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次代の最強王者候補シャクール・スティーブンソンの凡戦をどう受け取るべきか

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

11月16日 ラスベガス T-モバイルアリーナ

WBC世界ライト級王座決定戦

シャクール・スティーブンソン(アメリカ/26歳/21-0, 10KOs)

判定3-0(115-113, 116-112x2)

エドウィン・デ・ロス・サントス(ドミニカ共和国/24歳/16-2, 14KOs)

 異例の“2ラウンドからのブーイング”

 メインイベント終了後、T-Mobileアリーナの会見場で予定されていた会見は急遽、取りやめになった。慌ただしく設営が片付けられる中、急ごしらえの囲み取材は行われたものの、主役のはずのスティーブンソンの歯切れが悪かったのは仕方なかったのだろう。

 「言い訳をするつもりはない。すべて自分の責任だ。今夜、もっといいパフォーマンスができるはずだった」

 フェザー、スーパーフェザー級に続いて3階級制覇を目論んだ新スター候補はタイトルこそ獲得したが、その試合内容は評価、商品価値を高めるものではなかった。サウスポーのカウンターパンチャー同士が先に手を出すことを嫌い、36分間のほとんどをお見合いに終始。体調不良に加え、肩を痛めていたというスティーブンソンが相手にダメージングブローを打ち込むシーンはないままだった。

 目の肥えたベガスのファンがせっかちなのは今に始まったことではないが、12回戦の2ラウンドからブーイングが鳴り響く光景はやはり珍しい。リングサイドの筆者も手元のメモに書くべきことが見つからず、「展開は変わらず。静かなラウンド」と何度か書いた後、ほとんど手を止めてしまったほどだった。

 CompuBoxのカウントによると、いずれのボクサーもパンチが二桁ヒットしたラウンドはゼロ。デ・ロス・サントスの38発という総ヒット数は、CompuBoxが集計を続けてきた38年の歴史における12回戦のワースト記録だという。

Photo By Mikey Williams/Top Rank
Photo By Mikey Williams/Top Rank

 史上初のF-1ラスベガス・グランプリが18日に開催されるため、木曜日の夜に行われた珍しい大興行。当然のようにベガスには多くの人が集まり、ストリップは特に欧州系の人々で賑わっていた。

 3月のセントパトリックスデー、5月のシンコデマヨ、6月のプエルトリカンパレード、9月のメキシコ独立記念日、12月のハイズマン賞授賞式・・・・・ボクシングの大興行はこれらの記念日、ビッグイベントに組み合わされるのが恒例になってきたが、トップランクはF-1ウィークもその中に加えようと考慮しているという話もある。新たな伝統の始まりだとすれば、大会場が使用された記念すべき第1回が思い出深いものにならなかったのはやはり残念ではあった。 

ハイレベルがゆえの凡戦ではあったが

 ESPNの全米中継で試合を見たファンからの評判も芳しくはないが、技術的には極めて高レベルの戦いであったことはここで断っておきたい。

 左の故障があったとはいえ、スティーブンソンが踏み込めなかったのはデ・ロス・サントスの瞬発力、バネ、フェイント、パワーゆえ。一部で実力は高く評価されながら、世界的には無名の存在だったドミニカンは敗れたとはいえ、シャクールに自由を許さなかったことでその力量を証明したという考え方もできる。

 「(デ・ロス・サントスは)パンチがあったし、ディフェンスもなかなかよかった。トリッキーでもあった。インサイドでは腕を掴むことで僕のパンチを止めることも多かったけど、いい選手だとは思う」

 戦前からトラッシュトークもあったタイトル戦の後、スティーブンソンはデ・ロス・サントスの強さを認めていた。

 ドミニカンらしくピークは短いかもしれないが、かなりの実力者なのだろう。デビン・ヘイニー、ライアン・ガルシア(ともにアメリカ)といった一部のライバルはここぞとばかりにシャクールに批判的だったが、この日のデ・ロス・サントスに真っ向勝負を挑み、圧倒的な形で叩きのめせる選手がライト級周辺にそれほど数多くいるとは思わない。それと同時に、デ・ロス・サントスの危険を察知し、アウトボクシングをやり切ったスティーブンソンを明白に上回れる選手も同階級にはほとんどいないはずだ。

 ただ・・・・・・それほどのスキルレベルの高さを認めた上でも、やはり今回のメインイベントは好意的に捉えられるべきではないと考える。 

Photo By Mikey Williams/Top Rank
Photo By Mikey Williams/Top Rank

 こういった極めて静かな技術戦の後でも、中には「自分は楽しんだ」というマニアックな声も出てくるもの。今戦後もいるのかもしれないが、技術を認めるのはいいとしても、チケットを買ったファンの99%が落胆したであろう戦い方を私たちメディアの人間は肯定すべきではない。

 プロボクシングは相手にダメージを与えてファンを喜ばせるのが目的のスポーツエンターテイメント。ここでのスティーブンソンのディフェンスはほとんどが“防御のための防御”だった。他ならぬシャクール本人が「悪い試合をしてしまった」と繰り返しているのであれば、それは明白である。

次の対戦相手は誰になるのか

 幸いなのは、スティーブンソン自身が拙戦を認め、反省の言葉を繰り返していること。批判の声は数多いが、「かなり好きなことを言ってきたから、逆に何を言われようと受け入れなければいけない」と潔く受け入れているのも好感が持てる。

 ジャメル・ヘリング(アメリカ)、オスカル・バルデス(メキシコ)、ロブソン・コンセイソン(ブラジル)、吉野修一郎(三迫)という実力者に圧勝を続けて生まれた勢いがストップした後で、それを取り戻すために、なるべく早く再びリングに上がって欲しいと願わずにはいられない。

 「今は希望の対戦相手を名指ししたくない。このパフォーマンスでは気分が悪い。また出直し、多くのことに磨きをかけて戻ってきたい」

 傷心の本人はそう述べていたが、今後、トップランクがどんなマッチメイクをするかは興味深い。実際にはスティーブンソンがファンを退屈させるのはこれが初めてではなく、2021年6月のジェレマイア・ナカシリャ(ナミビア)戦も似たような内容だった。とにかく守備意識が高く、バックステップで相手の射程距離に出るのが常套手段だけに、身体能力、パワーを兼備したカウンターパンチャー相手にはこれから先もこういう戦い方をするのではないか。

 噂に上がっているエマニュエル・ナバレッテ(メキシコ)との対戦ならばシャープにカウンターを決めまくってファンを魅了しそう。一方、デ・ロス・サントスと長所が被り、しかも総合力では上回るジャーボンテ・デービス(アメリカ)との決戦が実現すればまた似たような内容になるのかもしれない。

 同日のセミでコンセイソンと引き分けたナバレッテがまずはその再戦に向かうのだとすれば、ベストオプションは極めて好戦的なウィリアム・セペダ(メキシコ)か。あるいはすでに全盛期は過ぎたとみられるワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)か。

 いずれにしても負ける姿は簡単には想像できず、それがこの選手の非凡さの証明ではある。それでも凡戦は繰り返したくないだろうだけに、マッチメイクは思案のしどころ。特に契約満了があと1戦に迫ったというこのタイミングで、スティーブンソンをスターにしたいトップランクがどんな相手を用意するかに注目が集まる。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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