お金を稼ぐ「デマのスーパースプレッダー」の存在
◆ ディスインフォメーション・ダズン
「コロナワクチンデマの65%をたった12名が作成・拡散している」――衝撃的な報告書が、米国の非営利団体Center for Countering Digital Hate(CCDH)から2021年に発表された。
「コロナワクチン接種者は周囲に病気をまき散らす」「コロナワクチンを打つと不妊になる」「コロナワクチンには金属チップが埋め込まれていて打つとネットワークで監視される」「コロナワクチンを打つと遺伝子操作をされる」――様々なコロナワクチン関連のデマが世界中で広まったのは、記憶に新しい。
調査では、2021年2月1日から3月16日までにFacebookとTwitterで投稿された80万件以上の新型コロナウイルスのワクチンに関連したデマ投稿を分析した。その結果分かったのは、わずか12名のアカウントが、ワクチンデマの65%を作成・拡散しており、特にFacebookでは、最大73%のコンテンツがこれらのアカウントから発信されたものだったということだ。
この12名のアカウントがFacebookやTwitterなどに抱えるフォロワー数は合計5,900万人を超え、SNS上で絶大な影響力を持ち、当該レポートではこの12人をDisinformation Dozen(ディスインフォメーション・ダズン)と呼んだ。
◆ デマを広め、お金を稼ぐ
このディスインフォメーション・ダズンとは何者なのだろうか。報告書には、実に様々なプロフィールの人物が登場する。例えば、ワクチンに関わる栄養補助食を販売している実業家や、反ワクチン的コンテンツ及び健康法の書籍やDVDを販売している実業家などだ。
中には医師も複数人いる、ある医師はオハイオ州議会に呼ばれて証言を行い、「ワクチンを接種すると体が磁化して磁石やスプーンがくっつく」「5G電波と接続される」などと主張した。荒唐無稽なように聞こえるが、米国ではこれらのデマは一定の支持を集めており、「マグネットチャレンジ」という、接種した腕に磁石がくっつくと主張する実演動画まで広まった。医師という肩書もデマの拡散を後押しした。
デマを流す目的は分かりやすい。自分の販売しているコンテンツや健康食品を売ったり、セミナーで儲けたり、広告費で儲けたりする。その規模は巨大で、少なくとも約40億円の収益を上げ、雇用を生み、既に一大産業の体をなしているといわれる。この12人のインフルエンサーは、なんと266人もの雇用を生み、組織だってやっていたのだ。
最も収益を挙げた医師(先ほどとは別の医師)は、約8億円の収益をあげたと推測されている。自らのウェブサイトで「ワクチンが遺伝システムを破壊する」などと訴えており、医師が寄付した先の団体がSNS上でこうした主張を共有したことで読者を広げてきた。戦略的だといえよう。
いうまでもないが、こういった大量に発信する人以外の、いわゆるただRT(リツイート)したり家族・友人・知人に話したりしてデマを拡散している人の多くは、本気で拡散している。本当に人間にとって毒であると思ったり、接種者は病気をまき散らすと考えたり、マイクロチップで管理されると考えたりしている。多くの場合怒りの感情から、「この事実を他者に伝えなければ」と考えて拡散する。デマを故意に流す側は、そのような気持ちを利用して組織だってデマを作成し、広めていくのである。
◆ 「デマのスーパースプレッダー」は日本でも
デマを大量に拡散するインフルエンサーの存在は日本でも見られる。東京大学の鳥海不二夫教授が、「ワクチン」「不妊」を含むツイートを2020年12月から2021年6月まで約20万件(RTを含む)収集し、分析を行った。その結果、主に「ワクチンを接種すると不妊になる」という主張をしているクラスターには数万アカウントが存在していたが、その中の拡散上位20個の発信者の投稿だけで、全体の約4割を占めていたのである。
このような傾向は、なにもコロナワクチンに限らない。筆者らの研究チームは、実際に拡散した新型コロナウイルスと政治のフェイクニュース10件ずつ(合計20件)を使い、5,991人を対象に、人々のフェイクニュース拡散行動を調査した。
調査に使ったフェイクニュースはファクトチェック・イニシアティブのメディアパートナーがファクトチェックして誤情報であることが確認されたものである。例えば、「新型コロナウイルスは26~27度のお湯を飲むと予防できる」や「アベノマスクを回収して再検品した結果、不良品はたったの12枚だった」などだ。政治のフェイクニュースについては、保守派にポジティブと考えられるニュースとリベラル派にポジティブと考えられるニュースをそれぞれ5件用意した。
さらに、それらを誤情報だと気づかずに拡散した行動を取得した。詳細は省くが、拡散行動は「家族・友人・知人にメッセージアプリや直接会話で拡散した」ものと、「SNSで拡散した」ものの2つに分けて取得した。
フェイクニュース20件の合計拡散人数の分布を示したのが、図1と図2だ。図1は「家族・友人・知人にメッセージアプリや直接会話で拡散した」結果であり、図2は「SNSで拡散した」結果である。例えば図1であれば、家族・友人・知人1人に拡散した人は全体の2.78%存在することを示している。尚、目盛りが見づらくなるため、拡散していない(0人に拡散している)ケースは図に入れていない。家族・友人・知り合いに1人も拡散していない人は88.72%、SNSで1人にも拡散していない人は92.03%存在していた。
出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房
出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房
これらの図からは、誤情報と気づかずに拡散している人の拡散数の多くは数人(SNSであれば数十人、数百人)である一方で、大量に拡散している人が一部いることが分かる。家族・友人・知り合いに拡散している人の最大拡散数は5,008人で、SNSで拡散している人の最大拡散数は2,325,000人であった。フォロワー数の多い人が、複数のフェイクニュースを複数のSNSで拡散すると非常に多い拡散数となることがわかる。
ただし、家族・友人・知り合いへの拡散は実際に相手に伝えた人数に比較的近いと考えられるが、SNSでの拡散はあくまでフォロワー数の積み上げであり、実際にそれを読んだ人が何人いたかは示していない点には留意する必要がある。例えば、投稿を閲覧した人がフォロワーの10分の1であれば最大拡散数は232,500人となるし、100分の1であれば23,250人となる。
さらにここから、「家族・友人・知人に対して誤情報だと気づかずに100人以上に拡散した」人と、「SNSで誤情報だと気づかずに10,000人以上に拡散した」人を、フェイクニュースのスーパースプレッダー(感染症において、自分以外の多くの人へ感染を拡大させる人)と定義、その拡散数を分析した。そのスーパースプレッダーの人数の割合と、フェイクニュース拡散全体における拡散割合を示したものが図3と図4である。
出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房
出典:山口真一(2022)『ソーシャルメディア解体全書』、勁草書房
図を見ると、いずれのケースでもスーパースプレッダーの人数はごくわずかにもかかわらず、拡散数では約95%を占めていることが分かる。例えば、家族・友人・知人に対してのスーパースプレッダーは0.65%しかいないにもかかわらず、拡散数でいうと全体の94.42%を占めている。SNSでの拡散も同様の傾向だ。
デマやフェイクニュースのスーパースプレッダーの存在は一般的であり、テーマに依存しない。一部のインフルエンサーが大量の拡散をしている実態があるのだ。正に、新型コロナウイルスを多くの人に感染拡大させてしまうスーパースプレッダーの存在が指摘されたように、デマにおいても同じことがいえるのである。
- 本記事は、Humony Internationalから転載されたものです。