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大統領選の勝敗を左右したのは、第3党の女性候補ジョーゲンセンだった:コロナ禍で問われたアメリカの自由

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
第3党「リバタリアン」党のジョー・ジョーゲンセン候補。Wikipediaより

アメリカ大統領選は、ジョージア州で決まりそうになってきた。ペンシルバニア州かネバダ州かもしれない(後述:結局7日、ペンシルバニアでバイデン氏に決まった)。

この記事を書いている時点(日本時間6日19時ごろ)のジョージア州統計では、バイデン氏は244万9371票、トランプ氏は244万8454票と、その差はたったの917票でバイデン氏がリード。開票率99%だ。

ところが、同州では、共和党・民主党の次の第3の党の候補者が、実に6万票以上の票を獲得している

その人の名は、ジョー・ジョーゲンセンという。女性候補で、「リバタリアン党」という党から正式に出馬した。

「え、三人目がいたの? 二人じゃないの?」と思う人が多いのではないだろうか。しかも聞きなれない名前の党である。

二人がたったの917票差という、世紀の大接戦で競う中、彼女が獲得しているジョージア州の6万票はとても大きな意味をもつ。

しかもジョージア州だけではない。同じく大接戦のペンシルバニア州でも同じ現象が起きている。

ペンシルバニア州は、現時点で、トランプ氏が328万5965票、バイデン氏が326万7923票。その差1万8042票で、トランプ氏がリードしている。開票率は97%だ。

ここでも、ジョーゲンセン氏は、7万6135票獲得している。二人が2万票弱の大接戦で競っている中、彼女が獲得している7万票以上は、とても大きい。

ネバダ州では、上記2つの州ほどではない。でも現在のところ、トランプ氏とバイデン氏の票差は、ジョーゲンセン氏が獲得している票数と大体同じである。

アメリカの大統領選は、各州の勝者が選挙人を総取りする方式なので、リバタリアン党と彼女は一人も選挙人を獲得できない。それでも、同党と彼女が獲得した票数のために、今回の大統領選の勝者が大きく変わったことは、注目に値するのではないか(まだ誰も言っていないようだが・・・)。

一体、どのような党で、どのような候補者で、何が問題だったのだろうか。

極めてアメリカらしいリバタリアン党の主張

ジョー・ジョーゲンセンが正式に出馬した、リバタリアン党。

この党は、「アメリカ合衆国」という国の成り立ちの原点を思わせる党である。

個人の自由を徹底的に平和的に追求して、いかなる権威の干渉も嫌うという主義なのだ。

公式サイトによると以下のように述べている。

「私たちが構築しようとしている世界は、政府や権威主義の力に干渉されることなく、個人が自分のやり方で自分の夢を自由に追うことができる世界です」

「自由がもたらす多様性を歓迎します」

「誰もが自分が選んだ方法で生きる権利を、他の人の平等な権利を強制的に妨害しない限り、持っていると考えます」

素晴らしいことに聞こえるが、問題点は、根本の精神として、税金、国&政府の福祉、公共サービスを否定していることだ。特に新型コロナウイルスが大問題である今、国民の命と健康につながる健康保険が、アメリカの大きな問題になっている。アメリカには国民皆保険が存在しないからだ。

同党の主張では、自分で働いて得たものは自分のもの。政府が強制的に労働の成果を徴収することに反対している。仕事上の規制にも反対している。

日本でも欧州でも、国&政府が税金や社会保障費を徴収するからこそ、国民皆保険や公共サービスが成り立っている。彼らはそれを「個人の自由に反する」と、否定しているのだ。アメリカは国民皆保険こそなく、日本や欧州よりはずっと何倍も自由を尊重する国だが、それでも弱者向けの保険や、税金制度、公共サービス、国の規制は、当然ながら存在する。

彼らは「政府の力は、生命、自由、財産に対する個人の権利の保護に限定されなければならない」としている。

いやはや、フランス革命と真っ向から衝突する考えである。

フランス革命の「自由・平等・博愛」の「博愛」とは、「みんなでお金を出しあって、みんなが平等に安心して暮らせる社会をつくろう。お金持ちや、一生健康な者、一生仕事がある者など、損をする者はいるかもしれない。でも博愛の心で、全員が平等に生きられる社会のために、分担しようではないか」という意味だからだ。いわば「福祉国家」の基礎となる考えである(この思想と制度は世界に広がった。日本にもだ)。

ということは当然、リバタリアン党の支持者は、バイデン氏の民主党よりは、トランプ氏の共和党のほうがまだ近い(ちなみに同党は、銃の保有を支持している)。

もしこの党や候補者がいなかったら、彼らの票は少なくともバイデン氏・民主党にはいかないと思われるので、トランプ氏が勝利を確実にしていたかもしれない。

ジョーゲンセンとはどんな候補者?

ジョー・ジョーゲンセンという女性候補は、イリノイ州出身、1957年生まれの63歳である。祖父母はデンマークからの移民だったという。

学者畑の人で、ベイラー大学で心理学の理学士号を取得、1980年に南メソジスト大学で経営学の修士号(MBA)を取得した。その後、IBMでコンピュータシステムの仕事でキャリアをスタートさせ、その後、デジテック社の部分的なオーナー兼社長になったという

2002年にクレムソン大学で産業および組織心理学の博士号を取得、同大でフルタイムで教鞭をとっている。

政治の経験は今回が初めてではない。1996年の米大統領選挙で、同党からハリー・ブラウン氏が立候補したとき、副大統領候補に指名されていた。

学者出身、でもビジネスにも通じていて、政界にも進出。このような人物は、日本ではほとんどお目にかかれない。ましてや女性ならば(なんだか羨ましい)。

ネームバリューは以前の候補者ほど高くないと言われるが、そんな彼女が同党の候補者に選ばれたのは、新型コロナ問題のせいかもしれない。

新型コロナウイルス問題で、大議論

伝染病は、まず貧しい者・弱い者から犠牲になっていく。

自由を追求すればするほど、富める者はより富み、貧しき者はより貧しくなり、不平等が甚だしくなり格差が拡大してしまう。新型コロナウイルスが広がる今は、命すら脅かされてしまう。

パンデミックのために、「個人の自由を絶対的に支持する」「政府は個人の生命の保護をしさえすればよい」という方針の両立が難しくなり、この党は矛盾に直面してしまったのだ。

ジョーゲンセン氏は、ある政策を支持した。

自由市場型の医療制度をつくるというのだ。

低コストのサービスに対する消費者の需要を満たせば、医療提供者の競争意欲を高めることができると考えている。資金は、貯蓄を維持できる個人の支出口座によって提供される。

(余談だが、筆者は「原発を自由市場型にする」という英米の議論を思い出した)。

彼女は、現在のような一人一人が負担する医療システムに反対しており、それを「惨事」と呼んでいる。

これに対して、大統領候補の対抗馬だったジェイコブ・ホルンバーガー氏は、彼女を「社会保障とメディケア(高齢者と一部身障者向け米医療保険制度)を通して、福祉国家を支援している」と非難した。

彼の主張は、純粋なリバタリアンの思想にのっとったものに聞こえる。彼のような、党の基本思想としてはもっともな批判から身を守るためだろうか、彼女は社会保障を「ポンジー・スキーム(ネズミ講のような詐欺)」と呼んでみせた。

そして、自分が大統領に就任したら、「初日に人々がこのプログラムからオプトアウトできるようにする」、つまり参加したくない人は脱退して参加しなくても良い権利を認める、と述べた。

つまり、彼女(やリバタリアン党)の意見に従えば、日本や欧州のように国民皆保険のある福祉国家は、「ネズミ講のような詐欺が国中に張り巡らされている国」で、「自分の意志で抜けることすらできない、自由のない国」ということになる(苦笑)。

ただ一つ、述べておくべき点がある。

この党は、「自分さえ良ければよい」という思想ではない。税金等にしても、国&政府の強制に反対しているのであって、人々が自発的につくった団体(いわば私立)に対して、任意で自発的にお金を出すことが良いとしているのだ。

そんな中で、筆者の注意をひいたのは「人々がこのプログラムからオプトアウトできるようにする」という点だ。

「払わなくて良いが、自発的に払うことが奨励されている」と、「基本は徴収だけど、払わなくても良い」は異なる。前者は「自由が基本だが、平等のために自発的に行動する」であり、後者は「平等が基本だが、自由の権利を行使できる」である。

党の純粋な精神からすれば、前者になるべきではないだろうか。ここでは「オプトアウト」政策は後者であり、党の基本精神から見ると、妥協色が強いのではないか。

このような議論を経て、彼女は同党の中で支持者を獲得して、大統領選の正式候補になったのだった。

党の基本思想にのっとって見える、福祉国家を全面否定する意見に勝つことができたのは、党員たちの人間としての良心と優しさ、ヒューマニズム(人間主義)だったかもしれない。そして、女性で頭の良い学者出身の候補は、このような「妥協」にぴったりの人物だったのだろう。

アメリカの「自由」が問われた選挙

上記のような議論を、アメリカで3番目の政党が真剣に議論していたなど、全く知られていなかった。

でも、これは新型コロナウイルス問題が悪化するアメリカで、今後どのように自国を運営していくかという、縮図のような議論だったのかもしれない。なぜなら、今回の大統領選で厳しく問われたのは、アメリカの「自由」であり、どのように自由と人間の尊厳(いわば「平等」)を実現するかという問題だったと思えるからだ。

前回の大統領選は、「錆びた工業地帯」の問題だった。そこでは、暮らし向きの悪化や没落を嘆く白人労働者が描かれていた。「悲惨」まではいかず、「自国ファースト」による経済活性化で、まだ対応可能だった。

しかし今回は、流行伝染病が、それどころではない貧しい人々や弱者を直撃している。人種問題でもある。もう「市場経済による活性化」「自由の論理」ではどうにもならないように見える。人間の尊厳が問われる事態だ。だからこそ、反トランプで、民主党のバイデン氏に期待がかかったのだ。

つくづく、アメリカは、筆者が学ぶフランスとは正反対だ。いわば「自由」と「平等」の対立だ。アメリカは自由型民主主義の雄、フランスは平等型民主主義の雄と言えるだろう。『21世紀の資本』を著して、世界に広がる不平等と格差を訴えたトマ・ピケティがフランス人なのは、偶然ではないのだ。

そして今アメリカは、新型コロナウイルスのために、平等型、つまりフランス型民主主義に少し近づくことを余儀なくされるのだ。

(ちなみに。米仏は数世紀にわたって思想上の議論で対立をしながらも、深いつながりがある。「自由の女神」像はフランスからのプレゼントだ。そしてフランス革命はアメリカ独立革命の影響を受けている)。

おそらくバイデン氏が次期大統領になるだろう。党内にもっと左のサンダース支持者層を抱え、国民の半分はトランプ氏を支持した国を抱え、バイデン氏は難しい舵取りを迫られるのは間違いない。

リバタリアン党は小さな党だが、それでもアメリカの第3党だ。アメリカの建国精神と原点である「人間の自由への希求」が見えるような思いを感じさせる党でもある。

そんな党とジョーゲンセン候補が得た票が、歴史的な大接戦の勝敗を左右したというのは、実に面白いと思う。目下、トランプ大統領を見ているとげんなりするが、それでもやはり、アメリカは目が離せない大国だ。

参考記事:

◎アメリカ型とフランス型の思想の違い

異なる人たち(移民)と共生するための、二つの異なる思想ーフランス型とアメリカ型【前編】

◎リバタリアンが考える日米同盟

「日本を同盟国友人リストから外せ」という、米有名シンクタンク員論説の真意ーー10カ国をメッタ斬り

◎ヨーロッパ人は圧倒的にバイデン支持

なぜヨーロッパでは圧倒的にバイデン支持なのか。:アメリカ大統領選

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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