投稿を削除した。
英ガーディアンの4月12日付の報道によると、フェイスブックはそのような声明を出した。
また英BBCの7日付の報道によると、ユーチューブも同じく新型コロナウイルスと5Gを結びつける動画コンテンツの削除に乗り出した、という。
●感染対策への障害
英国立イーストアングリア大学教授で感染症を専門とするポール・ハンター氏らは、今回の新型コロナ禍以前に起きたインフルエンザなどのデータをもとに、感染症とデマの広がりの影響をコンピューターでシミュレーション。
その結果、感染症に関するデマの氾濫は、そのデマを信じた人が感染拡大につながる危険な行動をとることで、感染状況を悪化させることにつながった、という。
※参照:新型コロナウイルス:デマの氾濫は感染拡大を悪化させてしまう(02/15/2020 新聞紙学的)
国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏は、3月19日の声明の中で、「とりわけ、今回の事態は人類の危機であり、連帯が必要だ」と述べている。
デマの拡散は、その大きな障害となっている。
(※2020年4月15日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)