新500円玉の対応に苦慮するゲーセン さらに待ち受ける「2024年問題」とは
昨年11月1日から発行された新500円硬貨。筆者はまだ片手で数えるほどしか見たことがないが、財務省はホームページで「令和3年度は2億枚の発行を予定しており、今後、徐々に流通量が増加していく見込み」と発表している。
新硬貨、または紙幣が発行されるたびに少なからず負担を強いられるのが、長らくコインオペレーションを基本とするゲームセンターだ。なぜかと言えば、店舗の必需品である両替機やメダル貸出機、あるいは各種ゲーム機に備え付けられたコインセレクター(硬貨選別機)や紙幣識別機を交換する必要があるからだ。
しかも現在はコロナ禍のため、どこのオペレーター(ゲームセンター経営会社)も経営状況は総じて厳しい。筆者が見て回った限りでは、3月になってから新コインセレクターを導入した店舗が散見されるようになったが、いまだに導入していない所も非常に多い印象を受ける。
オペレーターには最悪と言っても過言ではないであろう、このタイミングでの新硬貨の発行によって、ゲームセンターにどのような影響が出ているのだろうか? 各社の対応状況を取材してみた。
対応状況は各社さまざま。交換費用は少なからず負担に
最大手のオペレーターで「モーリーファンタジー」などの店舗を経営するイオンファンタジーに、両替機やメダル貸出機に新500円硬貨対応のコインセレクターを導入したのかを伺うと「導入しています」とのことだった。
同じく、大手のGENDA GiGO Entertainment(※旧称はGENDA SEGA Entertainment。以下、GENDA)にも質問すると「現時点では未導入となっております。両替機は7月以降、新硬貨対応を順次進めていく予定です」との回答をいただいた。
さらに、新コインセレクターを導入していない後者に、日々の営業で手間にならないのかも聞いたところ「現状、両替対応はスタッフによる手両替を実施しています。店舗当たりの対応件数は、週に数件と多くありませんが、ここ最近は増加傾向にあります」という。
地方のオペレーターや、個人経営の小規模店の対応状況も聞いてみた。
東日本を中心に、数軒の店舗を経営する某オペレーターは「両替機、メダル貸出機は新硬貨に対応しておりますが、集金時に両替機から新硬貨が出てくることはあまりないですね」とのこと。
また、関西でビデオゲームを中心とした小規模店を経営する店長によると、3月から両替機に新コインセレクターを導入したが、コロナ禍以来ずっと赤字が続いていることもあり、経営面で「大きな負担になっている」そうだ。
負担であるならば、前出のGENDAと同様に導入を先送りしたらいいのではと思われるかもしれないが、そうはいかない事情がある。
「もし交換しなかった場合は、新硬貨の両替を希望するお客様が来店されるたびにスタッフが手両替をする必要があり、ワンオペの当店としては新硬貨が普及する前に対応する必要がありました。なので、やむを得ない支出と考えています」(前出の個人経営店長)
コインセレクターの交換費用は、店舗にとってはけっしてバカにできない。筆者も店長時代、2000年に(当時の)新500円硬貨と2千円札が発行されたときに両替機やメダル貸出機、500円硬貨対応の各種ゲーム機に新コインセレクター、および新紙幣の識別機を導入すべきか否か、非常に悩んだ経験がある。
(※結局、1台に1~2万円ほどかかるので経費節約のため、両替機とメダル貸出機のみ、新コインセレクターに交換したと記憶している)
事実、イオンファンタジーからは「両替機などは必ず店舗に設置しているため、負担としての認識はあります」とのコメントもいただいた。
一方、GENDAは「店舗の経営負担になるという認識はありません」という。その理由は、両替機には新コインセレクターの導入予定があるものの、個々のゲーム機にまでは導入する予定がないからだ。
かつて、筆者が現場にいた90年代後半~2000年代の前半は、多くのプライズ(景品)ゲーム機に500円硬貨専用のコイン投入口があり、先に500円硬貨を投入すると6プレイ、すなわち100円ずつ入れて遊ぶよりも1回おトクになる定番のオペレーションがあった。だが、現在では500円硬貨に対応したプライズゲーム機はほとんど見掛けなくなり、GENDAのように個々のゲームを改造しなくても営業に支障が出ないと判断している所が多いようだ。
また、近年は電子マネー決済システムが普及したこともあり、前出の地方オペレーターも「今は電子マネーがありますので、新硬貨の持ち込みが少ないように感じます。ゲーム機には新コインセレクターを一切導入していませんが、売上が減った実感はありません」とのことで、新コインセレクターの導入前後で売上の変化は特にないそうだ。
現在、多くのゲームセンターではプライズゲームを中心としたオペレーションになっている。もし昔ながらの500円硬貨を使用したオペレーションが続いていたならば、昨今の人気に水を差される手痛い出費になっていたかもしれないが、今のところ深刻な影響が出ていなかったのは幸いであった。
硬貨の入金、両替手数料への影響も現状は皆無
以前に拙稿「ゲームセンター経営をじわじわ圧迫する『100円玉の両替手数料』」でも紹介したように、今では金融機関で硬貨の入金や両替をすると、枚数などに応じた手数料を徴収されるようになった。
コロナ禍も重なり「手数料は負担になっています」(前出の地方オペレーター)そうで、またイオンファンタジーも負担との認識は示さなかったが「数年前と比べて手数料にかかる金額は高くなっております」とのコメントをいただいた。だが今回の取材では、新500円硬貨の影響で両替や入金コストがアップしたと話すオペレーターはいなかった。
かつて2002年に登場した、トレーディングカードを使用したサッカーゲーム「WCCF(WORLD CLUB Champion Football)」の大ヒットを機に、各店舗で500円硬貨、および500円硬貨の専用両替機の需要がにわかに高まった時期があったが、昨今では500円硬貨ありきのタイトルは出てこなくなった。昔に比べて新作のリリースが減っていることもあり、今後も新500円硬貨が手数料を押し上げる要因になることはどうやらなさそうだ。
製造メーカーも厳しい状況に
両替機やコインセレクター、紙幣識別機を製造・販売するメーカーの状況はどうなっているのだろうか。
老舗メーカーのひとつである旭精工に、新コインセレクターや両替機の販売状況を伺ったところ「アーケードゲーム機器メーカーやオペレーター様に特化すると、当初の予定よりは受注数は減り、売上も下降しております。業界内でも、プライズマシンが増台され、プライズマシン向け製品の需要が増えており、業界の今後の発展を期待するところです」とのことで、新硬貨発行による特需は起きていなかった。
ただし、同社の売上が減ったのは電子マネー決済システムの普及が原因ではないそうだ。ゲームセンター向けの需要に限れば、コロナ禍以前から続くゲームセンターの店舗数、およびゲーム機類の設置台数が減少した影響が大きかったのだろう。
その一方で、「集金カートのように、100円と500円硬貨の数を、日夜数える機械の需要が逆に売上を伸ばしております」(旭精工)という。たとえ経営が厳しくても、店舗では業務の効率化につながるのであれば、相応の投資もけっしてやぶさかではないようだ。
(参考リンク)
一難去ってまた一難。業界に待ち受ける「2024年問題」
繰り返しになるが、新500円硬貨の対応は総じて負担になっているものの、経営面で深刻なダメージを受けたというオペレーターの声は聞かれなかった。
だが、安心するのはまだ早い。なぜなら2年後の2024年上半期には、今回よりもはるかに厄介な問題になるであろう、新札(※千円、5千円、1万円札の3種類)の発行が予定されているからだ。
電子マネー決済システムが普及している現在でも、2千円札をのぞく各種紙幣は、両替機に投入される頻度が500円硬貨とは比較にならないほど多い。よって新札の発行後は、早急に新たな識別機を導入しておかないと店舗スタッフの手間が増え、ひいては店舗の売上ロスにつながる可能性が非常に高いと思われる。
さらに取材を進めたところ、非常に気になる情報をつかんだ。
とあるディストリビューター(※アーケードゲーム機の流通業者)からの情報によると、両替機用の新コインセレクターをある製造メーカーに注文したところ「それは古い機種だから非対応なので、お売りできません」と、実際にはセットするとちゃんと動くにもかかわらず、販売を断られたというのだ。
もし新札発行の際も、メーカーが古い両替機に対応した新識別機の販売を拒否した場合は、店舗では新札に対応した両替機にまるごと買い換える必要が生じ、さらに出費がかさむことになる。
前出の小規模店の店長によると「両替機の買い換えとなると、中古でも50万円規模の出費になってしまう」というのだから、いかに深刻な状況になるのかがわかっていただけるだろう。
もうひとつ、新札発行時の大きな不安要素がある。それは世界的な半導体不足だ。
旭精工によると「世の中のさまざまなモノが値上がり、もちろん弊社が購入している部品等の価格も高騰しております。やむを得ない状況から、価格の改定を適時行っております。また今後に関しましても、昨今の中国の主要都市のロックダウン、ロシアのウクライナ侵攻により、さらに状況は悪化するものと思われます。
ここ1〜2年は、非常に厳しい状況になると予想しております」という。
実は前出のGENDAが、新500円硬貨は「7月以降、順次対応」と答えた理由も、半導体の不足による納期の遅延が一因だったのだ。
昔と違って、今のコインセレクターや紙幣識別機は電子式、すなわち部品に半導体を使用しているのだが、まさかこんなところにまで半導体不足の影響が出ていたとは……。新札発行までの間に、はたして十分な量の識別機や両替機を製造できるのだろうか? 仮に製造できたとしても、もし販売価格が高騰した場合は、店舗側は極めて深刻なダメージを受けるだろう。
現時点で「皆様に、ご迷惑をお掛けしないように企業努力を重ねておりますが、その努力を超える状況となっておりますことをご理解いただけると幸いです」(旭精工)というのだから、事は非常に重大であると思われる。
店舗によっては、コロナ禍以前の売上に回復した所もあると聞くが、業界全体ではまだまだ厳しい状況が続いている。イオンファンタジーですら、3Qの売上高は426億2千5百万円で前年同期比41.0%増となった一方、39億3千万円の営業損失を計上し、閉店が相次ぎ総店舗数を減らしているのが現状だ。(※数字は同社の「2022年2月期 第3四半期決算短信」による)
今後もコロナ禍と半導体不足が続くようであれば、新識別機を導入する店舗への補助金制度の導入や、あるいは製造に必要な部品類の早期確保を、業界団体を通じて政府に働きかける必要が生じるかもしれない。