埼玉県越生町の河川を塞ぐ建物~どうしてこうなったのかとの点と対応策を現地で不動産鑑定士・税理士が探る
去年の後半、埼玉県越生町で、「町が管理する河川の上に建物が存し、不適切である」旨が報道されていました。
筆者自身もニュースに個人オーサーとしてのコメントを入れさせていただいたこともあり、何がどのように推移してこのような問題があるかを探ってみることとしました。
■ 越生町とは
越生町は埼玉県西部にある町で、いわば関東平野と秩父山地の境界にある町です。
境界に沿って、東京都の八王子から群馬県の高崎(厳密にいえばその1駅東京都よりの倉賀野)を結ぶJR八高線が越生駅を通ります。
もう一つ、東武東上線の支線の東武越生線が、埼玉県の坂戸駅から越生駅まで走っています。東武東上線との直通列車はないため、埼玉県の大手私鉄の路線とは言え、ローカル線感が漂う路線です。
■ 登記をあげてみた
不動産調査に際しては、その不動産の登記をあげることが定石です。
インターネット登記情報サービスで検索の結果、以下の諸点が判明しました。
・件の土地の所有者は、河川に跨った両側の土地は有している。
・河川の東側の土地上の建物は登記されており、昭和46年と古い時代の新築である。但し、河川の西側の土地上の建物は登記は発見できなかった。
■ 埼玉県川越建築安全センター 東松山駐在に行ってみた
民間が建築する建物は、建築基準法の規定に基づき、建築前に建築確認を受けて、更に建築後に「本当に建築確認通りの建物ができているか」の検査を受けて検査済証の取得が必要です。
もっとも、特に古い時代に建築された建物を中心に、「検査済証や、ひどいものになると建築確認すら取得されていない」場合があるのも事実ですが。
と、いうことで、まずはこの建物の建築確認の状況を調べに行きます。
東京23区や一定規模以上の市であれば建築確認は区役所や市役所が管轄しているのですが、一定規模以下の市や町・村は都道府県の管轄です。
越生町の管轄は、埼玉県の出先機関の「川越建築安全センター 東松山駐在」です。池袋駅から平日は1日4本しかない東武東上線の「川越特急」に乗ること約50分の東松山駅から20分ほど歩いてそちらに赴きました。
結果、以下の諸点が判明しました。
・建築行為について手続違反が認められる。
・昔からあった倉庫とか建物については、建築基準法の指導を講じるべく、定期的に立入をして打ち合わせ。
・もともと昔、平成29年に主要用途に関する命令はしており、現況は一時的に命令は守られている。即ち、建物の違反がどのような悪さをするかがわからないから、不特定多数は入れないでくれとしている。
・今、件の物件の所有者は行政指導に応じており、是正工事を進めるようにしている。
ちなみに、行政指導に応じない場合は是正命令となり、それも守らない場合は刑事告発(建築基準法違反)や行政代執行という流れになる。
■ 越生町役場に赴く
川越建築安全センター 東松山駐在から再び20分歩いて東松山駅に戻り、東武東上線を数駅池袋方面に戻った坂戸駅で、東武東上線の支線である東武越生線に乗り換えて越生町に着きました。
越生町の駅の横の観光案内所でレンタサイクルを借り、越生町役場へ。
まず、税理士らしく税務課へ。
「河川の上の建物の課税関係はどうなっているのか」と問います。
結果、「現況を必要に応じて調査し、それに応じて課税しています」とのこと。
「調査しているのだったら、河川の上を塞いでいる違法性に気が付かなかったのか」とのツッコミを入れたくなりましたが、それはおいておいて、今度は総務課に行くと、あからさまに警戒されました。
ここまで警戒されると、筆者も警戒します。
「一般論で教えられる範囲で」との情報を匿名で聞くことにしました。
結果、以下の諸点が判明しました。
・昨年の豪雨で、周辺にお住まいの方からの指摘があり、今回の件は判明した。
・町長を頂点とする、特別対策チームを作ってこの問題に対応している。
・マスコミ対策で、総務課が質問に回答する態勢としている。
・町の管理する河川の上に建物がある形態であるが、本来は河川の上を、建物はもちろん橋等の構築物を設ける際にも占用許可が必要であるのに、占用許可の記録はない。
・この付近は土砂災害警戒区域の指定はない。
あからさまな警戒はともかくとして、昨年の豪雨で判明した事項につき、迅速に対応をしている様はうかがえました。
■ 現地へ
越生町の北側、ときかわ町との境界の近くに件の物件はあります。
越生町役場から20分程度、レンタサイクルを漕いで現地に到着しました。
早速、建物が河川に跨って建築されている様を見ます。
なるほど、これでは豪雨になった際に、栓のようになって水害をあらぬ方向に撒き散らしそうです。
河川をたどってみると、JR八高線に並行する県道沿いに点々と位置する住宅があります。これでは居住者としては不安極まりないでしょう。
建物は非常にボリューム感があり「市街化調整区域」で許容される建物とは言いかねるでしょう。
はっきり言って、これは違法です。
そして、「本来、法令上で許容される土地のポテンシャルよりもより価値が高い利用形態」であるため、土地の固定資産税等は本来のポテンシャルを前提に課税されていますから、課税の公平の観点からも問題があると判断されました。
ただ、ちょうど筆者が訪れた日の前日から、是正工事が始まったようでした。
■ 報道を思い出すと…
この件のテレビ局の報道を見ると、所有者たる会社の社長は
「口頭で占用許可を貰っている」
「勧告はよくわからない人が出している」
と述べていたようです。
仮に占用許可があったとしても、書面等、客観的な証拠を残さないと、第三者は納得できません。
第一、この社長はご存じなかったのかもしれませんが、河川の占用は更新制ですので、もし大昔に実際に占用許可があったとしても更新をしていない時点でアウトです。
役所の許可系の資料は、必ず自身でも保管し、できればスキャンデータでも保存しておくことが望ましいでしょう。
一方で、この建物の占用は、相当に大昔からです。つまり、現在の社長の先代以前からの話と思います。あえて推察すると、実はこの社長も「よくわかっていない」のではないかと思います。
そのため、テレビの取材でもこのような発言をせざるを得なかったとも。
このような状況が生じた原因は、昔、遵法性を無視して建築がなされ、その後の世代が「違法性を知らなかった」点にあると思いました。
しかし、「知らなかった」で許されないのも事実。事故が起きてからでは遅いのです。
このことから、「昔からある建物でも、できれば何かの機会に遵法性を改めて調査し、必要に応じて修繕・更新を行うべき」との点が教訓として言えるかと思います。
■ 税の専門家として疑問に思った点
筆者がこの建物を見て思った点は、建物の違法性と課税の関係です。
つまり、税法の考え方の一つに「担税力に応じた課税」との概念があり、価値が高い資産を持っているほど、建物の固定資産税等も負担が上がります。
ところが、この建物のように検査済証や建築確認がないと、本来は価値が低下しますから、「担税力に応じた課税」の概念から行けば、課税額は低くなります。
しかし、この場合、価値が下落した原因は、所有者が「本来は求められる建築確認や検査済証取得の手続を怠った、遵法性に問題のある行為」を行っているからで、これを理由に税負担を軽減させるのもいかがなものかと思います。
税務課にも照会したところ、建物の固定資産税評価の基準となる総務省の固定資産評価基準においても、建物の評価に際しては建築確認等の遵法性についての視点がないとのことです。
実際、固定資産評価基準を見てみても、その評価は物理的な項目と耐用年数の視点に終始しているように見えます。
しかし、これでは遵法性に欠ける建物に利している面も否定できません。
検査済証の有無等の建築基準法上の遵法性は役所の機関同士の情報交換で整理できるので、建て替え促進の意味も込めて建築基準法の遵法性に欠ける建物は従前の固定資産税等の何割か増しにする…というのもあっても良いかとも思います。
ちなみに、増えた税収で、巷で問題になっている放置された建物の解体費用に充当しても…とも思いますが、これはまた別の機会に語りたいと思います。
■ 最後に
今回は「たまたま豪雨が越生町付近を襲った」ことが原因で、本件建物が河川を塞ぎ問題がある点が判明しました。
しかし、このような類例は、全国を探れば越生町以外にもあり得るとも思います。
もっと言いますと、何も河川の上を塞いだ建物だけではなく、例えば古くて老朽化した崩れ落ちそうな建物があり、隣地や道路に被害を撒き散らしかねない等も考えられます。
対応策としては、まずは周囲で何か問題がある建物がないかを意識しましょう。
そして、問題がある建物が近くにある場合は、できるだけ早く役所等に相談することが望まれると思います。
現場からは以上です。