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WEリーグが誇る小柄なスター・MF伊藤美紀。「地道な努力を楽しむ」才能の原点とは?

松原渓スポーツジャーナリスト
伊藤美紀(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【中盤を司る背番号6】

 体の大きさや背の高さは、サッカー選手にとって一つのアドバンテージとされる。

 だがその一方で、数多くの小柄な名選手たちがピッチを彩り、チーム戦略を多様化させてきたのも事実だ。

 予測力や技術、アジリティや心肺能力、インテリジェンスなど、背の低さを補って余りある能力やスキルで、1+1を「3」にも「4」にも換えていくーー。WEリーグにも、そんなふうに小さい体から圧倒的なパワーを放つ<小柄なスター>がいる。

 INAC神戸レオネッサのボランチ、MF伊藤美紀だ。

 身長は150cm。敵の懐に入れば体がすっぽり隠れてしまうが、予測で上回って相手より早く動き、2手・3手先を読んだ正確なパスで攻撃のスイッチを入れる。また、ポジショニングや体の使い方、間合いを工夫して「奪う」ことに長けている。体幹の強さや俊敏性、状況判断も含め、総合的なフィジカル能力の高さを感じさせる。

 背番号6に注目して試合を見ると、“目立たないファインプレー”をいくつも見つけることができる。

 今季は開幕から全7試合にフル出場(6勝1分)し、リーグ2連覇を目指すチームで重要なピースになっている。

中盤で欠かせない存在となっている
中盤で欠かせない存在となっている写真:森田直樹/アフロスポーツ

【リーグタイトルを支えたユーティリティ性】

 伊藤は、INAC神戸に加入して9年目。膝のケガで長期離脱を余儀なくされた2016年を除き、ピッチに立ち続けてきた。代表選手や個の強いキャラクターが揃うチームで長くレギュラーを張り続けてきたことは、実力の証だ。

 昨季のリーグ戦で、その非凡な能力に改めてスポットが当たった。

 星川敬前監督は、伊藤を複数のポジションで起用した。「真ん中(ボランチ)をやりたい気持ちはあった」と伊藤は振り返るが、そのタスクを見事にこなし、飛躍のきっかけを掴んだ。

 左右のウイングバックと3バックの左右に加えて、流れの中で3トップの一角や中央でもプレー。チーム事情で本職の選手が不在となったポジションもしっかりと埋めた。シーズン終盤には「どのポジションでも高いレベルでプレーできる。シーズンを通して影のMVP的存在」(星川監督)と評される活躍ぶりで、リーグタイトルを牽引した。

 そして今季、朴康造(パク・カンジョ)監督は、伊藤をボランチに据えた。攻撃重視のサッカーへ転換を図る中、同監督が評価したのは、攻守をつなぐサッカーIQの高さと運動量だ。

「昨年、いろいろなポジションを経験したことで、それまでとは違う色が見えて、『相手がどこに立たれたら嫌なのか』とか、『味方はここにいてほしいだろうな』ということが自分の中で整理されました。今年は前向きのプレーや、ドリブルで運ぶことを意識的に取り組んでいます。アシストや得点も狙っているし、つなぎの部分も去年よりさらに精度を高めたいです」(伊藤)

 1月8日のリーグ第8節、ホームの新潟戦(◯2-1でINAC神戸が勝利)ではFW愛川陽菜の先制弾をアシスト。スポーツパフォーマンスデータ分析会社「InStat」によるパフォーマンス指標では両チームトップの「182」というスコアを記録(INAC神戸の平均値は「156」、新潟は同「138」)。特に高かったのはパス成功率(90%)と攻守のチャレンジ成功率(79%)で、ドリブル(3回)とタックル(5回)は成功率100%だった。

90分間を通してハイパフォーマンスを披露している
90分間を通してハイパフォーマンスを披露している写真:森田直樹/アフロスポーツ

【レギュラー外からの挑戦と信念】

 いつも笑顔で、細やかな気遣いを忘れず、ファンを大切にする。サッカーについて語る言葉は淀みなく、目標に対して取り組む姿勢がブレることはない。毅然としていて、ピッチ上でもピッチ外でも伊藤が暗い顔を見せることはほとんどない。

 だが、元々ポジティブな性格だったわけではない。転機は、入団2年目に訪れた。

 2015〜2017年にかけてチームを率いた松田岳夫監督(現マイナビ仙台)は、サイドやインサイドハーフを主戦場としていた伊藤をボランチにコンバートした。関係者によると、決め手は「ターンして前を向くスピードの速さ」だったという。そしてダブルボランチを組むことになったのは、なでしこジャパンを世界一に導いたレジェンドだった。

「私はもともと自信がなくてネガティブで、マイナスに考えてしまうことが多かったんです。そのメンタリティを変えてくれたのが澤(穂希)さんでした。一緒にプレーする中で、『まずは自分の良さを最大限に伸ばすことを考えたほうがいいよ』とアドバイスをもらって、『できないことは少しだけ頑張れ』って(笑)。それが、自分の考え方のベースになりました」

レジェンドから多くを学んだ。写真は2015年皇后杯
レジェンドから多くを学んだ。写真は2015年皇后杯写真:アフロスポーツ

 その成長を試されるかのように、伊藤はその後、幾多の試練に直面している。入団してからの9シーズンで6度(代行監督時代も含めると7度)の監督交代を経験。指揮官が変わればチーム構想も変わり、シーズン前には先発から外れることが多かった。

「私自身が気づいていないウィークポイントがあって、スタメンを外されることが多かったんです。たとえば『展開力が足りない』と言われたり、『フィジカルが弱い』と言われたり。星川さんからは、一番最初に『ボランチはない』と言われました(笑)。だからシーズンの初めはいつも、自分にないものを認めるところからスタートしてきました。

『これができないから試合に出られない』と諦めるのは嫌なので、展開力やフィジカルを上げるためにどうすればいいのかを考えて、日々少しずつ意識してチャレンジと失敗を繰り返しながら続けていく。最初はできなくても、『絶対にできるようになるんだ!』という自信を持って取り組んでいます」

「練習でできないことは、試合でもできない」。それを体現し続けた澤さんの隣で吸収したことは多かったのだろう。

 地道に、コツコツとーー。簡単そうに見えて、継続するための目標設定や練習量のさじ加減は難しいものだ。伊藤は、その地道な作業を楽しめる力を身につけてきた。

「小学生の頃、ドリブルやトラップ、リフティングなど基礎をひたすらやっていたので、今もそれが楽しいと思えるし、やらないと逆に不安になりますね。自主練ではその時々のフィーリングで、パスやドリブルの練習をちょっとしたり、練習の合間や移動時間にもボールタッチやリフティングをしたりしています。

ただ、ストイックに考えすぎたり頑張りすぎると、逆にいいプレーができなくなるんです。それに、できないことだけをストイックに頑張りすぎると、それまでできていたことができなくなることもあるので。頭にいつも余白を残しておくようにして、『毎日意識しながら少しずつ』ということを大事にしています」

 若手から中堅になり、チームの古参選手へ。年を重ね、チーム内での立場も変化してきたが、伊藤のスタンスは変わらない。どんなことに対しても柔軟に向き合い、地道な努力を喜びに変え、着実に選手としての幅を広げている。

 今季、伊藤が掲げる目標は、より「自分らしさ」を出していくことだという。

「ドリブルが得意なので、今年はもっとチャレンジしたいと思っています」

 個人突破から2、3人を抜いてアシスト。そんなファンタジスタのようなプレーを見せてくれる日も遠くはないのかもしれない。

笑顔を絶やさず、チャレンジし続ける(右は阪口萌乃)
笑顔を絶やさず、チャレンジし続ける(右は阪口萌乃)写真:森田直樹/アフロスポーツ

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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