浦和レッズレディースが大一番で示した進化。攻守を支えるMF柴田華絵の数値化されないプレーの魅力
【攻撃のための守備】
浦和レッズレディースが好調だ。
8月2日に行われた第3節。リーグ5連覇中の日テレ・東京ヴェルディベレーザを1-0で破った浦和は、開幕3連勝。勝ち点で並んだINAC神戸レオネッサを総得点数で上回り、首位に立った。
試合は浦和が前半から主導権を握り、シュート数はベレーザ(5本)の約3倍近い14本。その中で、55分にFW高橋はなが決めたゴールが決勝点となった。森栄次監督体制になって追求してきた組織力や攻守の切り替えをしっかりと表現し、勝利を手繰り寄せた。
なでしこリーグは第3節から有観客試合になり(一部を除く)、この日は浦和の本拠地である浦和駒場スタジアムに1,400人を超える観客が来場。ソーシャルディスタンスを保ちながら、試合中は声援や手拍子の代わりに盛大な拍手で選手たちを後押しした。
ベレーザは、昨季まで得点源としてチームを支えてきたFW田中美南とFW籾木結花の二大エースが他チームに移籍し、現在は新たなチーム作りの過渡期にある。そのことを差し引いても、この試合で浦和が昨季から着実に進化していると感じさせるポイントがいくつかあった。
一つが、“攻撃のための守備"だ。
この試合で森監督はマンツーマンに近い守備を選択している。2015年から17年までベレーザを率いた森監督にとって相手は元・教え子であり、「一人ひとりがうまいので、ある程度厳しいプレスをかけないといけない」と、各選手の特徴も考慮した上での判断だった。
最前線から強くプレッシャーをかけにいくことで、ベレーザがロングボールを狙ってくることは想定していた。背後のスペースは、対人に強いDF長船加奈とDF南萌華の両センターバックの守備範囲。それでも前半、ベレーザに2回ほど決定機を許したが、ピンチはGK池田咲紀子が持ち前の的確なポジショニングでコースを消して防いだ。一方、FW菅澤優衣香やMF猶本光の決定的なシュートも、ベレーザのGK山下杏也加の好セーブに阻まれた。
後半、森監督は右サイドバックにスピードと攻撃力のあるDF清家貴子を投入し、同ポジションの高橋を2トップの一角へと上げている。そして55分、相手ゴールキックの場面で最前線からプレッシャーをかけ、GK山下から中央へのグラウンダーのパスをMF栗島朱里がインターセプト。そのボールが菅澤に渡り、シュートのこぼれ球をMF塩越柚歩が中央に送り、高橋のゴールが生まれた。
相手陣内の深い位置で奪い、相手の陣形が整う前に決める。狙い通りの形からゴールを奪えたことは、守備の質を突き詰めてきた成果だ。
こうしたシュートを増やすためには、守備時の選手同士の距離感や、ボールの奪い方にもこだわらなければならない。中盤が間延びしていると、レベルの高い相手はその空間を抜け目なく突いてくる。そうした危険なスペースをいち早く察知して埋め、守備に安定感をもたらしていたのが、ボランチのMF柴田華絵だ。
「最終ラインがわかりやすい(ボールを奪いやすい)守備を、前線と中盤の選手がしてくれています」
森監督は試合後、守備についてこう言及した。
柴田はピッチを縦横無尽に動き、ボールを持った相手を味方選手と挟み込んで奪ったり、相手のパスコースを限定して味方に奪わせる守備に長けている。中盤のスペースを管理する栗島とのダブルボランチの補完関係も実にスムーズだ。相手の意表を突くスピードアップや、死角から寄せていく動きなど、相手との距離の詰め方にも工夫が感じられた。
柴田は50分から70分にかけて6つの見せ場を作った。右から相手のボールホルダーに寄せて左サイドにパスを誘導し、栗島が奪ったボールが高橋を経由して菅澤の決定機に繋がった54分のプレーは、わかりやすい成功例だ。
「ボールが相手から離れた(トラップの)瞬間は特に狙っています。意識しているのは、自分が狙った場所にボールが来るように前の(味方)選手を動かすこと。試合の流れでどのコースを切ったらいいかを全員が共有できていますし、(コースを)限定して相手に蹴らせれば、後ろの2人が強いので奪ってくれると信じて守ることができています」
昨季からの進化を感じる2つ目が、柴田が強調した選手同士の“意思共有力”だ。守備から攻撃への切り替えも速く、1試合平均14本を打っているシュートの多さもそのことを裏付ける。
開幕からの3試合で柴田自身のシュートおよびゴール数はゼロだが、攻撃面でも利いていることは、今季の浦和の全ゴールシーンを見返せば明らかだ。アシストもあったが、ゴールにつながったセットプレーを獲得するプレーの起点になったり、ペナルティエリア内を横切る囮(おとり)の動きで味方のゴールをお膳立てした。
昨年の就任当初に森監督が、「自分のやり方はポジションがあってないようなもの」と語った通り、浦和は攻撃時に前線と中盤が目まぐるしくポジションを変えながらパスを繋ぐ。その中で、柴田はボールを持つと相手のプレッシャーをかわし、少ないタッチ数で近い選手に預け、シンプルなプレーで攻撃にリズムを生み出す。
「日頃の練習から、相手と当たらず、相手からも接触されない距離感を大事にしています。ボールの受け方や相手のかわし方は、感覚的なものが大きいですね。自分の懐にボールを置けば密集でも奪われにくいと思っていますし、ボールタッチには自信を持ってプレーしています」
2012年に日本で行われたU-20女子W杯で、柴田は日本の3位入賞の原動力となり、準MVPに当たるシルバーボールを獲得。同年のアジア年間最優秀ユース選手にも輝いた。10代の頃から評価されてきたテクニックやオフザボールの動きは、一層磨き上げられている。
【攻守の底上げがスタミナの“省エネ”に】
もう一つ、浦和が昨季から目に見えて変化したことがある。
昨季、ベレーザとは公式戦で4度対戦し、結果は1勝3敗。3試合で浦和が先制したが、後半に3失点を喫する逆転負けが2試合あった。試合巧者であるベレーザは後半に変化をつけてくる。その猛攻に耐えきれず、終盤は足が止まったこともあった。
だが、この試合は90分間ハードワークを続け、後半の被シュートを2本に抑えた。交代枠は1つしか使っていない。南は、最後まで集中を切らさず、走り負けなかった要因についてこう答えている。
「ベレーザ戦は特に守備で力を使うことが多いので、『なるべく自分たちでボールを保持して、体力の消耗を避けよう』と監督から言われていました。ベレーザ相手に自分の持ち味であるビルドアップを発揮できるようになってきたことも、90分間戦えるようになった要因だと思います」
チャレンジ&エラーを重ねて守備とポゼッションの質が上がり、スタミナを効果的に使えるようになり、90分間を通じて自分たちのサッカーを表現できるようになった。そのパスワークを中盤で支えながら、柴田自身も周囲の変化を頼もしく感じ、「今、本当に楽しくサッカーができています」という。チームが自信をつけていることを森監督も喜ばしく思っているようだ。
「こちらから大した働きかけはしていないのですが、日頃の練習でもそうですし、試合を重ねる中で自信を持ってプレーできるようになり、(先制されて)ビハインドになっても点が取れるという自信や貫禄がついてきたと思います」(森監督)
生え抜きの才能ある若手選手が多い浦和にとって、「自信」は重要なファクターになる。
【森サッカーで引き出される新たな魅力】
柴田は今年、浦和で10年目のシーズンを戦っている。練習および試合前後の身体のケアを入念に行っていることもあり、ケガが少なく、コンディションやプレーに大きな波がないことも長く活躍し続けられる秘訣だ。
今季はコロナ禍で変則的なシーズンではあるが、そのパフォーマンスは変わらず安定している。
「(ゴール数などの)わかりやすい数字や結果で目立つことはないのですが、森監督がそういう(数字には現れない良さの)部分をわかってくれていますし、そういうところを見て、評価してくれる方がいるのは嬉しいことですね」
控え目だが、力強い言葉だった。
柴田のプレーは、ゴールやシュート数などの目立った結果には現れない魅力がある。もしボールタッチ数やパス成功率、走行距離などのデータが出れば、秀でた数値を示すに違いない。
柴田自身はこの3試合の勝利に満足はしていない。
「個人で負けている場面もありましたし、切り替えの部分や、囲んだ時に奪い切れないところもありました。2試合目までの4失点は、ちょっとした隙やミスから失点しているので、そういうことを減らしていかないと、ギリギリの試合には勝てないと思いますから」
17年から巻いてきたキャプテンマークは、その腕にすっかり馴染んでいる。