宝の山なのに… 自治体のオープンデータ化、進まない3つの理由
10月10日、11日は「デジタルの日」だ。「誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化」を実現するために今年新たに創設された記念日で、産学官、そして個人が連携し、デジタルに触れ、デジタルを感じるための祝祭が実施される。
そんな中、データを活用した面白いサービスが最近SNSでも話題になった。「ゆる~と」というサイトで、全国の温泉、宿、鉄道やバス路線の情報などを、Googleマップや国土地理院の地図上に重ねて表示するサービスだ。あまりにもリッチな情報に、ネット上では「情報量が濃すぎて胸焼けしそう」とまでいわれた。
開発に5500時間も費やしたという「ゆる~と」であるが、これを支えているのが「オープンデータ」だ。オープンデータとは、その名のとおり「公開されたデータ」のことである。
■ オープンデータによる経済効果はEUで年間22.5兆円
2000年代に入り、世界中でデータの公開の推進と、それによるイノベーションが期待されるようになった。日本でも、2012年には総務省を主体とした「オープンデータ流通推進コンソーシアム」が設立され、以降、本格的にオープンデータの推進が進められてきた。
なぜこんなに世界がオープンデータに注目しているのか。一言で言えば、大きな恩恵があるからである。新産業創出による経済の活性化や社会課題解決への寄与、人々の利便性の向上――実に様々な面から、私たちの生活を助けてくれている。先述の「ゆる~と」が、観光に当たって非常に便利なことは言うまでもないだろう。
実際、高い経済効果があることが調査で指摘されている。欧州委員会の調査によると、2020年のオープンデータ市場規模は1,742億ユーロ(約22.5兆円)に達した。さらに、109万人の雇用を生み出しており、2025年には雇用創出効果が112万人~197万人になる見込みである。
■ 家計、子育て、コロナ情報――生活を支えるオープンデータ
このようなオープンデータを活用したサービスは、既に私たちの生活に根差している。2011年7月に開始した家計簿アプリ「Zaim」も、オープンデータを活用しているサービスだ。
Zaimは銀行口座やクレジットカードと連携して家計を管理できるほか、ユーザの記録やプロフィール情報から、もらえる可能性のある国や自治体の給付金や医療費控除の情報を割り出せるサービスも提供している。要するに、これらのもらい忘れを防ぐことができるというわけだ。
この仕組みを支えるのが、全国の市区町村で提供している約34,500余り(2021年8月現在)の、事業や教育、医療や福祉などの給付金に関するオープンデータである。Zaimのダウンロード数は950万超となっており、家計簿アプリで圧倒的なユーザ数を誇る。
2008年にサービスを開始した、子どもとのお出かけ情報サイト「いこーよ」もオープンデータを活用している。このサービスでは、自治体のオープンデータの中で、「図書館」「児童館」「公園」などの施設情報や、子どもが参加できる親子向けのイベントなどの情報を利用・掲載している。
また、オープンデータと自社サービス内での口コミなどを紐づけて、マップ上で気になるお出かけスポットをタップするだけで、スポット情報・口コミ・クーポンなどをまとめて閲覧可能だ。全国66,000カ所以上のお出かけスポットが掲載され、年間数千万人が利用するサービスになっている。
今社会に大きな影響を与えている新型コロナウイルスでも、オープンデータが活用されている。東洋経済新報社が運営する「新型コロナウイルス 国内感染の状況」は、新型コロナウイルスの検査陽性者数、入院者数、死亡者数、PCR検査件数などの全国のデータや、都道府県別の陽性者数等のデータを、ダッシュボードの形態で公開している。
データは原則として厚生労働省が発表するデータを使っており、国内で感染者が初めて発見された2020年1月16日以降、日々更新が続いている。公開されているデータはcsv形式でダウンロード可能だ。
■ 進まない自治体のオープンデータ化、その原因は
しかし残念なことに、日本の自治体におけるオープンデータ化はまだ発展途上の段階であり、課題が少なくない。例えば、政府は2020年度までの自治体のオープンデータ化100%を目指していたが、2021年7月時点での取り組み率は約66%(1,184件/1,788自治体)にとどまる。
なぜ、なかなか進まないのか。そこには大きく3つの理由がある。
第1に、人手不足だ。地方公共団体の職員数は、1994年の328万人をピークに、2020年には276万人にまで落ち込んでいる。特に小規模自治体では職員数が潤沢でなく、様々な業務を兼務している場合が多い。他の業務が優先され、効果やメリットを感じにくいオープンデータ業務の優先度は低く、職員のリソースが不足しがちになる。
それは統計データにも如実に表れている。オープンデータの整備は都道府県をはじめ、政令指定都市や中・大規模都市においてはほぼ100%の進捗だが、市町村(人口5万未満)では導入率56%にとどまる。
第2に、オープンデータ化の手順に関する知識のレベルが、自治体によってばらばらである点だ。政府も様々なガイドラインや手引書、活用事例を公開しているが、前述のように人手不足の中、それらを読み込んで一から取り組んでいくのは骨が折れる。その結果、自治体のオープンデータの取り組み程度が、担当職員のやる気や知識に大きく依存してしまっている。
実際に、内閣官房IT総合戦略室の調査によると、自治体の多くが必要な支援として「手順等をまとめたガイドラインの整備」(51.6%)、「オープンデータ作成・公開の作業支援ツール提供」(46.1%)、「オープンデータ作成・公開の作業支援」(43.7%)を挙げていた。
第3に、オープンデータの効果・メリット・ニーズが不明確な点だ。オープンデータ化することで、新たなサービスが生まれたり、自治体の業務負担軽減に繋がったりするのだが、それは実際にオープンデータ化しないと分からないし、公開したものの使われていないオープンデータが多く存在するのも事実だ。
オープンデータが使われないケースでは、企業側のニーズと公開されたデータのジャンル・粒度や形式がミスマッチになっていることが要因として挙げられる。結果、企業はそのデータを使えず、データを公開したのに使われなければ自治体のモチベーションも下がる。だからこそ、ニーズの把握は大切だ。
■ 成功事例から考えるオープンデータ推進のカギ
これらの問題点はどれも深刻で、率直に言ってすぐに解決を図るのは難しいだろう。しかし、成功している事例を見ると、推進のカギとなる「三本の矢」が見えてくる。
①勉強会による横展開
福岡県北九州市、北海道森町、静岡県掛川市周辺では、域内各自治体の情報政策担当のネットワークがあり、定期的に勉強会や交流をしている。勉強会では、単なるオープンデータ研修にとどまらず、データの作成から公開まで、各自治体担当職員が一堂に会して一緒にやっており、現場職員が自分事化して進めている。これは先述の手順に関する課題を解決し、オープンデータを横展開する施策として有効である。
②団体によるポータルサイトの整備
北海道や青森県、静岡県、福井県、福岡県などでは、県や複数の自治体が加盟する団体がポータルサイトを公開している。都道府県が取りまとめることによって、小規模自治体が自らサイトを準備することなく、国が推奨するデータセットや都道府県で定めるデータを公開することが可能となっている。これはオープンデータ化の手間を軽減する。
③積極的なニーズ把握
京都市などでは市民を巻き込んだアイディアソンを開催し、能動的に市民のニーズを把握することを行っている。このようなアイディアソン・ハッカソンの開催は、市民や企業とのコミュニケーション機会となり、ニーズ把握に有効だ。ただし、人手不足が深刻な小規模自治体で実施するのは容易ではないので、大規模自治体・国・企業・団体などが適切な支援を行っていくのが望ましい。
■デジタル化の本質はビジネスの変革
最後に、言うまでもないが、データを使う側の企業も、より一層のデータ利活用マインドが求められる。三菱総合研究所が2017年に行った調査では、日本企業のデータ利活用率は米国や独国に比べて20%も低かった。
なぜデジタル化・データ利活用の分野で日本企業は後れを取っているのか。筆者が以前調査したところ、データ利活用について経営方針・戦略が具体的に定まっていないことや、分析する人材が不足していること、そして創造性・協調性を重視しない組織風土が要因であることが浮き彫りになった。
デジタル化とは、ただデジタルにする、データを利活用するという話ではなく、ビジネスそのものを変えるということだ。経営者がデータアナリストである必要はないが、様々なデータ分析の特徴をしっかり理解し、幅広い経営的視野から適切に手法の選択と解釈を行ってビジネスを変革・創出していくのが肝要だ。そしてデータ分析人材を適切な待遇と役割で迎え入れ、データからイノベーションを起こしていく体制を整える。
そのうえで、リスクを許容して創造性を評価するような人事評価制度の導入、社員の新陳代謝の活発化、恐怖や不安を感じることなく自分の考えを発言できる心理的安全性の確保、などを実施し、創造性や協調性を重視した組織にしていく。
デジタル化によって、より経済的に・生活的に豊かな社会を実現するには、データを公開する官と、それを利活用する民が歩調を合わせて進んでいくことが重要なのである。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】