「コロナ退避」か?健康不安か? 激減した金正恩委員長の「公式活動」
今、何かと話題にされている金与正(キム・ヨジョン)党第一副部長は兄の金正恩委員長とは3歳違いである。金正日総書記のお抱え料理人であった藤本健二氏(現在、平壌に永住)の話ではとても仲の良い兄妹のようだ。
与正氏は2014年3月9日、兄に随行し、最高人民会議代議員選挙会場に公式デビューして以来、金委員長の行くところまるで「影」のように付いて回っている。今年からは軍関連の視察にも同行している。
その与正氏が韓国を担当する統一戦線部の責任者に任命され、文在寅政権に対して「警告」を発したことから俄然注目され始めている。韓国への警告文(6月13日)で「党委員長と党、国家から私に与えられた権限を行使して」というかつてない表現が使われていたこともあって正恩委員長の「後継者に指名されたのでは」との見方さえ出ている。
確かに、金委員長に万一のことがあれば、間違いなく「白頭の血統」を引き継いでいる与正氏が後を継ぐことになるだろう。しかし、金委員長はまだ血気盛んな36歳。後継問題が論じられるのはどうみても早すぎる。それでも「与正後継説」が突如、急浮上する背景には正恩委員長の健康状態と関係しているのかもしれない。
金正恩委員長は4月15日(祖父・金日成主席の生誕日)の錦繍山太陽宮殿の「参拝」を欠かしたことで健康不安が取り沙汰されたが、5月1日のメーデーに平安南道順川市にある肥料工場の完工式に登場したことで健康不安説は払拭された。しかし、なぜ3週間も姿を現さなかったのか?恒例の参拝をなぜ欠席したのか?これらの疑問は謎のままだった。
また、3月17日の平壌総合病院の着工式では動員された群衆の前で演説をしたのに肥料工場の完工式では1万人近い群衆が集まったにもかかわらずどういう訳か演説をしなかった。また、完工式では若干左足を庇うように歩いていた。2014年以来,再三にわたって足を引きずる原因、病名は何なのか?これもまた究明されないままである。
(参考資料:北朝鮮で全国禁煙キャンペーン! ヘビースモーカーの金委員長は?)
最も気になるのは、今年は「休養」を頻繁に取っていることだ。金委員長の4月中旬から6月中旬までの2か月間の動静をチェックすると;
4月11日(党政治局会議出席)から5月1日(肥料工場完工式出席)まで20日間、5月1日から5月23日(党軍事委員会出席)まで22日間、さらに5月23日から6月7日(政治局会議)まで15日間、そして、6月7日からまた休養に入ったのか、16日現在消息を絶ってすでに9日経っている。
金委員長が視察する場合、立て続けに2か所、あるいは2から3日連続で行う場合は多いが、この2か月間は一度もない。いずれも単発で終わっている。回数にすれば、この期間の公式活動はたったの4回しかない。昨年と比較してみると、いかに少ないか違いが一目でわかる。
昨年4月中旬から6月中旬までの金委員長の動静は以下のとおりである。
4月15日 金日成主席の生誕日に際して錦繍山太陽宮殿を「参拝」
4月16日 航空・防空空軍第1017部隊の飛行訓練を視察
4月17日 新型戦術誘導兵器試験射撃を視察
4月24日 ロシア訪問(~27日)
5月4日 咸鏡南道の金野江2号発電所を視察
5月5日 東部前線防御部隊の火力打撃訓練を視察
5月9日 西部前線防御部隊の火力打撃訓練を視察
5月31日 慈江道江界市視察、機械工場、トラクター工場、学生少年宮殿などを視察
6月1日 平南機械工場を視察
6月2日 軍人家族芸術団の公演を観覧
6月3日 集団マスゲームを観覧
6月4日 人民武力部で軍人家族芸術団と記念写真
列車による一週間にわたるロシア訪問を除いても11日間は現地視察などの活動を精力的に行っていたことがわかる。
金委員長の度重なる長期休養が新型コロナウイルス感染を警戒しての「退避」なのか、それとも健康上の問題なのか、それが問題だ。