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住民意識調査の回答率低迷、対策が急務

山口真一国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 准教授
鎌倉市・由比ヶ浜(写真:イメージマート)

私たちの生活は、住民意識調査や世論調査という目に見えない要素によって、深く影響されている。これらの調査は、一般市民の声を集め、住民目線の政策立案や公共サービスの向上に活用されている。その結果のサービスを私たちは享受しているのだ。

しかし近年、この重要なコミュニケーション手段が脆弱化している。現代のライフスタイルの変化や居住環境の多様化に伴い、回答率が低下しているのである。背景には、多忙さ、政治への関心の薄れ、プライバシーに関する懸念など、様々な要因が絡み合っている。

例えば、北九州市の「市民意識調査」は、平成19年度には回答率58.2%であったものが、令和4年度には42.9%まで低下している。また、千葉市の「まちづくりアンケート」令和3年度の回答率は29.5%と非常に低い。これらは政令指定都市の事例であるが、より小さい自治体ではさらに回答率が低いケースも少なくない。

政府もこの問題の重大性を認識しており、有識者による検討会で議論が行われている。特に指摘されているのは、若年層の回答率の低さである。しかもただ低いだけでなく、若者の中でも調査に応答する層と応答しない層では、性格的な違いがみられることが明らかになっている

◆ 住民意識調査回答率の低下が引き起こす深刻な問題

このような住民意識調査の回答率の低下は、単なる統計上の問題ではなく、政策決定の質に直接的な影響を及ぼしている。具体的に発生する問題としては以下のようなものが考えられる。

有効性の低下

回答率が低いと、調査結果の統計的有効性が低下する。これにより、政策決定や計画策定時の信頼性のある情報源としての価値が減少する可能性がある。

一部の偏った意見の収集

回答者が一部で、その属性や意見が偏っている場合、代表性が欠如し、結果が住民全体の意見を反映しなくなってしまう。特に、当該調査内容に強い意見を持っている人ほど回答するインセンティブがあるため、極端に評価の高い意見や低い意見が出やすくなる可能性がある。

コストと効果の不均衡

低い回答率であっても、調査を実施するコスト(準備、配布、収集、分析など)はほとんど変わらない。効果が低いにもかかわらず同じコストがかかるため、資源のロスが大きくなる。

誤った政策決定

調査結果の代表性が乏しい場合、一部の強い意見に市政が引っ張られてしまって、住民の実際のニーズや意見と合致しなくなる。これは行政の非効率に繋がる。つまり、わざわざ税金をかけてエビデンスベースで政策を決定しているつもりが、住民ニーズと全く異なる政策に繋がってしまうということだ。

回答率の向上がもたらす変化

そのような問題意識のもと、鎌倉市と株式会社ドリームインキュベータは、「世論・住民意識調査ソリューションの共同研究」を実施し、多くの人の意見を可視化することにチャレンジした。筆者はそこに助言・協力という形で参画し、調査設計やデータ分析に携わったので、その結果を少し紹介しよう。

回答率を上げる施策は、回答者にインセンティブ(最大700円)を付与するというものだ。鎌倉市において、当該施策を実施しているグループとしていないグループ、それぞれ2,000人に調査票を配布した。サンプルの抽出では、鎌倉市の年代別の人口比に応じた割り付けを行ったうえで、住民基本台帳から無作為抽出を行った。調査テーマは「鎌倉市の暮らしやすさと満足度に関する基礎調査」である。

図1は回答率の違いを年齢層別に確認したものだ。若者も含め、満遍なく回答率が向上していることが分かる。特に、施策無しのグループで最も有効回答率の低い(13.3%)20~29歳の層で、37.9%と大きな改善がみられる。全体では、施策有りグループの有効回答率が56.0%だったのに対し、施策無しグループの有効回答率は32.3%であった。

図1 施策有無による回答率の違い
図1 施策有無による回答率の違い

では、回答結果に生じた違いを見てみよう。地域幸福度(Well-Being)指標の結果を確認すると、施策有りのグループでは、施策無しのグループよりも統計的に有意なレベル(偶然とはいえないレベル)で点数が高くなっているものが散見された。

例えば、「自宅と職場の距離が近い」「地域で就労しやすい」「保育所、幼稚園、認定こども園などの子育て施設が充実している」「自治体による出産・育児・子育て支援の施策が充実している」といった項目である。これらの項目は、若い世代の回答率が上昇したことで点数が上がったと考えられ、低い回答率の調査結果では住民のニーズを誤って評価してしまう可能性がある。

また、因子分析を行ったところ、施策有りグループでは「景観因子」「教育・子育て因子」「交通利便性因子」「防災・治安因子」「公共施設充実因子」「医療福祉施設因子」「就労因子」の7因子(下位尺度33項目)が出てきたのに対し、施策無しグループでは「景観因子」「行政因子」「日常生活施設因子」「教育・福祉因子」の4因子(下位尺度24項目)となり、説明できる内容に差が出た。

さらに、地域での生活満足度とそれぞれの指標の関係を確認した際に、施策有りグループでははっきりと傾向がみられたものが、施策無しグループではあまり傾向がみられないといったケースも散見された。例えば、施策有りグループでは、「自慢できる都市景観がある」が高い人ほど「地域での生活に満足している」が高い傾向が顕著にみられたが、回答率の低い調査ではその傾向が弱かった。

エビデンスベースで適切に政策を決定していくために

筆者は実際に本調査データを用いて、地域の環境と人々の幸福感や生活満足度の関係について実証研究を実施した。分析結果から、自治体運営についていくつかの示唆も得られている。エビデンスベースで適切な政策を検討することに、本取り組みは寄与するだろう。

ただし、本調査手法はまだ発展途上だ。回答率が向上したといっても56.0%であり、市民の意見をバイアスなく収集するにはもっと高めていく必要性もあるだろう。また、金銭的インセンティブを付与する手法もより多くの自治体で実施可能にするには工夫が必要だ。

しかし、住民調査の回答率を高めて住民の意見を正しく収集し、データ分析することは、よりよい自治体運営の基礎となる。継続的に高い確度で住民の意見を分析できれば、適切な施策を考えられるだけでなく、実施した施策のフィードバックも正しく得ることができ、さらなる政策改善が可能になる。

今後もこのような施策を発展・普及させ、多くの自治体で回答率を高めていくことが重要だ。同時に住民も、自分たちの生活している街が自分たちの声で変わることを意識し、積極的に住民調査に参加していくべきだろう。市政はコミュニケーションでよりよくなっていくものであり、街というコミュニティは皆で一緒に作り上げていくものだからだ。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 准教授

1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学、ネットメディア論、情報経済論等。NHKや日本経済新聞等のメディアに多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)等がある。他に、東京大学客員連携研究員、日本リスクコミュニケーション協会理事、シエンプレ株式会社顧問、クリエイターエコノミー協会アドバイザー等を務める。

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