元サッカー日本代表 福西崇史氏が論文にした「得点の起点となったプレーを伝えるサッカー中継」とは何か?
「誰がジダンへパスを出したか?」 得点の起点者に注目するサッカー中継の実現
「誰がジダンへパスを出したのか?」
1998年に開催されたFIFAワールドカップ・フランス大会。参加国数が24から32に増えた初の大会、日本代表が長年の夢だった初出場を果たすなどエポックメイキングな大会となった。
決勝戦はフランス代表がブラジル代表相手にセットプレーからジネディーヌ・ジダン選手が2得点、ボランチである愛称マヌ(Manu)ことエマニュエル・プティ選手が3点目を決め、フランスに初優勝をもたらした(プティはコーナーキックからジダンの得点もアシストしている)。
大会中に何度も決定機や得点などで見られたFWユーリ・ジョルカエフへのラストパスを放つ「司令塔」ジダンの存在。だが、絶対的な司令塔へパスを送った存在は、サッカーメディアや一部ファン以外には誰も知られてはいない。まさにプティはジダンへパスを供給した人で、決定機の「きっかけ」をつくりフランスのW杯初優勝をたぐりよせた。
スポーツの世界において、おそらく最も注目を浴びる瞬間は得点が決まる瞬間だろう。しかし、これらの陰には必ず試合を動かし勝利への道を切り拓いたプレーが潜んでいるものだ。この視点を強調して、試合の本質を深く追求したのが元サッカー日本代表で現在はNHK解説者などで活躍する福西崇史氏(47)だ。
福西氏はプロ選手としてのキャリアを終えた後、早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科に入学。修士論文において得点の起点となったプレーを伝えるサッカー中継として「起点者」というコンセプトを提唱した。
この新しいアプローチは試合の本質に、引いてはサッカーの本質にスポットを当て、我々に新たな考察を提供している。今回は福西氏の早稲田大学院時代の論文に焦点を当て、その思考や今後の展望に迫ってみた。
◯福西崇史氏の論文
指導教員 平田 竹男教授
*記事中の画像で特に表記のないものは福西氏からの提供による
プロサッカー界から大学院生へ ― 進学背景とモチベーション
ーなぜ、早稲田大学大学院の修士課程に入ろうと思ったのでしょうか。
福西崇史氏(以下、福西) コロナ禍の影響と個人的な要因がいくつか重なり、自分のスキルやキャリアを向上させていかなければと考えていた時期でした。
ちょうどそんな時です。早稲田大学院の卒業生である先輩から、大学院での経験について聞く機会があったんですが、そこから学びながら成長できる環境に興味を持つようになりました。
ただ、興味があるからといってすぐに進学できるわけではありません。仕事や生活がある中で実際にやっていけるのかという不安がかなりありました。そしたら同じくプロサッカー選手である長澤和輝選手(ベガルタ仙台)が、アスリートでありながらもリモートでの学習やスケジュール調整を行いながら大学院に通っていることを知ったのです。仕事と両立できるのであれば自分も挑戦してみたい、そんな思いから実際の進学が進展していきました。
ー具体的に大学院で学びたいことがあったのでしょうか?あるいは、成長の機会がある環境に飛び込むことに意欲があったのでしょうか。
福西 自分の成長を追求することが主なモチベーションでしたね。特に学歴を意識していたわけではなく「大学院で何を学べるのか、自分にとってどんな価値が生まれるのか、人間関係がどう変わるか」といった自分自身の変化に興味がありました。
一方で、すごく明確な目標があったわけではないですが、大学院での経験が自分にとって有益なものになるだろうという感覚はありました。例えば、私は解説者としてサッカーについて深く掘り下げたり、言葉でそれを伝えたりする仕事をしているので「言いたいことは何か」を明確にすることは非常に重要なんです。
論文を書く際には言葉の使い方が鍵となるので、ゼミでの授業や課題を通じて自分の言語スキルや表現力の向上、思考の整理という面では役立つ経験になるだろうと思っていました。
1年間の学びと多彩なゼミ生との交流
ー長いようで短い1年間、学びや気づきの多い時間であったかと思います。筆者も以前、平田ゼミで1年間学ばせていただきました。
福西 そうですよね、先輩ですよね(笑) 論理的な物事の見方や組み立て方をするという意識が高まってきたと感じますね。
あと、職業柄、感情や思いが先行してしまいがちですが、いかに分かりやすく話を組み立てて伝えられるかについては、これまでも考える機会は多かったのですが、論理的に情報を構築し伝える必要性をより意識的に捉えるようになりました。
ー平田先生の口癖に「3つにまとめよ」という言葉があります。
福西 ありますね。サッカーの解説では情報を端的に伝える必要があるので、その点は普段から意識していました。回答が端的で分かりやすいと褒めていただけることもありました。
でも、一方で、私の説明には現象の説明はあっても自分の考察が欠けているという指摘をいただいたこともありました。講義の中で、サッカーの解説の準備をしていて、自分なりに調査をし、それに基づいて解説を進めたのですが「それに対するあなたの考察がないじゃないか」と先生に指摘されたのです。現象の説明をしてから個人的な考察を述べる、という流れができていなかった。自分の伝え方を見直すきっかけとなりましたね。
ーゼミには、様々な業種のメンバーがいらっしゃったと思います。1年間を通して、メンバーとの交流という面もプラスになったのでは。
福西 皆さん忙しくて、全員が揃う機会は少なかったのですが、顔を合わせると、それぞれの世界の悩みを聞き合っていました。彼らがどんな捉え方をしているのかを知ることができたのは、自分にとって良い経験でした。
ラグビーの五郎丸歩さんも同じ平田ゼミで1年間いっしょに学んだ仲間なのですが、彼とはラグビーやサッカーなどお互いの競技についてよく話していました。また、二人ともジュビロのグラウンドを使っていたので、グラウンド状況の悩みについて話すこともありました。実はジュビロではラグビーの日程って、サッカーの日程が確定した後で調整するんです。夏過ぎあたりにサッカーの日程が確定して落ち着いた頃に、彼がこれから試合のマーケティング活動だと言っていたのを覚えています。
また、それぞれの論文の進捗状況についても共有していました。論文が完成するまでの過程や、制作に関する苦労を知った上での関係性が築かれるので、今でも同志として応援する気持ちは非常に強いです。
「起点者」をコンセプトに提案、サッカー中継の新しい風景
ー福西さんは「起点者」というテーマで修士論文を書かれました。何故このようなテーマにされたのでしょうか。
福西 論文の制作にあたって、自分自身の今後のキャリアのプラスになる論文を書くようにと言われました。なので、自分の目標である”サッカー界の盛り上がり”に繋がることを取り上げたい。そこで最初に思いついたのは、自分がプレーしていたポジションであるボランチの選手の成長に焦点を当てました。
ボランチにフォーカスを絞り、選手たちの成長について深く掘り下げていたのですが、調べているうち、ボランチの選手を育てるための確立された方法が存在しないことに気づかされたのです。例えば私のように他のポジションから移ってボランチをプレーし始めて成功するケースもあれば、長い間ボランチをプレーし理解を深めながら成長するケースもある。場合によってはサッカーを途中から始めても日本代表になるような選手もいます。このように、ボランチ選手を育てる方法には多様性があり、セオリー的なアプローチが正直難しかった。
そんな時でした。あれは2022年の夏頃だったでしょうか。先生と話をしていて、自身の役割について考える機会があったんです。自分は解説者としてサッカーを解説しているけれど、何を一番伝えたいのだろう?と。
多くの人がサッカーにおいて得点を重視する傾向があるなか、私は得点やアシストだけでなく、その得点の起点となったプレーに焦点を当てることで、サッカーの本質を伝えられるのではないかと思いついたのです。サッカーに詳しくない人たちにも理解が広がり、サッカーリテラシーが向上する。さらにリテラシーの向上によってサッカー界が盛り上がるという、最初に抱いていた漠然とした目標に繋がっていくのではないかなと思えました。それで「起点者」というテーマで進めていくことになりました。
ー素晴らしい着眼点だと思います。画面には映っていないけれど、得点の起点となったプレーに光を当てるということですね。
福西 そういう側面に光を当てると、今後サッカーを観戦する時もボールがないところの動きにも興味が湧いて、より楽しく観戦できるかもしれない。ボールを持つ選手だけでなく、後方で支える選手たちの存在もきになってくる。これがサッカーの見方であって、サッカーの観戦です。
サッカーはチームスポーツです、みんなの力で試合を作りあげる要素がある競技です。その意味においても、ボランチの選手が試合の中で様々な役割を果たしていることにもっと注目してほしいという、僕自身の思いも実は遠回しに込められているんです。
ー実際に論文を執筆する過程では、どんな部分に苦労されましたか。
福西 論文の研究の段階で2022年W杯アジア最終予選や、カタールW杯本大会について、テレビやABEMAで実況者・解説者の言及の内容を細かく調査したのです。その文字起こしが一番時間がかかったかもしれませんね(笑)。自分のサッカー観や伝えたいことを整理して文章にすることはできるのですが、アジア最終予選のNHKの放送で誰がどう喋っていたかを文字に起こして分析する作業は、今だから言えますが本当骨が折れましたね。
ー執筆後、ご自身の周りで何か変化は感じましたか?
福西 人とのつながりに関しては大学院を卒業したことで、「私も卒業しましたよ」と声をかけてくださる方がいたり「論文読みましたよ」と言って下さる方が増えました。また、大学院の先輩や後輩としての新たな人脈が広がっている実感があります。ただ、論文を発表したことに対する直接的な変化については、現時点では特に実感はないですね。
ー「得点の起点となったプレーを伝えるサッカー中継」ということで、今後期待される変化はありますか?
福西 サッカーの試合を放映するには、実況者と解説者がいて裏では制作チームが映像を制作してくれて、はじめて良い中継が実現できます。実況者の中にはサッカーに対する深い知識を持っている方もいれば、情報を引き出す能力に長けている方もいますし、分野横断的な幅広い知識を持っている方もいます。逆に、過剰に情報を伝えすぎることもあれば、一つの側面しか見えないこともあるかもしれません。そういった様々なタイプの実況者の方と協力し、上手く連携することが良い放送に繋がる鍵だと思ってます。そのため、全員が同じ話し方をする必要はないと思いますし、そうあるべきでもないと考えます。
ただ、この「起点」の概念をキーにして話すことが、きっかけになったらいいと思っています。ダブルボランチの選手の特徴や前衛と守備の選手、そして監督の戦術など、幅広い視点から試合を見ながら得点の起点となったプレーを伝える中継をすることで、よりサッカーの深い部分や本質を伝えられるんじゃないかと。そういった中継があることで、サッカーのリテラシーが高まり、コアなファンが増える可能性もあると思います。
サッカー初心者の方も、新しいサッカーの見方を知ることで観戦がより楽しくなり、いつの間にかファンになっていく、その一つのきっかけとして今回の論文が役立てたら嬉しいですね。
ー直近では、キリンチャレンジカップで、日本代表がドイツ代表やトルコ代表を相手に勝利を収めました。現在の日本代表の最近の試合を見られて、どんな印象を持たれていますか?
福西 チームがかなり強化されている印象を持ちます。森保さんが4年かけて準備をして2022年のワールドカップで素晴らしい成績を収めましたが、これは同時に、今後の方向性を示す出発点でもあったと感じています。
ワールドカップに出場した選手たちは、高い意識を持ち、海外でもレギュラープレーヤーとして試合に出て活躍している。個々の成長がチーム全体の成長にうまく結びついたのが今回のキリンチャレンジの遠征試合だと感じます。世界で戦える実力を示し、トルコ戦ではメンバーを変えた戦い方も見ることができました。チーム全体として強くなっているというのが率直な印象です。
ー選手層がとても厚くなっていますよね。
福西 これは森保さんが長年にわたって築き上げてこられましたね。批判に晒されながらも、メンバーを変えず、自分の信念に従って進んできたことが現在の結果に結びついています。チームづくりは本当に難しい仕事ですが、個々の選手がレベルアップし、チームが全体として強くなってきていることは明らかです。
「種子島BIG VISION」とは? ー 日本サッカー界の盛り上がりに向けた第一歩
ー今後、解説者あるいはサッカー人として、どんなことに取り組んでいきたいですか。
福西 漠然とした目標として日本サッカーを盛り上げる文化を育てたいと思ってます。
これまでは皆さんの支えを受けながら、選手としてサッカーをプレーしてきました。選手を引退してからは解説者としてサッカーの魅力を言葉で伝えることに挑戦しています。加えて、今後は子供たちに可能性を伝えられるような取り組みもしていけたらと考えています。その一環として、今年の10月21日、22日に第2回種子島BIG VISIONを開催する予定です。
ー種子島BIG VISIONとは、どのような取り組みなのでしょうか?
福西 種子島BIG VISIONは地方の子供たちに新たな可能性を提供し、地域全体の活性化と創生を促進することを目的としたイベントです。具体的には以下のような活動を行います。
2023年10月20日
地元小学生・地元サーファー・地元の方々と海岸清掃(ボランティア活動)
すき家様から参加者への牛丼の無償提供あり
2023年10月21日 中種子町立陸上競技場
9:00-12:00 サッカー・バレー教室 トークショー
12:00-14:15 エキシビションマッチ
14:30-15:30 音楽LIVE
まず1日目にサーファーの方や地元の小学生、地域の方々みんなで協力して海岸清掃イベントを実施します。自分たちの街を綺麗に保つことはもちろんですが、この取り組みを通じて、一生懸命さや協力の大切さを感じてもらえたらと考えています。
2日目の午前中にはサッカー・バレー教室やトークショーを開催します。私も愛媛県で育ったのですが、地方に住んでいると、プロの選手と触れ合える機会ってなかなかないんです。そういった機会を設けることで、子どもたちが新たな目標や可能性を見つけられ、指導者との交流を通じて、指導者の方々も指導のヒントを得られるきっかけになればと思います。
午後には高校生と社会人の選抜チームとのエキシビションマッチを行います。引退した身ではありますが、それでもプロとしてプレーしてきた技術や考えなどを体験できることは、高校生にとって良い経験になるのではと思っています。サッカーを通じて一生懸命さを共有し、見ている方々にもそれが伝えられたらな、と。音楽とサッカーは一緒にあるものだと思っているので、イベントの最後には音楽ライブも行いますよ。
また今回は別会場でもイベントを開催したり、ゴルフなんかもできたらなと考えています。自分自身、小さい頃にしていた体操の経験がサッカーに活きている部分もあるので、色んな競技を経験できる機会は大切だと思っています。サッカーに限らず、色んなスポーツを楽しんでもらえたら嬉しいです。ぜひ「種子島BIG VISION」で検索してみてください。
ー今までそして今後も、サッカー界の盛り上がりに大変尽力されています。サッカー界の盛り上がりについて、具体的にどのような未来を描かれていますか?
福西 やはり、日本の皆さんから応援してもらうための大前提として日本代表が強いことが必要だと考えます。そのためには強い選手が育たないといけない。
強い選手が育つことで優れたサッカー選手が日本中に増え、特に田舎の地域の方々にもトップ選手と接触する機会が生まれます。これが子どもたちが自身の実力や可能性を見つめ、サッカーに対する新たな視点を得られるようになったり、指導者にとっても、指導方法やアプローチについて見つめられたりすることに繋がると思います。
イベントとして開催する数日間で選手たちが一気に上手くなることは難しいかもしれませんが、きっかけを提供することはできると思っています。この1日がきっかけとなって、サッカーに対する情熱が刺激されたり指導の方法がより良くなったりすることで変化が生まれます。これらが全体的に結びついた時、日本サッカーがさらに強くなり、盛り上がっていくんじゃないかなとか考えています。
その実現のために様々なアプローチがあり、それぞれが重要なきっかけとなり得る。種子島BIG VISIONは手段の一つです。現在は種子島で開催していますが、将来的には日本全国の地方に展開したいと考えているんです。興味ある方は是非一度お越しいただければと思います。
福西 崇史プロフィール
愛媛県新居浜市出身。1976年9月1日 (47歳)
元プロサッカー選手。サッカー指導者、NHKサッカー解説者。ポジションはミッドフィールダー。サムデイ所属。元日本代表。 日韓、ドイツワールドカップ日本代表メンバー。
2023年3月 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科 修士課程修了。
(了)
インタビュー・構成
上野 直彦
取材・構成協力
小栗 ほの花