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藤井聡太棋聖(18)ベテラン塚田泰明九段(55)に逆転勝利でNHK杯1回戦突破

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月2日。第70回NHK杯将棋トーナメント1回戦▲藤井聡太棋聖(18歳)-△塚田泰明九段(55歳)戦が放映されました。

 コロナ禍で一時進行がストップしていたNHK杯は、1回戦の収録が再開されています。日曜午前で放映されない分は深夜にも放映されています。

 本局は日曜10時30分から、いつもの枠で放映されました。

 本戦に出場するだけでも大変なNHK杯。デビュー間もない藤井四段(当時)は29連勝の過程でNHK杯予選3連勝を果たし、本戦出場を決めています。

 今期は七段時の実績である朝日杯優勝がシードの基準に該当。4期連続でのNHK杯本戦登場となりました。

 藤井七段は今年7月16日、初タイトルの棋聖位に就いています。

 タイトル保持者もまた、NHK杯予選は免除となります。今期の結果にかかわらず、藤井棋聖の来期本戦出場は確定しました。そして今後はほぼ間違いなく、本戦出場を続けることになるでしょう。

 塚田九段は今期、歳下の四十代、三十代の棋士を3連破。予選参加者の中では最年長での本戦進出を果たしました。

 藤井棋聖と塚田九段は2018年度、2019年と同じC級1組に所属していました。しかしそこでは抽選の結果、対戦はありませんでした。

 塚田九段は関東、藤井棋聖は関西の所属。各棋戦の予選で対戦が組まれることもなく、本局は初手合となります。

 対局開始前、塚田九段は次のようにコメントしていました。

塚田「このNHK杯戦は幸運にもですね、毎年とはいかないんですが、けっこう毎年に近い状態で本戦に入れていただきまして。入ってはいるんですが、ただ1回戦では勝ってないんですね、全然。そういう意味で、今回予選を通過しましたので、1回戦突破がやはり目標になってたんですが、そのあとに対戦相手が藤井さんと聞きまして。一瞬ガッカリしてしまったんですけども(苦笑)。よく考えたら藤井さんと初めて指すんですけれども、逆に言うと予選を抜けたんで藤井さんと指せるということで、これはそういう意味でのご褒美なのかと思い直しまして、がんばっていきたいと思います。おそらく藤井さんと指すのは本局が最初で最後になりますので、せいいっぱいがんばりたいと思います」

 塚田九段と藤井棋聖の対戦が最後となるかどうかはもちろんわかりません(そこは多分に塚田九段の謙遜が含まれているでしょう)。一般的なことを言えば、各棋戦でタイトル保持者と対戦するためには、かなり勝ち上がることが必要となります。

 塚田九段はジャケットにネクタイ姿。そして黒いマスクをしています。

 藤井棋聖は半袖シャツでノーネクタイ。そこだけをみると、いかにも高校3年生という姿です。

 駒箱を手にして、盤上に駒を開けるのは藤井棋聖です。

 将棋通の方であれば、放映前に公開された写真を見て、これは棋聖獲得後に収録されたものと判断できたでしょう。一般的に、上位者の側が駒箱を手にするのが将棋界のしきたりです。

 NHK杯で使われるのは一文字の駒。藤井棋聖が「王」、塚田九段が「玉」を持って駒を並べていきます。

 両者一礼のあと、対局開始。

 両対局者の目の前にはアクリル板が置かれているのは、コロナ禍で導入されたNHK杯の対局スタイルです。大盤解説の谷川浩司九段、藤田綾女流二段の間にも、ソーシャルディスタンスが設けられています。

 先手番の藤井棋聖、まずはお茶を飲むいつものスタイルです。そして初手に角道を開けました。

 対して塚田九段はおしぼりで手を拭いたあと、飛車先の歩を伸ばします。

 藤井棋聖は対局前、次のようにコメントしていました。

藤井「塚田九段は居飛車党で非常に攻めが鋭い将棋という印象です。決断よく指すことを意識して、上を目指してがんばりたいと思います」

 戦型は相矢倉となりました。現代最新型の矢倉は、先手は飛車先の歩をすぐに伸ばしていきます。

 細かい駆け引きのあと、最近ではやや珍しい、互いに金銀3枚で「金矢倉」を組み合う進行となりました。ただし細部の歩の位置などは、平成の間にさかんに指された形とは微妙に違うところかもしれません。

 互いに角で歩を交換して、その角をぶつけ合って交換するという中盤戦。互いの駒台には角と歩が乗せられました。

 49手目。藤井九段は塚田陣に角を打ち込んで攻めていきます。塚田陣を乱すものの、駒割は角と銀の交換で、藤井棋聖が損をします。

 NHK杯はソフトの評価値表示などは一切ない、伝統的なスタイルです。観戦者もまた高段棋士の解説を聞きながら、あれこれ考えることになります。

 日曜の午前、筆者はこの一局をリアルタイムで観戦していました。そして素人目には「さすがの藤井棋聖でもこの攻めはやりすぎではないのか」と映りました。Twitter上でも同様の声を多く見かけました。

 しかしあとでコンピュータ将棋ソフトで解析したところ、このあたりはほぼ互角という判定を見て、もう一度驚くことになりました。

 ただしそのあとの攻防で、塚田九段は巧みにリードを奪います。攻めの桂を跳ね出して藤井陣の守りの桂と交換し、手にした桂を打ちつけます。

 77手目。やや苦しくなった藤井棋聖。相手陣の歩頭に桂を打ちつける勝負手を放ちます。筆者手元のソフトの判定では、ここでさらに差がつき、評価値にして1000点以上塚田九段よしとなりました。ただし人間同士の実戦の流れはもちろん、ソフトの評価値だけでははかれないものがあります。

 82手目。塚田九段は優勢の終盤戦で、藤井陣に角を打ち込みます。

「急所の一手ですね」

 谷川九段もそう評しました。今度は塚田九段が角を切って守りの要の金をはがします。そして考慮時間を使い、読みを入れたあと、もう一度角を打ち込みました。飛車取りでこれもまた厳しそうに見えます。

 しかし恐るべきことに、形勢はここでひっくり返ったようです。藤井棋聖は9筋三段目の危険地帯から8筋二段目に玉を引いて受けました。そして飛車を取らせる代わりに端の危険地帯から遠ざかり、さっぱりとした形となります。

「このあたりの数手は藤井棋聖の方が得をしたでしょうね」

 谷川九段はそう評しました。角打ちでは代わりに端に香を走って王手をかけていれば、塚田九段が優勢をキープできていたようです。

 藤井玉はしばらくの余裕を得ました。今度は藤井棋聖が攻めるターンです。そしてそこからの寄せが驚くべき速さ。いつしか形勢は藤井棋聖勝勢となりました。

 109手目。藤井棋聖は銀を打って王手をかけます。この王手に逃げていれば塚田玉は詰みませんが、一手一手の寄せとなります。塚田九段は王手の銀を取りました。

「詰まされる方を選んだ感じですね」

 と谷川九段。塚田九段は自玉が完全に詰み上がるまで指し進めます。そして苦笑しながらの投了となりました。

「投了図はぴったりの形ですね」

 と聞き手の藤田女流二段。ここまで進めてもらえると、初心者の方にもわかりやすいことでしょう。

 藤井棋聖は逆転勝ちで2回戦進出を決めました。次戦で対戦するのは、現在王位戦七番勝負でも戦っている、木村一基王位です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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