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裏金事件は「安倍・菅政権」に対する検察の報復を思わせる国会閉幕後の衝撃

田中良紹ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 6月23日の通常国会閉幕を待っていたかのように衝撃的な出来事が相次いだ。まず25日に北川健太郎元大阪地検検事正が5年前の準強制性交容疑で突然大阪高検に逮捕された。

 北川容疑者は2018年2月から19年11月まで大阪地検のトップとして、森友学園に絡む財務省の公文書改ざん事件の捜査を指揮し、18年5月に佐川宣寿前国税庁長官ら財務省幹部38人全員を不起訴にしたことで知られる。

 大阪地検検事正は出世コースを約束されたポストである。しかし北川容疑者は19年11月に定年を待たずに退官して弁護士になった。部下の女性検事を官舎に連れ込んで性行為に及んだことがその理由と思われる。それが5年も経ってから突然逮捕された。

 逮捕は地検が行うもので高検が行うのは極めて珍しい。しかもなぜ今頃になっての逮捕なのか、あり得ないことが起きたと言っても過言ではない。特捜検事の経験がある若狭勝弁護士はテレビで「外圧があったとしか考えられない」と発言した。

 つまり検察は事件化する気がなかったが、事件にせざるを得ない外からの圧力があったというのだ。若狭弁護士は最近起きた鹿児島県警の不祥事が影響していると指摘したが、私はそれより安倍内閣が黒川弘務東京高検検事長を検事総長にするため定年延長を画策し、検察人事に介入したことが背景にあると考えた。

 それは昨年末に東京地検特捜部が安倍派の組織的な裏金事件に切り込んだ時から私が思い描いている事件の構図である。私の見方では、裏金事件は「安倍・菅政権」に対する検察の報復であり、同時に岸田総理と「安倍・菅政権」の代理戦争のように見える。

 そう思っていると翌々日の27日、大阪地裁が黒川弘務氏の定年延長に関する文書の開示を国に命令する衝撃の判決が下された。検察官は63歳が定年と決まっている。ところが安倍政権は黒川氏の定年を延長し、それを黒川氏個人ではなく検察官一般に国家公務員の定年延長が適用されるよう法解釈を変更したと説明した。

 しかし大阪地裁の判決は、安倍政権の閣議決定の目的を「黒川氏の定年延長しかありえない」と断じた。そして原告の上脇博之神戸学院大学教授が請求する定年延長を巡る行政文書の開示を国に命令したのである。

 これには当の上脇教授も驚いたようで画期的な判決として評価した。国は控訴して争うかもしれないが、検察の信頼性を著しく損ねる判決が出た訳で、政権に都合の良い存在として機能してきた検察の恥部がさらけ出されたのである。

 国会閉幕後に相次いだ衝撃の出来事は、安倍政権の負の遺産にメスを入れようとする力が働いているように見える。何が起きようとしているのか。そこでターゲットとなる安倍政権の負の遺産を検証してみる。

 12年に誕生した安倍政権は、菅官房長官が背後からにらみを利かせて官僚機構を操縦する「安倍・菅政権」と呼ぶべきものであった。それがスキャンダルにまみれていくのは、17年2月の森友学園事件の報道が始まりである。

 安倍明恵夫人が名誉校長を務める大阪の森友学園が、国有地を安く購入した疑惑を国会で野党に追及され、安倍総理は「私や妻が関係していたなら総理大臣も国会議員も辞める」と気色ばんで答弁し国民の注目を集めた。

 財務省の佐川理財局長は「交渉記録は破棄した。残っていない」と答弁し、明恵夫人も名誉校長を辞任していったん国会は閉幕した。佐川氏は国税庁長官に出世した。

 翌18年3月2日、朝日新聞が財務省の公文書改ざんをスクープする。すると7日に近畿財務局職員の赤木俊夫さんが自殺し、9日に佐川国税庁長官は辞任した。しかし5月31日、大阪地検特捜部は「背任」、「証拠隠滅」、「虚偽公文書作成」など6つの容疑で告発された財務省幹部全員を不起訴処分にしたのである。

 6月、財務省は改ざんに関する調査報告書を公表し、職員20名を処分した。改ざんは「国会審議で議論の材料を増やさないために行われた」とし、佐川局長は「認識しながら作業を止めることをしなかった」とされた。麻生太郎財務大臣は「誠に遺憾、深くお詫び申し上げる」と謝罪した。

 翌19年3月、検察審査会は「不起訴不当」の議決を行うが、大阪地検は再び不起訴の決定を下し、8月に捜査はすべて終了した。財務省も麻生財務大臣が「できる限りの調査は尽くした」としてさらなる調査を否定し、幕引きが図られた。

 19年7月は参議院選挙が予定されていた。広島選挙区から6期目を目指して出馬する溝手謙正参議院議員は、岸田総理と同じ派閥「宏池会」の重鎮で、当選すれば参議院議長になる可能性があった。そして「大の安倍嫌い」で有名だった。

 溝手氏が自民党公認候補になることは早くから決まっていたが、安倍総理と菅官房長官の意向を忖度する党本部は、2人目の候補を立てようと画策する。自民党が2議席独占するというのが表向きの理由だ。19年3月に河井杏里氏の擁立が決まると、岸田総理のおひざ元である自民党広島県連は強く反発した。

 しかし党本部は溝手候補に渡した選挙資金の10倍にあたる1億5千万円の資金を投入して河井候補を応援した。この選挙はポスト安倍を狙う岸田氏と菅氏の代理戦争と言われ、菅氏は何度も現地入りし、安倍事務所も全力を挙げて河井候補を支援した。

 その結果、立憲民主党候補がトップ当選し、残る1議席を河井氏が奪い溝手氏は落選した。当時政調会長だった岸田氏は顔に泥を塗られたも同然だった。河井杏里氏の夫である河井克之衆議院議員は、選挙前に何度も安倍総理と会談していることが確認され、溝手支持の地方議員を切り崩すため、現金を配って歩いたことでも知られていた。

 そして克之氏は選挙後の9月に法務大臣として初入閣を果たすのである。そこには選挙違反事件の摘発をもみ消すため、上からにらみを利かせようとする意図が見え、おそらく検察を中心に法務省内には反発する人間が多かったと思う。反発は自民党広島県連も同様で、やがて河井陣営の選挙違反が週刊誌をにぎわす。

 10月30日に週刊文春によって河井陣営がウグイス嬢に法定以上の報酬を支払ったことが報道されると、翌31日に夫の河井法務大臣は辞表を安倍総理に提出した。「安倍・菅政権」は次なる手を打つ必要に迫られた。

 それが黒川弘務東京高検検事長を定年延長させ、検察トップの検事総長に据えようとする人事構想だ。しかし検察内部には黒川氏と同期の林真琴氏を検事総長にする構想があり、「安倍・菅政権」の人事介入には強い反発があった。

 黒川氏を買っていたのは菅官房長官である。第二次安倍政権で最初に起きた小渕優子経済産業大臣の政治資金規正法違反事件で、3億円を超える虚偽記載、不記載があるのに、黒川氏は元秘書と元会計責任者を立件するだけにとどめ、また甘利明経済再生担当大臣の口利き汚職事件では誰も立件させず事件そのものを潰した。

 「安倍・菅政権」から見れば黒川氏は頼もしい。黒川氏が定年で退官する1週間前の20年1月31日、「安倍・菅政権」は黒川氏の定年を延長するため検察官の定年を一般の国家公務員と同様に延長できるとする解釈変更を閣議決定した。

 その頃、河井陣営の選挙違反事件を捜査する広島地検の特別刑事部は河井事務所や河井夫妻の自宅など8か所を家宅捜索し、手書きのメモを見つけた。そこには「総理2800,すがっち500,幹事長3300,甘利100」と書かれてあった。

 「安倍・菅政権」の閣議決定は各方面から批判されたが、事態はあっけなく収まる。コロナ禍で夜間の外出や密になることを自粛させられていたのに、黒川氏が朝日新聞や産経新聞の記者と賭けマージャンをしていたことが5月20日に週刊文春に報道され、黒川氏が安倍総理に辞表を提出したのである。

 この当時、すなわち17年9月から20年7月まで東京地検特捜部長を務めていたのが現在の佐久間宏最高検刑事部長である。昨年末に東京地検特捜部が強制捜査に着手した安倍派の裏金事件は、この佐久間部長が指揮を執っていると言われる。

 つまり佐久間氏は「安倍・菅政権」による検察への人事介入と河井夫妻の大規模買収事件を東京地検特捜部長として経験した。私が裏金事件を「安倍・菅政権」に対する検察の報復と考え、岸田総理と「安倍・菅政権」の代理戦争と見るのは、こうした事情が背景にある。

 よく検察は独立していると言われるが、しかし組織上は行政機関の一つであり、トップにいただくのは最高権力者の内閣総理大臣である。総理に逆らって何でもできるわけではない。「安倍・菅政権」に対する報復は岸田政権が誕生するまで待たなければならなかった。

 さらに弱小派閥の岸田政権が最大派閥の支配を免れるまではそれも難しいのが実情だ。私がかつて取材した中曽根康弘総理は最大派閥の田中角栄氏に何から何まで言いなりになりながら、じっと逆転の機会をうかがっていた。それに比べれば岸田総理は就任直後から安倍元総理に戦いを挑んだ。

 安倍氏の選挙区で親の代からの天敵である林芳正氏を外務大臣に抜擢し、さらに衆議院に鞍替えさせた。まるで安倍氏に政界引退を迫るかのような動きである。しかも子飼いの防衛事務次官を交代させて安倍氏を激怒させたのが2年前の参議院選挙直前だった。選挙後には戦争が起こると思っていると、安倍氏は銃撃されて帰らぬ人となった。

 しかしまだ最大派閥の安倍派は残ったままで岸田総理の権力基盤は万全でない。その中で私が注目したのは、昨年夏に東京地検特捜部が摘発した洋上風力発電汚職事件である。河野太郎デジタル担当大臣の右腕と言われる秋本真利衆議院議員が逮捕された。河野氏は総裁選で岸田総理の最大のライバルであり、その背後には菅氏がいる。

 検察が「安倍・菅政権」に対する報復を始めたように私には思えた。そしてその頃、東京地検は自民党の各派閥関係者から政治資金パーティについて事情聴取を始め、それが年末の強制捜査となって最大派閥を解散に追い込んだのである。

 そのため安倍氏の岩盤支持層が最も激しく岸田総理を憎悪している。私の目から見ると、内閣支持率を押し下げているのは長期にわたる「安倍・菅政権」を支持してきた層で、それに野党支持者が同調している。

 岸田総理は支持率で超低空飛行を続けているのに気落ちしているようには見えず、周囲は「鈍感力」と言うが、私には5年前の参議院選挙広島選挙区で「安倍・菅政権」に恥をかかされたことに対する復讐心がそうさせているように見える。

 国会の閉幕を待ちかねたように公然と「岸田おろし」を本格化させたのは菅氏である。茂木敏允幹事長、石破茂元幹事長など総裁選に出馬する可能性のある政治家と次々に会談を重ねている。それを見て二階俊博氏は「早すぎる」と言った。

 その通りである。「早すぎる」仕掛けに私は菅氏の焦りを感じる。それは「安倍・菅政権」の負の遺産に光が当てられる予感がするためではないか。元大阪地検検事正の突然の逮捕や大阪地裁の定年延長を巡る判決にはそう思わせるだけの衝撃力がある。

 12年12月に第二次安倍政権が誕生してから21年10月に菅政権が終わるまでの8年11か月は「一強政治」の時代であり、批判と評価が相半ばする。その「一強」が終わったことで隠れていた真相に光が当たる時代を迎えたのかもしれない。国会閉幕後に私が感じているのはそのことだ。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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