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Nスペ『原爆初動調査 隠された真実』に見る、「8月ジャーナリズム」の意義

碓井広義メディア文化評論家
長崎・平和祈念像(写真:アフロ)

戦争報道の8月

毎年8月、「原爆の日」や「終戦記念日」に合わせるかのように、新聞やテレビなどのメディアが、戦争や平和についての報道を展開します。

いわゆる「8月ジャーナリズム」と呼ばれるものです。

この言葉には、戦争報道の「風物詩化」と他の時期の「沈黙」を揶揄(やゆ)するニュアンスが込められてきました。

しかし近年、特に民放テレビに関して言えば、「8月ジャーナリズム」どころか、8月に放送される戦争・終戦関連番組自体が減少傾向です。

確かに、新たなテーマを見つけ、手間をかけて制作しても、大きく視聴率を稼げるわけではありません。

ビジネスの観点から敬遠する風潮があるのは事実でしょう。

Nスペ『原爆初動調査 隠された真実』

一方、NHKは今年、8月前半だけで10数本もの関連番組を組んでいます。

その中の1本として、「長崎原爆の日」である9日に放送されたのが、NHKスペシャル『原爆初動調査 隠された真実』でした。

敗戦直後に広島と長崎で行われた、アメリカ軍による「原爆の効果と被害」の現地調査。

その際、「残留放射線」を計測した科学者たちは、「人体への影響」の可能性を指摘していました。

ところが日米両政府は、この残留放射線を「なかったこと」として、認めようとしなかったのです。

番組は、残留放射線による被害の実態と、国家の思惑によって、真実が隠蔽(いんぺい)されたプロセスを明らかにしていく。

実例の一つが、長崎の爆心地からは距離のある、山あいの「西山地区」です。

直接の被害は受けなかったのですが、地区全体に大量の灰や黒い雨が降りました。

実は、初動調査チームは住民の血液検査を行って、白血病を発症する可能性が高いことを認識していたのです。

しかし、原爆開発の助けとなる「観察するのに理想的な集団」と判断して、不都合な真実を隠しました。

まるで動物実験のような扱いであり、その後、住民たちの「原因不明の死」が続いたのです。

もしも当時の日米両政府が、初動調査の結果を明らかにして、被爆した人たちへの適切な医療や補償を行っていたらと思わずにいられません。

今年7月末、広島で「黒い雨」を浴びた、被爆地域外の人たちを被爆者として認め、被爆者健康手帳の交付を命じた広島高裁の判決が確定しました。

では、長崎についてはどうなのか。今もなお、原爆をめぐる問題は現在進行形です。

「8月ジャーナリズム」の意義

また印象的だったのは、登場する国内外の人物の多くが、原爆の当事者ではなく、その遺族や子孫であることでした。

原爆投下から76年という長い時間が経過しているためです。

しかし、埋もれた資料を発掘し、証言を集め、新たな視点で事実の奥にある真実に迫ろうとする姿勢は、しっかり継承されていました。

戦争という惨禍の実相と平和の大切さを伝え続ける「8月ジャーナリズム」。

たとえ揶揄されようと、十分意義があると言えるのではないでしょうか。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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