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訪日を中止した台湾オードリー・タン氏、両親の教育には『窓ぎわのトットちゃん』の影響があった

中島恵ジャーナリスト
オードリー・タン氏に関する書籍は多い(筆者撮影)

 7月23日に行われる東京オリンピックの開会式への出席が予定されていた台湾のデジタル担当相、オードリー・タン(唐鳳)氏だが、7月18日に急きょ、訪日をキャンセルすると発表した。台湾の行政院によると、国際オリンピック委員会(IOC)が新型コロナウイルス対策のため、開会式に出席できる人数を制限したことによるという。

タン氏がツイッターで語ったこと

 タン氏は訪日中止について、自身のツイッターに以下のように書いている。

「東京オリンピックの防疫対策に協力するため、私は総統および行政院長と話し合った結果、日本への訪問をキャンセルすることにしました。

 予定は変わりましたが、私にとって3つのことは変わりません。 1.選手たちを応援する気持ち、2.オリンピックをサポートする気持ち、3.日本への感謝の心は変わりません」

 また、日本人が数々の困難を乗り越え、世界に貢献してきたことや、日本を訪れて、台湾と日本の交流に貢献したいとの思いを“日本語”で語った。

 このツイッターを見た多くの日本人からは「さすが、オードリー・タンさん」「日本人の心情に寄り添ってくれた」などと感謝と称賛の声が巻き起こった。

日本での抜群の人気の高さ

 オードリー・タン氏といえば、35歳の若さで蔡英文政権に入閣し、デジタル担当大臣となったことで一躍有名になった。

 新型コロナウイルスの影響で深刻なマスク不足に見舞われた2020年には、マスク不足を解消するためにITを駆使し、IT技術者らとともにマスク販売店の在庫がわかるアプリを開発するなど、さまざまな施策を迅速に実行に移し、注目を集めた。

 タン氏は日本での人気も非常に高い。日本のアマゾンで検索しても、タン氏に関連する書籍や雑誌の特集は10冊以上に上っており、タン氏の考え方や言動に賛同する日本人は多い。

 もし、東京五輪の開会式のために来日できていたとしたら、多くの日本人がその一挙手一投足に注目し、歓迎の気持ちを表したことだろう。だが、今回の決断に対し「やはり、タン氏は日本のことを心から思ってくれている」と感じ、むしろ、訪日の中止によって、その評価は高まったとさえいえるかもしれない。

タン氏の両親が参考にした日本の本

 そんなタン氏について、インタビュー記事、書籍などが多いことからもわかる通り、日本ではすでにさまざまなエピソードが知られているが、そのひとつが、決して順風満帆ではなかったタン氏の前半生だ。

 IQが180以上あるといわれているタン氏だが、頭が良すぎたことや、心臓の病気などがあり、子どもの頃は学校での集団生活に馴染むことができなかった。転校を繰り返した結果、いじめに遭い、不登校になったつらい経験がある。

 新聞社に勤務していた両親もタン氏の教育のことで悩んでいたが、そんなとき、両親の目に留まったのが、黒柳徹子さんの著書『窓ぎわのトットちゃん』だったといわれている。

『窓ぎわのトットちゃん』は、よく知られている通り、1981年に講談社から発売された黒柳徹子さんの自伝的物語だ。黒柳さんが通ったトモエ学園という学校でのエピソードや校長先生とのやりとり、同校の教育方法などについて詳細に書かれていて、大ベストセラーになった。

 同書の日本での累計発行部数は約800万部。世界35ヵ国・地域でも翻訳され、とくに中国では約1000万部の爆発的大ヒットとなり、日本での発行部数を超えた。

 むろん、台湾でも大ヒットとなり、タン氏の両親も同書を読んで感激し、子育ての参考にしたといわれている。

 タン氏の半生を知ると、不思議と黒柳徹子さんとオーバーラップするところがある。

 そのひとつが、2人の幼少期だ。タン氏については前述した通りだが、黒柳さんも幼少期は「問題児」とされ、小学校1年のときに退学させられた経験がある。

すばらしい校長先生との出会い

 黒柳さんはトモエ学園で小林宗作先生という校長先生に出会い、人生が大きく変わる。黒柳さんが他の子どもと少し違う言動を取ることがあっても、小林先生はそれを温かく見守り、「君は、本当は、いい子なんだよ」と優しく語りかけてくれたという。この言葉は黒柳さんを支えていく大きな原動力となった。

 タン氏も同様に、中学時代の校長先生との忘れがたい出会いがあった。

 タン氏は「中学を中退して独学で学びたい」と思っていたが、当初、校長先生は「あなたが憧れるアメリカの大学の教授たちと一緒に仕事をするためには、よい大学にいかなければならない。あと10年は学校で勉強すべきだ」といったという。

 だが、タン氏の強い思いを聞いて考え直し、中学は義務教育であるにもかかわらず、タン氏の考えを受け入れてくれた。

 タン氏の著書によると、「明日からもう学校にこなくていいよ。あとは私が何とかするから」と声を掛けてくれたという。このときの校長先生の言葉が、のちのタン氏の人生を大きく変えていくきっかけになった。

 両親も賛成し、背中を押してくれたが、両親が行った教育の背景には『窓ぎわのトットちゃん』という日本の本の存在があったのだ。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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