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「米朝」「日朝」「日韓」の対話が再開されない根源は?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
菅義偉首相と文在寅大統領(官邸のHP及び青瓦台HPからの筆者キャプチャー)

 外交で一番困るのは噛み合わないことだ。意志疎通ができず、一方通行となり、思いが通じないことだ。「打てば響く」――これが理想だが、「ヤッホー」と呼んでも、「ヤッホー」と返ってこないのが実情だ。まして険悪の関係にあれば、完全に無視される。米朝がそうだ。

 金正恩総書記が17日の労働党中央委総会で「対話と対決のいずれの準備もしなければならない」と発言したことをサリバン大統領補佐官が「興味深い」と前向きに受け止め、早速ソン・キム国務省対北朝鮮政策特別代表がソウルを訪問し「いつでもどこでも前提条件なしに会おう」(21日)と呼び掛けたところ、なんと北朝鮮の反応は実に素っ気なく、冷淡であった。

 金総書記の妹・金与正副部長が22日、兄の発言を「(サリバン大統領補佐官は)都合よく解釈しているようだが、そうした誤った期待は失望に変わるだろう」との談話を出したかと思えば、李先建外相までもが「我々は大切な時間を無駄にする無意味な米国との接触や、その可能性について一切考えていない」と米国の呼びかけを無視する談話を出していた。要は「勘違いするな、早合点するな」と言いたいようだ。それでも反応があっただけましだ。

 ハノイ会談が決裂して以来、約2年4か月にわたって米朝対話は開かれていない。成果もなく終わったハノイ会談に失望した北朝鮮が対話の扉を閉ざしたからである。対話が再開されない理由は北朝鮮からすれば、米国が敵視政策を撤回しないことに尽きる。

 事実、対米担当の崔善姫外務第1次官は2月中旬からバイデン政権が接触を試みてきたことについて「米国の対朝鮮敵視政策が撤回されない限り、米国の接触の試みを無視する。シンガポールやハノイでのような機会を二度と与えない」との談話を出していた。「我々と一度でも対座することを望むなら、悪い癖から直して初めから態度を変えるべきである」とも言っていた。「対話をしたければ、先に敵視政策を撤回せよ」との条件を付けている以上、北朝鮮としてはそう簡単には米国の無条件対話には乗れないようだ。

(参考資料:バイデン政権vs金正恩政権 「2021年の朝鮮半島情勢展望」)

 金与正副部長の談話への支持を表明した李外相もまた、「受け入れる準備もできていない米国と対座しても惜しい時間だけが無駄になる」と言いたげのようだ。それでも、二人の談話は北朝鮮の国民が目にする「労働新聞」には掲載されていない。個人のツイートのようなものであって、北朝鮮の「公式見解」ではない。北朝鮮は金正恩総書記の発言が全てだ。最高指導者が「対話」を口にした限り、どこかの時点で対話の場に出て来るだろう。

 北朝鮮に対する無条件対話と言えば、日本もまた、安倍前政権から菅政権に至るまで「金正恩委員長と条件を付けずに会う用意がある」と呼び掛けている。安倍前総理に至っては「条件をつけずに率直に、虚心坦懐に話し合ってみたい」と、口癖のように言っていた。それもこれも最優先外交課題である拉致問題解決のためである。ところが、北朝鮮からは梨のつぶてである。北朝鮮は「拉致問題は完全無欠に解決された」との立場で一貫している。要は、もう終わった話で、日本が拉致問題を持ち出す限り、対話には応じないとの立場だ。

(参考資料:異様な北朝鮮の日本バッシング! 「日韓」よりも最悪の「日朝」)

 実際、日本政府が今月29日にオンラインで開催する拉致問題を巡る国連シンポジウムについても北朝鮮外務省は「拉致問題は既に覆せない形で全て解決済みだ」と反発する談話を発表していた。確か、昨年9月にも「既に後戻りできないまでに完全無欠に解決された」と、北朝鮮は外務省傘下の日本研究所の研究員の名で反論していた。それもこれも北朝鮮が2002年の「日朝平壌宣言」で解決済の立場に固執していることにある。

 当然、日本の立場は「受け入れられない」で一貫している。拉致問題は現在進行形の問題で、今なお未解決との立場だ。「未解決」の立場の日本と「解決済」との立場の北朝鮮の主張は水と油の関係で小泉訪朝から19年経っても溶け合わないでいる。

 元徴用工問題、元慰安婦問題をめぐる日韓の立場の相違も日朝のそれと何となく類似している。

 「過去の問題」について日本は1965年の「日韓請求権協定」と2015年の「慰安婦合意」で「解決済」との立場だが、韓国は受け入れようとしない。被害者が納得しない限り「未解決」の立場だ。その結果、日本政府や日本企業を訴える元徴用工・元慰安婦らの裁判が今も続いている。

 その一方で、韓国はこれらの問題解決のため首脳会談を呼び掛けている。ところが、日本は取り合う気はない。韓国が国際法違反を是正しない限りは、会う気もなければ、会っても仕方がないとの立場だ。首脳会談をしたければ「日本が納得できる解決策を先に示せ」との原則を貫いている。一昔前の朴槿恵政権の安倍政権に対する対応の裏返しだ。

 朴槿恵前大統領は当時、安倍前総理の首脳会談呼びかけに対して「首脳会談開催には慰安婦問題で日本が誠意を示すことが先決、前提である。元慰安婦などの問題が解決しない状態では、首脳会談はしない方がましだ。首脳会談をしても得るものがない」と繰り返していた。どちらにしても韓国に条件を付けている一点においては米国に条件を付けている北朝鮮の立場と変わりがない。

 問題があれば、言いたいことがあれば、直接会って、膝を交えて話せばよい。一度でダメならば、何度でも会ってやれば、そのうち信頼関係が生まれ、折り合いがつくというもの。それができないということは、いつまで経っても米朝も日朝も日韓関係も好転しないということだ。

 外交には駆け引きは付き物だが、危惧するのは機能不全に陥ることだ。条件を付けず対話を再開して、懸案を解決する外交努力が何よりも大事だ。

(参考資料:韓国が不満を抱いている日本の6つの対韓「外交非礼」)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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